ネコ代行サービス 〜そらからのこと〜 後編


ある意味で僕は見落としていたのです。ネコのためにサービス提供しているつもりが、まったく逆のことになってしまっていたということを……


映画監督の黒澤明は役者の演技をチェックする際に『ありがとうございます』と『いらっしゃいませ』と『かしこまりました』の3つを見たんだそうです。気持ちが込められているか一発でわかるからです。サービスの真髄とはどんなお客様をも満足させることにあります。


気づた頃には僕の『にゃー』はもうひどいものになっていたのです……。



🐈  🐈  🐈  🐈



ネコ代行としての僕の名声が頂点に達したころから、ネコたちからの僕の評判が悪くなり始めた。


そして次第に、道で歩いているときにネコたちから罵声を浴びせられたり、物を投げられたりするようになった。


最初、なぜネコたちのために頑張っている僕がこんな仕打ちを受けるのかわからないでいたけど、あるとき、ネコによる大規模なデモが起きてようやくわかった。


デモに参加するネコたちの持つプラカードには『ネコの仕事を奪うな』とか『人間はネコの手をもっと借りろ』などと書き殴られていた。


ネコの書いた字なのに、トメハネがしっかりしていて、それで余計にこころに刺さった。


季節は冬だった。


僕は余計なことをしてしまっていたのだ。知らず知らずのうちにネコたちの居場所を奪っていたなんて……。


ついには僕の家が一部の過激なネコたちによって取り囲まれる騒ぎが起こり、もともと猫好きだった僕はさすがに深く傷ついた。


こんなに外連味なく傷ついたことって今まであっただろうか。


直接の引き金が重すぎて引けない引き金となって、そして僕はこの業界からの引退を決意した。


会見の模様はニュース映像で世界中を駆け巡った。


僕は会見のほとんどを山一證券のあの会見のあの言葉をネコに置き換えた感じの言葉に徹した。



もったいないと引き止める人もいたが、それほど多くはなかった。一人でも多くの人がネコの味方になってくれたことが僕にとっては救いだった。


象徴的存在だった僕の引退によってこのサービス業態は下火になり、いずれ消えることだろう。


全地球ネコ連合の代表のネコ長からは『貴殿の英断を高く評価する』といった内容の伝文をもらった。


『この先の僕のことについて、全ネコをあげて力になろう』と申しでてくれたのだが、丁重にお断りした。


とにかく一人になりたかった。


そしてしばらくはネコのいない場所に行きたかった。


そして僕は大洋にぽつんと浮かぶ、ネコのいない島へと渡った。


夏のことだ。


この静かな自然の中で、ゼロになってしまっていた浩然の気を養おうと思った。


ところが、その神聖高潔なのがいけなかった。


そこの島の人たちはネコを見たことがないので、僕を瞑想する猫として神格化してしまったのだ。


まだ僕のどこかにネコが残っていたのだろう。


毎日村々に駆り出され崇められながら長々と儀式を見守った。


もうめんどうは懲り懲りだった僕は、試しに、ドリフのコントみたいに『あたしゃ神様だよ』とやってみたけど誰も笑わなかったし、そりゃそうだろという顔をされただけだった。


そんなある夜、どんどん注がれるお酒を断りながら村の踊りを見ていると、島でもっとも権威のある長老が話があると言ってやってきた。


長老は開口一番「どうか神さま我々をお助けくだせー」と言って額を床につける。


まあまあ顔をあげてくださいと促して(だいたい神様ではない)詳しく話を聞くと、この島は地球温暖化によって年々海水面が上昇して、このままだとあと数年で島は海面下に沈んでしまうとのこと。


この一大事の時に神さまが現れたのはこれはきっと助けに来てくださったからだとみんな喜んでいるとのこと。


本当のことを言うのが忍びない雰囲気で僕は『にゃー、にゃー』言って誤魔化していた。


それに、この事態が引き起こされたのは僕ら工業先進国のせいでもあるわけだから。


島のみんなも一斉になんとかしてくれと詰め寄ってきた。


(んー、ネコだったとしても無理じゃね)


そのあとも、酒やご馳走を振る舞われて、官僚みたいに「まあなんとかならないこともない」みたいなことを言ってしまったらしい。なんとかならないのに。



こんなに困っている人たちを前に、非力な僕が歯がゆい。


それでもできると言ってしまった手前、翌日から、ない知恵を絞って色々逡巡しながら島の中をぐるぐる歩き回る日々。


青い空、白い雲、青い海、白い砂浜……。


なんと美しいんだろう。


思うに自然の美しさに本当に気づけたときからが本当の人生のスタートなんじゃないだろうか……。


でもだとしてもこの島はあと少しで沈んでしまう。


取るに足らない感傷にさえなれなくなってしまうのだ。


僕は裸足で焼けつく砂浜を走った。


気持ちよかった。寝っ転がった。砂に包まれる。


安部公房が砂というのは個体なのに流体の性質を多分に備えていると文学的に書いていた。


砂をすくい上げる、手の隙間から落ちる。僕の中の猫の部分が急にその砂をかき出した。汗をかいた。


そして、盛り上がった砂の山を見た時、僕はひらめいた。


これだ!


僕は急いで全地球ネコ連合代表のネコ長に連絡を取った。


「助けがいる」とだけ僕は言った。


「ことわざだとネコは三日で恩を忘れることになってる」とネコ長は言って笑ったあとで「まだカレンダーをめくってないから三日以内だ」と付け加えた。


それからすぐに地球上のネコたちがさまざまな手段で海を超えてこの島に終結した。まるで百川海ひゃくせんうみに帰すがごとくに。


そして猫がトイレの時にするときみたいに、海岸沿いで砂をどんどんかいていった。


海抜がどんどん上がっていき、島の人々から歓声が上がった。


やった!


でも僕はただ目の前の出来事に、瞠若するばかり。


あとひとつ、地球上のネコたちが一斉に集まると意外と静かだ。みんな黙々とこなしている。


ネコ長「ここをネコのメッカとして毎年巡礼することにして、砂をかけていくことにしよう」


僕「助かります」


そこでネコ長と僕は握手を交わした。肉球が柔らかかった。


その瞬間を島を訪れていたジャーナリストが写真に収めた。(ピュリッツァー賞)


この奇跡のような出来事は、その年の終わり頃には世界中を駆け巡り、僕は、ネコと人間の双方の立場から地球環境改善に積極的に取り組んだ人物として、ノーベル賞候補になったけど、ネコにはこの賞は贈れないと聞いて辞退した。


そして、その後の僕はといえば、実はまだネコしている。


と言っても、今度こそネコのためのネコだ。


今は、ネコが自分でSNSで発信されるかどうかを選択できる権利の確立のために東奔西走している。


とてもやりがいを感じているし、何よりネコたちからの理解を得られている確かな手応えがある。


これからもずっとネコに関わってゆくつもりです。


長い間一つの仕事を一生懸命やっていると自ずと人格まで磨かれていくと言います。


僕なんかまだネコたちの足元にも及びません。


とにかく


僕が皆さんにわかってもらいたいのは、


ネコたちが


ネコたちであるために


ネコとして


頑張っている


ということなのです。







             (次の仕事へ)つづく

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