第36話 偉大な背中

「ロティスっ!そろそろ降りて行った方がよさそうじゃ!」


 街を飛び出した俺とユメは数分もしない間に森の入口付近までやってきていた。


「ああ、この感じ、魔物も相当いるな……魔力の消費には気を付けないと」


 大きな魔力のせいで気付きにくくなっていたが、森の中の魔物の反応も普段の数十倍になっているように感じる。

 ダンジョンブレイクの可能性も視野に入れて、対処するべきだろう。


「魔力を使わないということは……ワシの出番じゃの?」


「ああ、頼りにしてるぞユメ。それに、今日はもう一振りあるしな」


 言いながら帯刀している二振りの刀の柄にそれぞれ手を添えると、有無を言わさぬ安心感があった。


「む……ぶっつけの二刀流で本当に大丈夫かのう?」


「基本的にはどっちかで、厳しくなったら二刀にするつもりだったけどそれもそうだな。よし、そのあたりの魔物で俺の二刀流を見せてやるよ」


 変に緊張もしておらず、いつも通りの調子でユメと森へ入っていく。


「まあ、ワシを始めて振った時も大丈夫だったからのう。別に心配はしておらんぞ」


 この三年間で少しは素直になったユメを手に早速目の前の魔物に切りかかった。


「いきなりハイコボルト三頭か……これは、本格的にダンジョンブレイクの可能性も出て来たぞ」


 呟きながら二刀を振るう。

 対複数の場合、二刀流は有利そうに見えて実際はそう簡単な話ではない。

 一太刀の動きが小さくなる分、小回りは利きやすいが、一度に複数を切ろうとすると回転する必要があるなど難しい点も多いのだ。


 とは言っても、親父が俺に叩き込んだ刀術は今考えれば明らかに戦闘用の物だ。

 特に二刀流を苦にすることなく、俺はハイコボルトたちを掃討した。


「ほう、やはりロティス、お主は修羅の国の出身じゃな?」


「まあ、ある意味ではそうかもな。俺が拾われたのここのダンジョンだったらしいし」


「そう言えばミリアがそう言っておったのう。じゃが、どうしてダンジョンに人の子なぞが……」


「え?なんでその話をユメが知ってるんだ?」


「……し、知らないのじゃ」


 吹けない口笛をヒューヒュー鳴らす、ユメを問い詰めながら、ダンジョンを目指して森を進んだ。


◇◇

 

「のう、ロティス……先刻からなぜ魔物の死体が転がっておるのじゃ?」


 消耗を押さえながら森の中を進んでいた俺達だが、森の中腹を超えたあたりからほとんど魔物と遭遇しなくなった。

 いや、実際には遭遇はしている。

 ただその魔物がすでに息絶えているだけだ。


 そして俺はこの理由にもう察しがついていた。


「ミリアだ……ミリアが一人で戦ってる」


「確かに朝から姿は見えなかったが……一体いつ気が付いたのじゃ?」


「それは分からない。でも、この数の魔物を相手にできる人なんて俺達を除いたらこの街にはもうミリアしかいないだろう」


 先ほどから目にする死体はどれも的確に急所を土魔法で打ち抜かれており、こんなことができるのはやはりミリアだけだ。


「なんにせよ急ごう。もし、朝から戦いっぱなしならいくらミリアでも持たない」


「そうじゃな、もう付近に魔物の気配はない。ゲートまでは飛ばしても大丈夫じゃろう」


 ユメのその言葉を合図に俺は全速力で駆け出した。


 辺りがどんどんと暗くなっていき、名前の通りの光を閉ざす森になってくるとさらに奥の方から激しい戦闘の音が聞えて来た。


「くぅぅぅ……さすがに連戦後にこの相手は……」


「ハハハッ!!周りの魔物を処理しながらこの私と戦い続けられるとは、人間のくせになかなかできるなっ!」


「ぐぅっ……片手間の……くせにっ……」


「何を当たり前のことを……そんな状態の人間相手に本気など出してはこの魔将の名が廃る。とは言え、流石にこれ以上魔物を殺されるのもあまり気分が良くない。少しだけ、本気を見せてやろうか」


 微かに話し声も聞こえるが、今はそれどころじゃない。

 ここにきて、あの嫌な魔力の波動がより一層強くなった。


「……これほどの魔力、どれだけ高位の魔族だというのじゃ!?」


「ミリアっ!無事でいてくれっ!」


 ほとんど視界の得られない森を全速力で駆け抜けると突然視界が開け、あの特有の揺らぎが目に入る。

 光閉ざす森の闇の中にぽっかりと開けた空間。ダンジョンゲートの周り。

 そこでミリアと魔将ヒルウァが戦闘をしていた。


「ミリアっ!!」


 思わず、姿を隠すことも忘れて叫んでいた

 

「ロティスっ!?」


 突然現れた俺に驚いたミリアが一瞬ヒルウァから視線を外す。

 その隙を見逃す魔将ヒルウァではない。


「フッ、私の前で油断をするとは愚かな……余程、死にたいようだなぁっ!!!」


 鋭く長く、禍々しいオーラを放つ爪がミリアに振り下ろされようとする。


「ユメっ!」

「分かっておる!」


 俺はそれを阻止するように、刀を振るった。

 俺の持つ最速の抜刀術。


「魚谷流刀術『断光』!」


 斬り上げ一閃。

 光さえ断ち切る最速の抜刀でなんとかヒルウァの爪を弾いた。


「ほう、新手か。それにその妙な剣。貴様がアインの言っていた救世主だな?」


 ミリアを背にして、ヒルウァと対面する。

 少しでも時間を稼いで、ミリアを休ませたいところだ。


 まじまじと目の前の魔将ヒルウァを見つめる。

 こうして実際に見るヒルウァの姿はまさしく魔族と言った様相を呈している。

 不気味なオーラを全身から放ち、いかにもパワータイプと言わんばかりの体躯に鋭い爪、醜くねじれた角をしている。

 

「お前が魔将ヒルウァだな。ここには何のつもりで来た?」


 救世主という言葉に聞き覚えのない俺はその言葉を無視して質問を返す。


「つもり?滑稽だな、人間よ。我々の行動は全て邪神の導きよ。お前たちの命は、ただその導きに従う糧でしかない!」


 要するにゲームの通り、邪神信仰でない者を襲っているのか。

 

「お前は邪神の声を、言葉を聞いたのか?なにを以て邪神の導きだと言えるんだ?」


「ハハハッ!何を言うかと思えば……邪神によって作られたこの身が殺せ、滅ぼせ、蹂躙せよと言っているのだ。この本能を邪神の言葉と言わずして何というのか!」


 本能か……魔族における欲求なのかもしれない。

 そんなことを考えながらミリアの様子を確認する。

 俺の一瞬の視線に気づいたミリアは、本当に、極めてわずかに頷いた。

 

 よし、仕掛けよう。

 ミリアの頷きを見た瞬間、俺の胸には安心感が灯っていた。

 

「……なるほど。つまりお前らもその辺に転がっている魔物と変わらないわけだな」


 一分にも満たない程度の時間稼ぎだが、ここまで戦い通しだったミリアには大きな時間。

 なるべく動きが硬くならないうちにヒルウァとの戦闘を終わらせたいと思った俺は、プライドの高そうなヒルウァをわざと刺激する。


「ほう……貴様、その命知らずの口振り、笑わせてくれる。この私をそのような塵芥と同じと見做すとは……。その代償、魂ごと切り裂かれる覚悟は出来ているのだろうなぁっ!」


 食いついた!

 本能で人を襲う魔族なら怒りによって冷静さを欠くこともあるんじゃないか?という一種の希望的観測から行ってみた言葉だったが予想以上に影響がありそうだ。


「ああ、だってそうだろう?本能を理性で止められないんだから」


「戯言をっ!!その発言、死をもって報いるがいいっ!!!」


 俺の言葉にとうとう我慢の限界に達した魔将ヒルウァはそれまで折りたたんでいた大きな翼を広げ、猛スピードで俺に向かってきた。


「ミリアっ!今だっ!」

「土属性上位魔法『テルース』!!」


 突っ込んでくるヒルウァを俺が横に飛んで躱し、その瞬間にミリアの上位魔法をぶつける。

 即席の作戦だが、綺麗に決まった。


「フンッ!小癪な真似を」


 しかし、ミリアの上位魔法でもヒルウァは意に介した様子はなく、爪を振るうと大岩が裂けるように両断された。


「上位魔法をいとも簡単に……」

「あの爪……あの爪に何かがあるわ。ロティス、まずはあの爪を何とかしましょう」

「わかった」


 ヒルウァから少し距離を取ってミリアと並び立つようにしながら、短く言葉を交わす。

 そして再度こちらへ向かってくるヒルウァをそれぞれ別の方向に躱した。

 

「次こそは貴様らに死の報いをくれてやる!」


 はじめミリアにとどめを刺そうとしたときのように大きく爪を振り上げるヒルウァ。

 禍々しいオーラが魔力によってさらに増幅される。

 そして振り下ろされる爪。

 到底爪の射程圏内ではないが、爪から放たれた赤黒い色をした斬撃がミリアをめがけて飛んできた。


「風属性上位魔法『ボレアス』!」

「水属性上位魔法『フォルネウス』!」


 ミリアの風魔法と俺の水魔法がヒルウァの斬撃を迎え撃つ。

 しかし、俺達の魔法はヒルウァの斬撃に触れるや否や霧散してしまった。


「まずいっ!!」


 あの爪は魔法を無効化する能力があるようだ。

 そんなことより、この距離では『断光』も届かない……。


「ミリアぁっっ!!!!」


 俺の叫びが空虚に木霊した。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


ついに始まりましたヒルウァとの戦闘。

そしていきなりミリアさんがピンチです。

次回ミリア○○ デュエルスタンバイ!!()

これが冗談かどうかは次話でお確かめください。


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