偽り魔女の変身契約婚
村沢黒音@「闇魔女」10/3発売
第1話 代理で新婦をします
今日――私は『レルナディア』として、公爵家の下に嫁ぎます。
「本当にお美しいです……!」
侍女たちは目を輝かせて、私を見ている。
ウェディングドレスを着た私……じゃなく、『レルナディア』のことを。
私は鏡を見つめる。
華やかなドレスを身にまとった美少女が映っていた。
レルナディア様って、どんなドレスを着ても似合うなー。
「こんなにお美しい姿を目にしたら、リディオ様もお嬢様に本気になってしまうかもしれませんね!」
褒め言葉はおべっかではなく、本心から口にしているのだろう。
自分に向けられた言葉ではないので、私はそれを冷静に聞き流す。
そうね。
可愛いのは、レルナディア様。
「ありがとう」
私は笑って、侍女たちと向き直った。
伯爵家の彼女たちとは、今日でお別れ。
「あなたたちには、今まで苦労をかけたわね」
『本物のレルナディア様』なら、こんなことは言わないだろうけど。
これで最後だしね。
少しくらいならいいだろう。
「昔は私も、体調のせいであなたたちにひどいことを言ってしまったりしたけど……でも、こうして今、私がここに立っていられるのは、今まであなたたちが私を支えてきてくれたおかげよ。本当にありがとう。私が公爵家に嫁いだ後も、元気でね」
侍女たちは目を潤ませた。
「レルナディア様のような素敵な方にお仕えすることができて、光栄です……!」
そう言ってくれたことは嬉しいけれど。
――素直に喜べない自分がいる。
だって、その言葉も私じゃなくて、レルナディア様に向けられたものなのよね。
それにしても、私の旦那様となるはずのリディオ様――。
まさか、結婚式当日まで顔を合わせることがないだなんて、驚きだわ。
どれほど忙しい方なのかしら?
噂では、公爵令息でありながら社交界への興味はゼロ。
日がな一日、剣を振り回していたり、モンスター討伐がご趣味だという、野蛮なお方らしい。
一説には、トラのような大男だとか。
お顔が無精髭だらけの、むさ苦しいお方なのだとか。
控室の扉がノックされたのは、私の準備が終わってからだった。
そちらに視線を向け、私は息を呑んだ。
……どちら様?
室内に遠慮なく足を踏み入れてきた、美青年。
社交界でもお目にかかったことがないような、麗しい見姿だ。
線が細く、繊細なお顔立ち。それにも関わらず、背は高くて体幹がしっかりとしていることがわかる身のこなしをしている。
武術のことが何にもわからない私でも、一目でわかった。
この人、かなり強いんだろうなってことが。
だって、歩き方にまったく隙がない。
完璧な輪郭、さらりと揺れる綺麗な銀髪。
そして、何と言っても特徴的なのが、その目だ。
輝いているのかと思うくらいに、綺麗な碧眼。意志の強そうな真っ直ぐとした目付き。少し鋭い眼光は、威圧感がある。
彼は私を見つけると、ずかずかと近寄ってきた。
あれ、この方が着ているのってタキシードでは?
胸元には白いハンカチーフ。
って、ことはまさか……!?
「君が、俺の花嫁か?」
少し不機嫌そうな声で、彼はそう言った。
嘘……!?
どこがトラのような大男!?
剣にしか興味がない、脳筋男なの……!?
令嬢たちの噂話、当てにならないじゃない!?
「リディオ・レヤードだ。これからよろしく頼む」
にこりともしない無愛想で、彼は言い放った。
というか、私の姿を一瞥しただけで、すぐに目を逸らされたし……。
何か、態度悪くない……?
私はハッとしてから、丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。伯爵家のレルナディア・ラウェルと申します。どうぞレナと呼んでください」
“レナ”は私の本名だけど、レルナディア様の愛称としてもおかしくはないので、私はいつもお願いしている。
その方が咄嗟に呼ばれた時、反応できるしね。
リディオ様は興味がなさそうに頷くと、すぐに背を向ける。
「では、失礼する」
愛想のない言葉を残して、さっさと退出してしまった。
ものすごく不愛想な人だな……?
というか、私への興味がまったくなさそう。
この結婚は形だけのものなんだな、と再認識させられた。
私はすっかり呆れてしまったけれど、侍女たちは大興奮だ。
「い、今のがリディオ様!?」
「素敵すぎる……! よかったですね、レルナディア様!」
嬉しそうに言ってくるが、何がよかったのか、私にはさっぱりわからなかった。
公爵家と伯爵家の式ということで、結婚式は盛大に行われた。
新婦入場の時よりも、新郎入場の方が歓声が大きかった。
いや、わかるけどね?
今までむさ苦しい大男だと思われていた公爵令息が、実はこんなに麗しい優男だったなんて、誰も想像しなかっただろうし。
令嬢の中には、あからさまに悔しそうな顔で、リディオを見つめる人もいたくらいだ。
「汝、リディオ・レヤードは、レルナディア・ラウェルを妻とし、生涯愛することを誓いますか?」
神父さんの言葉に、リディオは憮然とした様子で答える。
「誓います」
何だか微妙に、嫌そうな感じがにじむ声だ。
こんな時くらい、態度をとり繕うってことはできないのかな……?
「汝、レルナディア・ラウェルは、リディオ・レナードを夫とし、生涯愛することを誓いますか?」
私はにっこりとほほ笑んだ。
この無愛想魔人のリディオに比べたら、私は愛想笑いがとても得意だ。
「誓います」
私の笑顔につられたように、神父様は優しくほほ笑んだ。
「では、誓いのキスを」
え?
え……?
今、何て言った、この人……?
だって、形式上の結婚式じゃなかったの?
私がびっくりしていると、リディオがこちらを向いた。じっと見つめられて、私はどうしたらいいかわからなくなる。
彼の手が腰に回る。
嘘……!?
本当に、しないよね……!?
息を呑んだ。眼前には、完璧すぎる美形の顔が。少しずつ近付いてきている……!?
こ、こんなことになるなんて、聞いてない……!
私は沸騰しそうなほど顔を赤くして、あたふた。
ふわ、と体が浮き上がる。
リディオは私の腰を支えたまま抱き上げて、覆いかぶさってくるような体勢となった。
星のように輝く綺麗な瞳が近づいてくる。
ちょ、ほ、本当にするの……!?
私は思わず、目を閉じる。
だけど、いつまでたっても接触はしない。
ぱちぱち……参列者たちが拍手と歓声を送る。
私は不思議に思いながら、そっと目を見開いた。
リディオの瞳が眼前にあって、ドキッと胸が跳ねる。
「……フリだけだ。そのままでいろ」
低い声が間近で響いて、ドキドキが加速する。
拍手の音が小さくなるまで私は、彼の腕の中で固まっていた。
そんなこんなで、結婚式は無事に終わった。
……うん、バレなかったみたい。
彼が結婚した相手が……本物の『レルナディア様』じゃなくて。
魔女の代理人である――私ということが。
◇
私の名前はレナ。
魔女だ。
公には、秘密にしているけどね。
普通の人は、魔法をおとぎ話の中だけのものだと思っている。
でも、魔女はひっそりと一般社会に溶けこんで、生きてきたのだ。
そして、私はレルナディア様の生家――ラウェル家に仕えている。私の力を知っているのは当主様と、レルナディア様だけ。
私はずっと変身魔法を使って、レルナディア様の代理をこなしてきた。レルナディア様は幼い頃は体が弱く、寝込んでしまうことがよくあったのだ。
初めのうちは、ごくまれにという感じだったのに……だんだんとレルナディア様が味を占めてしまって。
17歳になる頃には、頻繁にいろんなところに駆り出されていた。レルナディア様が病弱だったのは昔の話で、今はいたって元気そうなのに。
こういうの、よくないと思うんだけどなあ……。私は本心ではそう思っていたけど、使用人の身分では文句を言えない。
とはいえ、さすがにさあ……!
『妻代理』まで任されるとは、思ってもいませんでしたよ。
最近、ラウェル家は経営難に陥っているとのことで、資金繰りに頭を悩ませていた。
そんな時、公爵家から資金援助の申し出があった。
その代わり、提示された条件は『レルナディア様が公爵家の嫡男に嫁ぐこと』であった。
それも、正式な妻としてじゃない。
公爵家が求めているのは、1年間の契約結婚だ。その間のお飾り妻を、レルナディア様にしてほしいとのことだった。
公爵家の令息といえば――。
通称、“氷上の虎”と呼ばれている人だ。
令嬢たちの噂話で耳にしたことがある。公爵令息にして、現王国騎士団の団長を務めているのだとか。
剣の腕は一流。ただし、武闘以外に興味を抱かない、変わり者として有名だ。
レルナディア様の代わりに出席したパーティで、噂を耳にしたことがある。
曰く、モンスターを素手でも倒せそうな、頭の先からつま先まで筋肉が詰まっているような大男なのだとか。
曰く、社交の場にいっさい顔を出さないので、気遣いもマナーもなっていない、野性的なお人柄だとか。
なるほど……。レルナディア様がいかにも嫌がりそうな男性だ。レルナディア様は『線の細い美形男子と結婚したい』と常日頃から言っているしね。
そんな男のところに嫁ぎたくないだろう。1年間だけの契約結婚とはいえね。
そして、私に白羽の矢が立ったのだった。
◆
公爵家嫡男――リディオ・レヤードは初めから、この結婚に乗り気ではなかった。
所帯を持ってほしいというのは、父からの要請だった。
公爵位をそろそろリディオに叙したいというのだ。
そのためには、妻が必要となる。
彼が提示した女性は、伯爵家の長女・レルナディアだった。
その名を聞いた時、リディオは気乗りしなかった。
レルナディアと言えば――癇癪持ちの女という噂だ。花瓶を投げ飛ばし、怒鳴り散らし、気に入らない食事は叩き落とすらしい。
リディオの屋敷には、以前、ラウェル家に仕えていた者がいて、その話を聞いていた。
そんな女が自分の妻になるなど……。
内心では嫌だったが、事情が事情だけに仕方ない。
契約結婚の間は、レルナディアとはなるべく距離をとって、つつがなく過ごそう。
――仮面夫婦で結構だ。
彼はそう思っていた。
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