【底辺活劇】キスがうまいだけのクズ男な僕が彼女にフラれてから無双するまで
ブロッコリー展
立志編 (なんとか独り立ちしようとします)
序章
「あなたって、キスがうまいだけの男なのよ。なんか、いいわね、キスがうまいだけの男って呼び方。気に入ったわ。あはは、マジうけるー。何にもできない感じがこれほど形容できる言葉ってないわ。笑えるー」
そんなふうにある日、一緒に暮らしていたカノジョから『キスがうまいだけの男』というレッテルを貼られた僕は、途方にくれていた。
その言葉は反論の余地のなさを併せ持った言葉だった。
“何にもできないダメ男”って言われたほうが、まだ、いろいろ言い返せるだろうし、反対に開き直ることも出来たと思う。
夜型の僕は、言われるがままで、部屋の中に所在無げにぽりぽり体をかいて立っていた。なんせまだ午前中だ。
「とりあえず、いったん出てってもらえますか」と彼女は部屋を片付けながら僕に言った。日曜日の午前中という本来とても穏やかな時間帯に僕はフラれた。
キスがうまいだけだったことが我慢ならないらしかった。
逆に、なんにもできないし、キスも下手ならあるいはセーフだったのかもしれない。
「もう誰ともキスはしないと思う」と僕は言って、合鍵をテーブルに置いた。2人で選んだキーホルダーがこんなにぶっ壊れていたことにその時気づいた。
「べつに、すればいいんじゃない?キス。だってあとはなーんにもできないんだから」
彼女は1DKの奥のベッドの上でファッション誌を広げながら僕を見ずに手を振った。
良い間取りって、良い建物からしか生まれないんだそうだ。
玄関で僕はスニーカーじゃなくて、サンダルを履いた。
手ぶらで出ていくことに何か彼女が言うかと思ったけど、何も言及はなかった。
まさかキスのせいで関係が終わるとは思わなかった……。
もちろん、アパートを出た僕に行く当てはなかった。
ほとんどを彼女に頼って暮らしていたので、このあと生活できる自信がなかった。
外はすこぶる天気のいい日曜で、家族連れが多く歩いている。
とにかく歩き出す。とにかく歩いてる人というのは人にどんどん抜かれる。
認めたわけじゃないけど、自分が『キスがうまいだけの男』だと認識した上で、仮に、これから何かをしようとしても何もうまく行かないような気がした……。
ノラ猫が通り過ぎる。自分がこんな状態の時に出会うと、ノラ猫も予定がカツカツで忙しそうに見える。
ニャーニャーとその猫に話しかけてみる。
もちろん僕のことは無視だ。
時間がたっぷりあるので近くの公園で今後について考えることにした。近くに公園があってよかった。
しかし、それがマズかった……。
*
「でも、オレ、両想いだもん」
「だったら俺も両想いだよ」
「おれは、この前までは両想いだったけど、いまはそうでもない、でもその前は両想い」
と、そんな風に『両想い少年達』に囲まれながら僕は公園のベンチに座っていた。
休日。いい天気だ。
そんな少年たちに囲まれてみればわかると思うが、天気のことくらいにしか気持ちが向かなくなる。
以前から、僕が公園のベンチに座ると、いつも近所のチビッコがハトみたいに僕を囲む傾向があった。
「おじさんは? おじさんは両想い?」と、まだ若者な気でいる僕をおじさん扱いするあたりがまっとうなハト派だ。
「さあね」と僕。“両想い”って言葉自体なんか久しぶりに聞いた。
「あ、やっぱり、ほら、この投げやりな感じ」「うん、ほんとだ」「やっぱりこの人……」
と今度は三人でヒソヒソ言い合ってる。勝手にいい恋してくれよ。
「あのね、おじさん」
「なんだよ」
「ウチのママが言ってたんだ、おじさんはキスがうまいだけの男だって」
「なんで君たちのママにそんなこと言われなきゃいけないんだよ」
「町中のうわさだよ、みんな知ってるよそんなの」
「ふうん」
── ふうん。
「本当にキスがうまいだけの男なの?」
「さあね」
「両想い?」
「さあね」
僕はちょっとめんどくさくなって、口がとんがり気味になった。
「わー、キスだー逃げろー」と、ちびっこたちは蜘蛛の子を散らしっぱなし、で。
まあ、これでようやく一人で静かに過ごせるようになった。
ベンチに深く腰掛け、沈思黙考していると、通りのほうでパーポー、パーポーときた。サイレン。
「あのひとです」「あのひとがそうです」と指差しながら、チビッコ三人衆がお巡りさんを連れて来たんですけど、なぜ?
「ちょっと、ちょっと、なんですか?」と僕はベンチから立ち上がって最大限の困惑を伝えるジェスチャー。
ズカズカと歩くお巡りさんが険しい顔で傍まで来て、
「なんですかじゃないよ、ちみー、ちみはさ、キスだけが何なのかの罪だよ」と、もはや適当だ。そして完全なるチョビ髭。コントか。
「なんか僕、法にもとるようなことしました?」
「けしからんよーキスだけとかー、とにかくちょっと話し聞きたいから」と、僕は連れて行かれるみたいだ。
ずっとお巡りさんの陰に隠れて様子を見ていたチビッコたちが正義を貫いたかのような顔をしている。
「どこで話すんですか?」
「署だよ」
なにをどう話せって言うんだよ……。
パトカーに乗せられる時に、買い物に出かける様子の元カノが見えた。しかも、まあまあ粧し込んでる。さっきお別れしたばかりなのに……。
「おーい」僕は大きな声で助けを求めた。
すると僕に気づいた元カノは目を大きくしてからスマホでこっちの状況を撮影すると、ちゃんと撮れたか確認したあと、笑顔で手を振って行ってしまった。
その写真どうするんだよ……。
そして、後部座席に僕を乗せたパトカーが走り出し、僕のこの物語も滑り出した。
つづく
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