9 ダンジョン潜入

 王国のある位置から、馬車の中で揺らされて数十分ほど。

 気づけば、周りは馬車用の道を照らす松明のみだけが地面を照らすのみで、少し先は真っ暗闇だった。

 街のあの明るさとは、比べるべくもない。


 なんてことを考えていると、馬車が停まった。


「あ、姐さん、着きましたぁ」


 御者をしていたロロンが、馬車にいるファニにそう呼びかけた。


「ありがとう、今回も快適だったよ」

「うぇへへ、ありがとうございます……」


 ロロンはそう返事をしながら、ファニと共に馬車から降りた。

 実際俺も、今まで乗ってきた馬車の中では一番スピードも速く、快適だったと思う。

 

 テイマーには、獣を使役するために騎乗スキルを持っている者もいると聞いたことがある。

 恐らくその一環だろうが、ここまで繊細に馬を御せるだけでも、彼女のテイマーとしてのレベルの高さが窺えるというものだ。


「俺も、おかげで全然酔わずに済んだよ、ありがとう」

「うぇ!? あ、は、はい、どうも……」


 俺がお礼を言うと、ロロンはびっくりしてしまったようで、目を逸らしてそれだけ答えた。

 ひょっとすると、少し馴れ馴れしかったかもしれない。


「……ファニ、俺もしかして、彼女に悪いことしちゃったかな?」

「いや、私以外の人と話すのに慣れてないだけだよ。気にしないであげて」


 なるほど、いわゆる人見知りか。

 となれば、初対面の男と話すのもなかなか苦痛だろうし、必要以上に話さないでおこう。

 ……まあ俺も初対面の人が怖いってだけなんだけど。


「着いた、あそこだ」


 なんてことを考えていると、ファニがそう言って止まった。

 彼女の指さした方向を見ると、なるほど確かに、そこにはお目当てのダンジョン、『ジクシン洞窟』の入り口があった。

 ……が、しかし、あんまりいて欲しくない存在も、そこにはやっぱりいたわけで。

 

「え、衛兵さんがいますね、やっぱり……」


 ロロンの言う通り、ダンジョンの入り口には衛兵が二人いて、見張っていた。

 ダンジョンは冒険者以外が入れないよう、ギルドから派遣された衛兵が見張っていることが多々ある。

 特にジクシン洞窟はAランクダンジョンとして名高いからか、監視には特に力が入ってると聞いたことがあった。


 ……しかし、なんだろう、そんな高ランクダンジョンだというのに、妙に警備が薄いような?

 普通だったら入り口の見張りだけでも、もう少しいていいような気がするが。


「どうやら、誰かさんが街で暴れてくれたおかげで、そっちに人員が割かれたみたい」

「……あぁ、なるほどそういうことか」

 

 ファニのその言葉に、俺はついさっきまで、自分が酒場で行っていた所業を思い出した。

 あれが原因でここの警備が手薄になってくれたらしい。

 結果的にダンジョンに入りやすくなったのだから喜ぶべきなんだろうけど、どうにも複雑な気分だ。


「ど、どうします? 殺りますか?」

「いやいやいやいや」


 思わずロロンに対してぶんぶんと首を振ってしまった。

 初手殺害は物騒すぎるだろ。そういうのはせめて最終手段まで取っといてほしいものだ。


「……いや、殺しはいろいろと厄介なことになる。もっと尾を引かない方法にしよう」

「というと?」


 ファニにそう聞くと、彼女はおもむろに俺を指さした。


「レン、あの二人を『はじく魔法』で殺さない程度に無力化できる?」

「え、あぁ、できるとは思うけど……」

 

 その提案に、俺はそう答えざるを得なかった。


 確かに、はじく魔法の出力を調整すれば、衛兵二人を気絶させることはできるだろう。

 だが、俺のはじく魔法は、結構大きな音が出る。


 聞き取りやすい甲高い発射音が出るわけだから、仮に他の衛兵が近くにいた場合、一発で全員に気づかれることになる。

 とりわけ、ここまで静かで音も響きやすい環境だ。どれだけ遠くまで聞こえるかわからないのだ。

 あまり得策とは言えないだろう。


「その点に関しては、大丈夫」


 どういうことだ? と思っていると、ファニは自身が纏っている灰色のストールを脱ぎ始めた。


「このストールは、『サプレス』っていう、消音魔法の加護が付与されてる。これを手に巻けば、あの音をかなり抑えられるはずだよ」


 そう言って、彼女は脱いだストールを俺に渡してきた。


「い、いいんですか姐さん!? そのストール、とっても大事なものだって――」

「別にいいでしょ。壊されるわけでもないんだし」

「で、でも姐さんがいつも密着させているものを、初対面の男の人に渡すなんて、なんだか……」

「……いやらしいこと言わないの」

「あてッ!」


 と、ロロンはファニからチョップされてしまい、涙目で頭をさすっていた。


「ごめん、はいこれ」

「いいのかい? 初対面の男に」

「……ふざけてないで早くやって」


 顔を赤くして睨みつけてくるファニに圧され、俺はそそくさとそのストールを手に取った。


 こうやって手に持ってみると、その肌触りのよさに驚いた。

 衣服類の良し悪しはあまりわからない俺でも、これはかなりの品物だということがわかる。

 こんなもの持ってるなんて、ファニって一体、何者なんだろうか?


 ……と、そんなことを考えている場合じゃないな。

 とっととやることやるか。

 そう思いながら、俺はストールを右手にぐるぐると巻き付けた。


「い、言っときますけど、そのストールでエッチな妄想したら許しませんからね!」

「ちょっと黙ってて、もう!」

「むぐぐ!」


 ロロンがこれ以上何か言わないようにと、ファニは両手で彼女の口を覆った。

 妙に緊張感ないなあ……まあ、気を取り直してと。


 上着のポケットをまさぐると、紙くずが二つ三つくらい出てきた。

 ちょうどいい、こいつを右手にセットして、と。

 

 構えて、狙いをつける。

 風なし、いける。


 バスッ。


 と、どうにも間抜けな、しかし静かな音が、ストールの中から僅かに漏れる。


「ぐぁッ!?」


 それとほぼ同時に、衛兵の一人が倒れた。


「な、なんだどうした!?」


 以上を察知した衛兵が、倒れた相方に駆けつけるのを見ながら、照準を合わせる。

 魔法発動。


「がはぁッ!?」


 頭にクリーンヒット。さっきと同様、こちらも倒れた。

 二人とも起き上がってくる気配はない。ノックダウンしてくれたようだ。


「な、なな、なんですか今の!?」

「うわびっくりした!?」

 

 すると、ロロンが信じられないものを見たような顔で、俺に近づいてきた。


「な、なにって、はじく魔法だよ。君たちだって使えるはずだろ?」

「う、嘘です! こんな距離から気づかれずに衛兵を気絶させるはじく魔法なんて、聞いたことないですよ!」

「使い方が違うだけさ。多分やり方がわかれば、ファニやロロンはすぐできるんじゃないか?」


 俺が使っているのは、別になんてことはない、ただの『はじく魔法』だ。

 ずっとこれしか使えなかったから、物のはじき方とか魔力の出し方とか、長い間いろいろ考えて試した結果、こうなったってだけの話だ。


 ファニといい、なんでこんな役立たず魔法に、そこまで驚いてるんだろうか?

 これより強い魔法なんていくらでも見ただろうし、なんだったら、彼女達の使ってるスキルや魔法の方が、何百倍も高度で強力なものだろう。

 彼女達だって使おうと思えばすぐ使えるだろうに、よくわかんないな。


「……え、姐さん。この人本気で言ってるんですか?」

「すごいでしょ? この無自覚っぷり」


 ロロンとファニは、なにやら俺を若干引いた目で見ながら、ひそひそと話をしていた。

 ちょっとそういうの傷つくからやめて欲しい。


「とにかく、ストールありがとう」


 と、俺はファニにストールを返した。


「どういたしまして……ちょっと焦げ臭いかも」

「あぁごめん、この魔法特有の発熱だ。冷やせばすぐ無くなると思う」

「ホント、変わった魔法だね」


 ファニはストールを身体に巻きつけ、「ふぅ」と息を吐いた。


「魔法で確認したけど、周囲に気づかれた様子もない。衛兵は縛って、中に進もう」


 彼女のその言葉を最後に、俺たち三人はようやくダンジョンの入口へと歩を進めることができた。

 ここからが本番だ、気を引き締めていこう。

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