第19話 アルディ捕獲作戦1

「では最終確認を行う。美緒さまの願いだ。皆、気合を入れて欲しい」


サロンでエルノールが作戦に参加する皆の前で大きな声で檄を飛ばした。


「現地へ飛ぶのは私と美緒さま、そして誘惑役のミネア、ルルーナ、潜入するイニギアとロッジノ。総括でザッカート。この7人がメインの班だ。飛ぶのは夕暮れの5時」


名を呼ばれた皆が力強く頷く。


「その前に先発組として周辺の警戒及び下準備でレルダンとサンテス、それにナルカ、モナーク、レイルイドの5名だ。先発組はこの後飛ぶ。残りは対象を捕獲した後の対応の準備をしつつ待機。だが問題が発生した場合は私の判断で飛ぶのでなるべくサロンにいてほしい。以上だ」


全員が大きく頷く。

いよいよ作戦決行だ。


「てめえら、しっかりやれよ。……レルダン」

「ああ」

「これを」


ザッカートはアーティーファクトの一つである『通信石』を手渡した。

これひとつで小国なら買収できてしまうほどの価値のあるお宝だ。


「エルノールの許可を得たお宝だ。もう一つは俺が持っている。可能な限り状況を報告しろ」

「分かった。確実に遂行すると誓おう」

「ふん。心配などしちゃいねえよ。……頼んだ」


皆の瞳が覚悟の色に染まっていく。

美緒はそれを頼もしそうに見ていた。


「では最後に……美緒さま、どうぞ」

「えっ!?わ、私?……えっと……」


急に振られ驚く美緒だったが、軽く頭を振り真直ぐに皆に視線を向けた。

美緒の瞳にも覚悟と、そして信頼の色が宿る。


「皆さん、今日の為にたくさん努力してくれてありがとう。信頼しています。絶対成功させて、また皆で美味しいご飯食べましょう。……一人たりともかけることは許しません。健闘を祈ります」


「「「「「「「「「「「わああああああ――――――!!!」」」」」」」」」」

「「「「美緒さま―――――」」」」


サロンは歓声に包まれた。

雰囲気は最高潮だ。


絶対に成功する、そう美緒は確信していた。


「よし、それでは30分後に先発組は飛ぶぞ。準備を頼む」



※※※※※



デイブス連邦国。


小国家が乱立していた地域で、数年前の紛争終結を機に各国の王と代表者が調停を結び連邦議会制を確立した連邦国だ。

現在の国主は当時最大勢力だったエイアナ王国のリーディッヒ・ナル・エイアナ国王が議会に承認されその地位についていた。


人口は約38万人。


ヒューマン国家だが商業色が強く交易を盛んに行うため多くの人種が集まりコロニーを形成、結果として多種族が入り乱れる雑多な国民性を醸成していた。


国土の西部は肥沃な大地がおおく農業が盛んだ。

主に小麦を栽培しており食糧事情は安定している。

南部には広大な湿地帯があり、そこを住処とするリザードマンたちとは友好的な関係を築いており、水産資源の豊富な国としても有名だ。


紛争時は多くの人的被害を出したもののここ数年は安定し、国力は全盛期に迫る勢いである。

多くの種族により個性豊かな文化が混ざり合い、多種多様な言語が飛び交う。

まさに人種のるつぼのような国だ。


今回の作戦はその東部の代表的な都市である『イリムグルド交易都市』で行われる。

イリムグルド中央区よりやや貧民街よりの立地に、今回の舞台である『夕闇の調べ亭』という酒場があった。


以前ザッカート盗賊団の拠点があったムールド高原からは5キロほど離れた場所にあり、都合のいい事にザッカートたちが食料の買い出しなどの時についでに訪れていた酒場でもある。

酒場の女将とは顔見知りだ。


そこから500メートルほど入り込んだ事前に確保しておいた廃屋に魔力があふれ出す。

先発隊の到着だ。


「よし。全員問題はないな。それでは行動を開始してくれ。レルダン、指揮を頼む」

「了解だ。それでは俺たちは紛れつつ情報を確認する。対象を確認次第通信しよう」

「頼んだ。美緒さまが悲しむ。無理はするな」


言い残しエルノールは転移し姿を消す。

僅かに魔力の残滓がキラキラと煌めいた。


「ふっ、俺達が伝説の転移魔法をここ数日で何度も体験するとはな。…よし、モナーク。早速スキルで奴を捕らえろ。2時間後にザイール道具店で落ち合うぞ」

「了解だ。『隠匿』………」


スキル『隠匿』を発動し姿を消すモナーク。

前回来た時に既にマーカーはつけてあるので追跡はたやすい。


見届けたレルダンは矢継ぎ早に指示を出していく。


「俺達はこの街でも目立たない。何しろしょっちゅう来ていたからな。だが余計な戦闘は避けろ。特にメンツをつぶされたと思っている『リーディルの連中』には気をつけろ。では散開」



※※※※※



「くそがっ!!話がちげえ!!!」


ガシャーンと派手に音を立て料理を盛られていた皿ごとテーブルが蹴り飛ばされる。

街の中央にある高級料理店の個室では目つきの悪い男が荒らぶっていた。


「おいおい。もったいないことするねー、あーあ。僕まだ手すら付けてないのに」


エルフであろう耳の長い美しい少年が、おちょくるように両手を上げ失笑とともに男に言葉をかけた。


「うるせえ。大体てめえ、金はどうした?ノルマは済んだはずだ」

「んー?ノルマ?あははははっ。ねえ、計算もできないの?僕の身の回りの世話をする人数が抜けているんだ。足りるわけないじゃん。バカなの?」


少年は心底しょうがないといった表情で呆れたようにつぶやく。


「っ!?て、てめ……」

「『黙れ、お前は犬だ』……そうだよね♪」

「……わ、ワン……う、うお、な、なんで……」


男は驚愕の表情を浮かべ、冷や汗をかく。

先ほどの怒りが嘘のように消えてしまっていた。


「…しつけが必要、かな。……『床の食べ物を舐めて片付けろ』……残さないでね♡はははっ」


少年が言うと男は跪き四つん這いで床に落ちた料理を舌で舐め始めた。

その様子に少年はにやりと顔を歪ませ、いやらしく笑う。


「くふっ、くはははははははははっ、ああ、いいよお前。はははっ、ぶっさいくな犬だ。笑える……じゃあねー。罰としてあと20人で許してあげるよ。ははっ、僕ってやっさしー♪」


スキルで姿と存在を隠匿し対象を尾行していたモナークはその様子を静かに見つめていた。

余りにも異質な一部始終に冷や汗を流しながら……



※※※※※



ここ10日ほど、この貧民街ではおかしな事件が多発し大きな混乱が巻き起こっていた。

貧民街とはいえある程度秩序はあり、スラムほど落ちぶれてはいない。


そんな中気立ての良い妙齢の女性が数日間行方不明となり、その後娼館へ押しかける事件が多発していた。

意味不明な言葉を発し、自身を買ってくれと懇願する。

最初娼館を経営する者たちは彼女たちがどこぞで凌辱され『やけ』になり訪ねてきたものだと思っていた。


実際そういう事は多くある。

殺されないまでも純潔を奪われ絶望する女性は多い。


またそういう目に遭ってしまうとまともな結婚すらできないのが殆どだ。

しかし最近訪れる女性たちは、どう見ても経験のない様子だった。

そして続々と訪れる。


ただ一点。


皆一様に「金貨50枚、金貨50枚、金貨50枚………」とひたすら同じ言葉を発していた。

まるで取り付かれたかのように。


因みに金貨1枚は日本円だと約10万円。

彼女たちは500万円を得るまで解放されないという事だ。


見るに精神異常には見えない。

だが何故か恐ろしいほどの信念を持って訪れてきていた。

その様子はあまりにも異常で、裏社会の彼らですら怖気づいたものだ。


そして女性の家族の心労も測り知れない。

行方が分からず不安にさい悩まされ、やっと所在が分かる頃には愛娘が娼館で体を売っている。

中には結婚間近なものや職が決まっていたものまでもいた。


さらには平民街や有力者の住む中央区までもその範囲は拡大し、聖職者や有力者の娘などまでもが被害に遭っており、遂に各組織が重い腰を上げ調査を始めていた。


だが娼館の経営者にとってこれは僥倖だ。

正直彼らは元々アウトロー。

係わりのない家族がどうなろうとさほど興味はない。

何より強制など全くしていない。

にもかかわらず相手から「私を買ってください」と求めてくる。

まさにカモがネギをしょってきているのだから。


この世界、娼館の需要は驚くほど多い。


何しろここデイブス連邦国では男性が性犯罪で捕まった場合、性器を切り取られ市中引きずり回しの刑に処されると法律で定められていたからだ。


一時の快楽で受けるにはかなり重い罰に、世の男たちはおとなしく娼館通いを選んでいた。

結果としてこの国の治安は他国よりも高かったのだが。


しかしそうなると当然別の問題が発生する。

需要が多ければ供給が追い付かない。

何より訳アリの女性などそう多くはいないのだ。


そんな中での今回の奇妙な事件により――

結果この町の娼館は非常に潤っていた。

多くの悲しみを代償として。


そして陰に居た黒幕は……やはりエルフの少年、アルディ。

暫くこの地を留守にしていた彼だが1か月前くらいにこの地へと戻ってきていた。


そんなタイミングでザッカート盗賊団は彼を目にしていたのだ。


元々彼はこの地に邸宅を持っている。

かつては様々な組織を言いくるめ金を得ていたのだが、今回まるでタガが外れたようにスキルを連発。

彼は自身が遊ぶ金を『偽りの言霊』を最大限利用し女性たちに貢がせていた。


女性の尊厳など関係ないとばかりに。

そしてかつての彼を知る一部の者はきっと異常に気づいた事だろう。


確かに快楽主義者で他人の痛みの分からない人物だった。

だがもう少し理知的、言い換えればずる賢く、警戒されない範囲で暗躍していたはず、だと。


そう、まるで『何かにとりつかれたよう』だ、と。



※※※※※



「んふふ。まあ『アムリーナちゃん』はちょっともったいなかったけどね。くふっ、あのおっぱい……柔らかかったなあああ……あはははは♪」


ひとり街を歩きながら独り言ちる少年。

その目は悍ましい欲望にまみれ、体からは異様な魔力が立ち昇っていた。

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