ロイ 第8章②:ジャンカルロの真意
倉庫の空気は冷たく、重苦しい沈黙に包まれていた。
ジャンカルロの眼差しは鋭く、まるでロイを射抜こうとするかのようだった。
「何の用だ、息子よ」
ジャンカルロの声がどこまでも冷たく無機質に響く。
「Destrion計画を止めてくれ。ABYSSの復活なんてことはお袋も望んじゃいないはずだ」
母アレッサンドラへの想いを込め、ロイはジャンカルロに訴えた。
母の笑顔の記憶はかすかであったが、確かに彼の心に残っていた。
ジャンカルロは一瞬眉を上げたが、すぐにその表情は無感情なものへと戻った。
そして高らかに笑い声を上げた。
「小僧、肉親の情に訴えれば俺を止められるとでも思ったか」
ロイの声に僅かな苛立ちと困惑が混じり始めた。
「何のためにDestrion計画を立てた? 目的は何だ?」
ジャンカルロはロイをじっと見据えて静かに答える。
「復讐だ、世界へのな」
冷酷さの裏に、深い絶望が見え隠れする。
ロイは眉をひそめ、さらに問い詰めた。
「どういうことだ?」
その時、トリアが両手を宙にかざした。
セレスティアの力が発動し、ジャンカルロの過去の幻影が広がる。
倉庫の光景が揺らぎ、辺り一帯に過去の記憶が再現されていく。
---
ロイとトリアはジャンカルロの若かりし頃へと誘われた。
そこには無数の敵に囲まれても一歩も引かず戦う、若き日のジャンカルロの姿があった。
彼の鋭い目つきと獰猛な戦いぶりは、裏社会の冷酷さと誇りを体現していた。
鮮やかに決まる技の数々、次々と倒れる敵。
冷ややかな笑みの裏には、命知らずの強さがあった。
だがその強さに変化が生じた。
アレッサンドラとの出会いである。
彼女と出会った瞬間から、ジャンカルロは初めて人間らしい感情――人が愛と呼ぶもの――を抱くようになった。
それは彼の心に温かさをもたらしたが、同時に恐れをも呼び起こした。
もし自分の存在が彼女を危険に晒すことになったら?
もし巻き込まれて彼女が命を落とすことになったら?
もし、彼女を守りきれなかったら――?
ジャンカルロは己の恐怖に打ち勝つことができなかった。
そしてアレッサンドラに別れを告げた。
アレッサンドラを守るためだと、自分に言い聞かせて。
冷たく無表情な仮面の裏に、彼の隠された苦しみが見える。
彼女を心から愛しており、愛ゆえに彼女から遠ざかろうとした。
アレッサンドラと別れた後、時間を惜しむようにジャンカルロは敵を次々とねじ伏せ、やがて裏社会の頂点に上り詰めた。
シャドウベインの首領となり、逆らう者のいなくなったジャンカルロが真っ先に向かったのは、アレッサンドラの元だった。
だが彼を待ち受けていたのは、愛する者との再会ではなく、すでに彼女が亡くなっていたという非情な現実だった。
愛する者を手放したが故に己の手で守ることができなかったジャンカルロは、自分の迂闊さと浅はかさを呪い、冷酷な裏社会を呪い、アレッサンドラを奪った世界を呪った。
到底受け入れることのできない現実を、この手で滅ぼすと誓った。
燃え盛る復讐の炎が、ジャンカルロにABYSS復活の道を選ばせた。
理不尽で腐りきったこの世界を自分ごと滅亡させ、あの世でアレッサンドラと再会する。
静かな狂気が、ジャンカルロの心を支配した。
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そこで幻影は静かに消えた。
静寂が辺りを支配する。
トリアは一歩前に出た。
「アレッサンドラさんもあなたを愛していました。そしてこの世界に希望を見出していました。ロイを産み育てたのがその証拠です」
トリアはなおも続ける。
「彼女はロイに『強く生きて』と言い残しました。いびつで残酷なこの世界で、それでもロイの幸せを願ったのです。あなたが世界を壊すというなら、私とロイがそれを止めてみせます」
ロイも静かに前に出て、トリアの肩を抱き寄せた。
そして真っ直ぐに、ジャンカルロを睨みすえた。
「トリアの言う通りだ。悪いが俺たちは仲間と世界を守らなきゃならねえからよ。お前の恨み言に付き合うわけにはいかねえな」
父と対決する強い決意を胸に、ロイは不敵な笑みを浮かべ、そう言った。
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