第8話 ヴァンパイアとは
「仲イイな〜ふたりとも!」
ヨーコがからからと笑った。
「モリコとヒロはちょっと似てるところあるしな」
「そ、そうですか??」
ふたりは声をユニゾンさせて顔を見合わせる。
「ええと......」
森コウがこほんと咳払いをひとつし、気を取り直して言った。
「と、とにかく、苦手な仕事を任されて大変なんですぅ!」
森コウの悩みはよくわかった。
勝手に得意だと勘違いされて不得手な業務を任されるのは確かに辛いだろう。
ただ......と博音は思う。
「正直に話せばいいんじゃないですか?」
森コウがぴくっとし、顔色が変わった。
「そ、そ......そそそそんなことできるぐらいならハナっから悩んでなんかいないですよー!!」
返す言葉がなかった。
そりゃそうだ。
奥手で人見知りで口下手の博音にはその気持ちが痛いほどよくわかる。
「本当に、毎日失敗ばかりで......」
悔しさと自己嫌悪を滲ませる森コウ。
「でも、任されたからには最後まで責任を持ってやらないといけないから頑張らなきゃって、日々なんとかやってはいるんですけど......。
ミスが多かった日とか、他の人に迷惑かけちゃった日とかは、落ち込みが酷くて死にたくなるんです......」
「それで、死のうとしたんです」
一瞬、返事ができずに沈黙してから、博音は一文字だけ声を発した。
「え??」
森コウは続ける。
「でも、線路に飛び込んだりビルから飛び降りたりは周りに迷惑をかけるじゃないですか。場合によっては他の誰かを巻き込んでしまうかもしれないし」
「は、はあ」
「だからとりあえず、家に帰ってから、ひとりで首を吊りました」
「は、はい??」
「そのあとは、手首を切りました」
「そ、そのあと??」
「そのあとは、濡れタオルを口に被せて寝ました」
「いや、あの、え??」
「そのあとは起床しました」
「は??」
「そのあとは出勤しました」
「ちょちょちょ、待ってください!」
博音はあわてて話を中断させた。
頭の中で森コウの話を整理する。
整理しても...全然わからん!
「あの、ヒロくんさん?」
なぜか森コウの方が博音を心配する。
「いや、その、なんというか」
「なんというか?」
「アタシから説明してやる」
ここでひたすら二人のやり取りを面白がって傍観していたヨーコが入ってきた。
「ヨーコさん?」
「なあヒロ。モリコは吸血鬼だったよな?」
「それが......あっ」
「気づいたか」
ヨーコがにやりとする。
「ま、まさか、モリコさんて......」
博音はわなわなと震えながら言った。
「不死身なんですか!?」
「......ということなんだ」
ヨーコから森コウについて、ひと通りの説明がなされた。
ようするに森コウは、その吸血鬼としての特異な体質ゆえ、死ぬに死ねない体なのである。
「とはいえ、首チョンパされれば死ぬんだよな」
ヨーコが明るく言うと、
「そうですね」
森コウは笑顔で答えた。
「どこぞの鬼かい!」
思わず博音はツッコんだ。
「あ、でも太陽の光は大丈夫ですよ」
しれっと付け加える森コウ。
「帽子と日傘があれば問題ないです」
「じ、じゃあ、十字架とニンニクは」
「全然平気ですよ?」
「血は吸わないんですよね?」
「それはすでに説明しましたよね。赤い物とレバー食べたりで充分だって。ただ......」
「?」
「たまに、かぷっと噛みつきたくはなります」
森コウがすっと眼鏡を外し、情熱的な眼つきでペロッと唇を舐めた。
次の瞬間だ。
突如、森コウの身に変化が起き始める。
「も、モリコさん??」
博音は釘付けになる。
彼女の黒かった髪の毛が黄金色になり、耳は尖ったものになり、口元には八重歯...否、牙が顔を
「フフフ......」
森コウは妖しい微笑を浮かべた。
「え、あの、ええと、モリコさん?!」
ただ狼狽するのみの博音を目の前に、森コウがゆらりと立ち上がった。
「ヒロさん。噛みついてイイですか......」
森コウは博音の首元を凝視してペロリと舌なめずりする。
「ひぃっ!」
反射的に博音はヨーコの後ろに隠れた。
「おいモリコ。元の姿に戻りかけてるぞ?」
「!」
ヨーコの言葉にハッとした森コウは、途端にあわあわとする。
「あ、ああああの、ええと、そそそその」
「とりあえず水飲んで落ち着け」
優しい姉のような面差しでヨーコはチェイサーの水を入れ直した。
十分後。
元の姿に戻った森コウは、ひたすら博音に謝り続けていた。
「ほ、ほほほ本当に、ももも申し訳ございませんでしたー!!」
「も、もう、大丈夫ですよ。頭を上げてください」
「ででででも!」
「とりあえず座ってください」
最後にもう一回べこっと頭を下げてから、森コウは腰をおろした。
「ところでヒロ」
唐突にヨーコが博音を呼びかけた。
「なんですか?」
「これでやっと本当に信じる気になったろ?」
「な、なんの話ですか?」
「ここが異世界人の集まるバーだってことだよ」
ヨーコがにやりとする。
図星だった。
博音はようやく、本当の意味で実感していた。
ここは異世界人の集まるバーなんだ、と。
「そ、そうですね」
博音はバツが悪そうに頭を搔いた。
正直、半信半疑だったから。
当たり前だ。
いきなり「異世界人」なんてパワーワードを言われても、信じられるわけがない。
火野がイフリートというのも、その真の姿を実際に見たわけではないのだから。
ところが今、吸血鬼となった森コウの姿を現実に目の当たりにして、博音の疑念はすっかり晴れてしまっていた。
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