アラウンド・ザ・ロストワールド 転生迷い道学園譚〜愛とか笑いとか感動とか何かの主人公たち
水本茱萸
000 プロロロローグ、あるいは砂金でいっぱいの皿
第0話 取るに足らない話。
彼の手には、黒いプラスチックの皿と
スコップで砂と小石を
皿の縁から
やがて、皿の底に金色の微細な粒が姿を現す。彼は細心の注意を払って皿を傾け、水の流れを操り、黄金の粒を集めていく。
——幸運な子だ——という祖父の温かい声が、記憶の中で響いた。砂金を見つけるたび、幼い彼に祖父は語り続ける。「いつかお前は、すごいものを掘り当てるかもしれないな」
思い出に浸る少年の背後で、突然、異音が鳴り響いた。風の
少年は手を止め、びっくりした顔で振り返った。
視界の先には、赤茶色の古びた鉄橋があった。通常ならば列車の走行音が聞こえるはずの場所から、不気味な音が鳴り響いている。そして、鉄橋の上には何一つ動くものの気配がない。
「あそこに電車でも現れると思ったか?」
不意に、少年の背後から男性の低い声が耳に飛び込んできた。
「まだ、あそこの領域は設定が固まっていないんだよ。今は仮の音を当てはめている段階だからな。
少年が元の方向に振り返ると、黒ずくめの男が立っていた。風に
少年は男を
「その道具は? どこから持って来た」
少年は無言のまま、後方を指し示した。落ち着かなさそうに指とつま先を動かしながら、男がその指先を目で追うと、
「そこにいろいろある。使えそうなものも、使えなさそうなものも、いっぱい」
「ここで暮らしているのか?」
少年が
「電気は?」
「必要ない」
少年が言った。
「水道は?」
「必要ない」
少年が言った。
「食事は?」
「必要ないよね」
少年が言った。
「洗濯は?」
「必要ないのわかってるよな」
少年の返答は、徐々に
「学校は?」
「………………」
男はゆっくりと少年に近づき、その肩に手を添える。重みを感じる手のひらから伝わってくる威圧感に、少年は身を縮めた。
「学校には行けって言ったよな。なんで行かない?」
「意味がわからねえから……」
——その時、遠くから二人の女子生徒が
女子生徒たちと
「だーよーねー。絶対そうだと思ってた! ウケル!」
「えー? 信じてなかったじゃん。すごい調べたんだよ」
彼女たちの会話の内容は理解できなかった。おそらく、少年には無関係のどうでもいい話をしているのだろう。やがて女子生徒たちの声は遠ざかり、完全に聞こえなくなった。それを確かめてから、少年はゆっくりと立ち上がった。その様子を、男は
「知り合いか?」
「知らない」
「なぜ、わざわざ隠れる」
「女はうるさくて嫌いだ」
男は肩をすくめ「お前なあ」とだけ言った。それから息をつき、少々間を置いてから口を開いた。
「せっかくの新しい世界、新しい生活だろう。これじゃあお前まるで」
「前と変わらない、って言いたいのか?」
声のトーンを落として
それでも男は大人の役割を果たすように、あえて口うるさく話を続けた。
「こんな生活がいつまでも続くと思うな。今はまだいいが、やがて世界はお前の意思とは関係なく完全に安定し始める。そうなればお前だって喉も渇けば腹も減るようになる。ガキ一人でどうやって生きていくつもりだ?」
少年は反論の意志を込めて目を
「
男の言葉は、含みのある言い回しだった。少年はその意図を感じ取り、黙ったまま立ち尽くした。
「お前は特別なガキなんだ。だから可能な限り手の内だって明かしてやっている」
男はそれから、すべてを言い終えたかのように
「とにかくお前はお前の家へ戻れ。これは命令だ。気が向いたら学校に顔を出せ。じゃあな、シャイニーツリー」
「今度その名前で呼んだら、二度と口きかねえから」
男は一旦立ち去ろうとしたが、何かを思い出したかのように足を止めた。
「ああそうだ、一つだけ。お前が大切そうに集めたそれ、砂金じゃなくて
少年に対し男は振り返ることなく、肩越しにひらひらと手を振りながら、まるで霧の中に溶けるように去っていった。
(了)
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