第四十九筆 荒れるサイバーラウンジ!

 シュートが強いうまむすこ:色帯さん、あんたにはガッカリしたぜ。


(め、めっちゃエエ声やんけ!)


 声の主はシュートが強いうまむすこ。

 美少女アニメアイコンなのに、ターミネーターな男の声が龍の耳へと届いた。

 そのギャップがあり過ぎるうまむすこの声。

 龍は驚き、黒鳥は賞賛の言葉を送る。


 黒鳥響士郎:アイコンに似合わず重厚なお声なんですね、うまむすこさん。


 シュートが強いうまむすこ:気やすく呼ぶんじゃねえよ。俺は色帯さんと話をしているんだ。


 緊張の空気が流れた。

 うまむすこはアンチストギルの筆頭である。

 常にストギル小説に対しアンチ的なポストを飛ばし、適当な創作論や言動を垂れ流す作家には容赦しない。

 彼は『プリティレスバダービー』の異名を持ち、蛇のようにねちっこいレスバを得意としている。


 そんな男が声だけでも全貌を現したのだ。

 多くのリスナーはこのことに驚きと戸惑いを見せた。

 男ではあることは予想できていたが、こんな映画の吹き替えみたいなボイスとは思わなかったのだ。


 色帯寸止め:あなたですか、うまむすこ君。


 シュートが強いうまむすこ:色帯さん、こうやって『声』で話すのは初めてだな。


 色帯寸止め:ええ。


 シュートが強いうまむすこ:情けないもんだよな、読まれないからってテンプレに逃げてよ。


 色帯寸止め:テンプレを書かないと読まれもしない、その現実を受け入れただけですよ。


 シュートが強いうまむすこ:ハッ! だからって黒鳥に仲間を売らなくてもいいンじゃねーのかい?


 色帯寸止め:どういう意味ですか?


 シュートが強いうまむすこ:仲間の『ピンクのバッタ』がアカウントを消した。


「ア、アカウントを消した!?」


 龍は声に出した。

 ピンクのバッタはアンチストギル梁山泊の一角。

 異世界令嬢教に絡まれたときに、彼女がエロ画像を貼りつけて助けてくれたことがある。

 そのピンクのバッタがアカウントを消したというのだ。


 シュートが強いうまむすこ:お前が黒鳥達に情報を売っただろ。自分がおいしい思いをするために!


 重い言葉が響く。

 色帯寸止めが仲間の情報を売ったことに対する怒りの断罪である。

 だが、色帯寸止めは知らぬ顔の半兵衛だ。


 色帯寸止め:はて……? 何のことでしょうか。


 シュートが強いうまむすこ:ピンクは裏垢で、表は書籍化経験もある作家だ。


「マ、マジ?」


 龍は少し驚いた。

 あのピンクのバッタは書籍化作家の裏垢だという。

 全くそんな感じがしない、ただのストギルアンチだと龍は思っていた。

 そんな経歴を持つピンクが、何故アンチ活動をしているのかが気になるがここは一先ず置いておきたい。


 シュートが強いうまむすこ:そんな彼女しか知らないことを、ここのカス共数名がピンクの表垢にメンションつけてポストしやがった。一体誰が教えたんだろうな?


 色帯寸止め:さあ?


 シュートが強いうまむすこ:しらばっくれンな! ピンクはお前を尊敬していたんだぞ!


 色帯寸止め:尊敬ね。


 シュートが強いうまむすこ:ピンクはお前の『ダンジョンオデッセイ』のファンだった! 密かにお前とピンクはDMでやり取りしていた! 俺は知っているぞ!


 どうやら、ピンクは色帯寸止めのゲームノベライズのファンだったようだ。

 作家として、一ファンとして、ピンクが色帯寸止めを慕ってDMのやり取りしていたようだ。


 色帯寸止め:証拠はあるんですか。


 シュートが強いうまむすこ:ピンクがアカウントを消す前に、全てを俺に話してくれた。


 色帯寸止め:バカバカしい。全てはあなたの妄想でしょう。


 シュートが強いうまむすこ:妄想なんかじゃねェ! あいつは言ってたぜ「先生を止めて下さい」と!


 色帯寸止め:迷惑な話です。アンチが私のファンだったなんて。


 シュートが強いうまむすこ:て、てめえ!


 色帯寸止め:うまむすこ君、私はオリジナルで売れたいのですよ。やっとそのチャンスを掴んだのに邪魔をしないでもらいたい。


 シュートが強いうまむすこ:色帯、俺はあんたを軽蔑するぜ。


 しんと静まった。

 龍も、その他のリスナー達も、誰もリプをつけることはなかった。

 暫しの沈黙の後に言葉を出したのは、まうざりっとだ。


 紅蓮まうざりっと:さっきから聞いていたら失礼でしょう! ワナビのクセに!


 シュートが強いうまむすこ:ワナビだと?


 紅蓮まうざりっと:そうさ! あんたらアンチは僕達に嫉妬してるだけだ!


 まうざりっとの言葉に多くのリスナー達はアクションを起こす。

 ハートや拍手まで様々、この招かざる客に対し不快感を表していた。


 シュートが強いうまむすこ:あのな、お前はまだ商業化してねえだろ? 出版社からオファーが来た段階にしか過ぎない。店に本が並んでいない以上、お前はスタートラインにさえ立っていない。


 紅蓮まうざりっと:な、何だと!


 シュートが強いうまむすこ:いいかい? 一つ言っておくが、俺達アンチストギル梁山泊は元々書籍化までこぎつけたヤツや、公募では最終選考に残る常連ばかりだぜ。


「な、なんだってーっ!?」


 龍は目を見開き、前のめりとなった。

 アンチストギルは書籍化経験のある作家や公募の最終選考の常連ばかり、実力者であるという。


 シュートが強いうまむすこ:俺や腐ったみかんは悪徳出版社に騙され、二度と表舞台に立てなくなった作家。ピンクは自作品の恋愛小説をアホ編集にエロい作品に改造されて以降、官能小説しか書けなくなった。内モンゴル自治区マンは漫画家だが、ストギル作家の原作が止まったせいで仕事がなくなった――。俺達はストギルに作家としての魂を奪い、殺され、怨みを持つヤツばかりなのさ。


「ストギルに作家としての魂を奪い、殺され? 何だかどっかで聞いたな……」


 龍は視線を横に向け、手に顎を当てる。

 所謂一つの芥川龍之介ポーズだ。

 うまむすこの台詞をどこかで聞いたような気がするが思い出せない。


 紅蓮まうざりっと:そ、そんな、出鱈目を!


 シュートが強いうまむすこ:いいかい、気をつけねーと悪い大人の養分にされるぞ。


 紅蓮まうざりっと:よ、養分?


 シュートが強いうまむすこ:俺は昔、ある出版社が開催したラノベのコンテストに応募し最終選考まで残ったことがあってな。


 紅蓮まうざりっと:きゅ、急になんだよ。


 シュートが強いうまむすこ:落選はしたが、その数週間後にコンテストを開催した出版社の編集者と名乗る男から電話がかかってきてな。「君には才能がある」と言われて自費出版をもちかけられた。


 サイバーラウンジの全員が、うまむすこの話に聞き入っていた。

 誰もリプもしないし、アクションも起こさない。

 うまむすこの選択も、その後どうなったのかも凡その予想がついた。

 それでも黙って話を聞いていたのだ。


 シュートが強いうまむすこ:俺は喜んで飛びついたよ、自費出版の話といえ俺の才能を認めてくれたからな。それに書籍化は俺の夢だった。


 紅蓮まうざりっと:よ、よかったじゃないか。自費出版でも本は書籍化されたんだろ?


 シュートが強いうまむすこ:……三百万だ。


 紅蓮まうざりっと:へ?


 シュートが強いうまむすこ:自費出版にかかった金だよ。俺は借金をしてまで本を出したんだ。


 紅蓮まうざりっと:本が売れれば借金なんて……。


 シュートが強いうまむすこ:簡単に売れるわけないだろ! 俺は出版業者の甘い言葉に騙されただけだ!


 紅蓮まうざりっと:うっ……。


 シュートが強いうまむすこ:後で俺は知った! コンテストの最終選考に残ったヤツらは全員、俺と同じ言葉で自費出版を持ちかけられていたんだ! ってな!


 語られるうまむすこの過去。

 それは悪徳出版社に食い物にされた哀れな男の姿があった。


 黒鳥響士郎:話はそれだけですか?


 冷たい声が流れた。

 それは沈黙を守っていた黒鳥の声だった。


 黒鳥響士郎:あなたの過去に同情する気はありません。それが何だって言うんですか?


 シュートが強いうまむすこ:あン?


 黒鳥響士郎:失敗を怨みに変え、他者を攻撃するのは見苦しい。あなたの本は『つまらないから売れない』それだけでしょう。夏目漱石の『こころ』やダンセイニ卿の『ペガーナの神々』は自費出版でしたが後々の時代まで残った。それは『面白かった』からですよ。


 シュートが強いうまむすこ:言ってくれるね。


 うまむすこは静かな怒りを見せていた。

 しかし、黒鳥の言葉もあながち間違っていない。

 自分の失敗や不幸を怨みにし、アンチという怪物になった者の姿はただただ醜い。


 黒鳥響士郎:あなたのような存在は邪悪です。ここから去りなさい。


 シュートが強いうまむすこ:邪悪ね、それは黒鳥先生もだろ?


 黒鳥響士郎:私が邪悪だと?


 シュートが強いうまむすこ:まうざりっと、お前はたった三日でのランキング入りと書籍化したのが自慢だそうだな。


 紅蓮まうざりっと:そ、それがどうしたっていうんだ!


 シュートが強いうまむすこ:おかしいと思わないか? うだつのあがらないワナビが急にランキング入りしたり、書籍化を決めるだなんてよ。そんな話はストギル小説の中だけにしてもらいたいぜ。


 紅蓮まうざりっと:そ、それは黒鳥先生の指導で、僕の作品の質が上がったからだよ。


 シュートが強いうまむすこ:違うね、お前の作品は黒鳥の命令で取り巻き達が一斉にポイントを入れただけだ。お前のような石ころが黒鳥先生の指導で書籍化を決めれば、講師業のいい宣伝に――。


「あ、あれ?」


 龍はパソコン画面を二度見した。

 サイバーラウンジ『黒鳥の宴』が終了したからである。

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