Bシャーク!〜俺の人生サメだらけ〜

佐藤特佐

第1話 目がサメると


「来い……かかってこいよ!」

 海面に浮かびながら、男は筒を握りしめる。手製の爆弾だ。男の顔はぐしゃぐしゃに濡れているが、海水のせいなのか、はたまた涙のせいなのか。



バッシャーーーーン‼︎‼︎



 海面を割って現れたのは巨大なサメ。灰色の背には立派な背鰭が、大きく開かれた口には10センチ以上はあろうかという歯が生えている。

 しかしこのサメ、何かがおかしい。一目見ただけで「生きてる感じがしない」のだ。表皮がつるんとしているうえ、動き方もぎこちない。さらに言えば水の飛び散り方も不自然だ。


 しかしそんなことを気にする暇はない。意を決して彼は爆弾を投げつけた。


「くたばれ化け物!」


 サメの口の中で爆弾が炸裂した。小さな爆弾のくせに戦艦の砲撃並みの大爆発を起こし、サメの身体は木っ端微塵に吹き飛んだ。綺麗にバラバラになったサメの破片が血と共に降り注ぐ。……こんなに血があるのだろうか。


「はははは、サメをやっつけたぞーーーー!」

 赤く染まった海で、男は笑い続けた。



◇◇◇◇


「良いねぇ。」

 映画監督のサトウは出来上がった映像を見て頷いた。彼はメガホンを持ったまま製作陣や出演者の面々に礼を言い、肩を叩いて称えている。俺の元にもやってきて「素晴らしい演技だった」と言ってくれた。


 何が「良いねぇ」だよ。どう見てもCG感丸出しのクソ映画じゃんか。


 俺は穴原 敬人。26歳の駆け出し俳優である。そんな俺の初主演作がサトウ監督の『怒りのデス・シャーク』だ。そう、今撮ってた映画。

 やっと主演を任せられて嬉しくて二つ返事で参加した。だがのちに知ったのだが、この「粗異茶夢(アライサム)」って会社は、サメやらヘビやら隕石やら、変なクソ映画ばっかり作ってるらしい。そんで俺もまんまとその餌食になったわけだ。

 ちゃんとした映画に出演してぇよ……。


 ノリで書いたとしか思えない脚本。テンポは良いが荒唐無稽すぎる。水道管からサメが出てきたり、お風呂でサメに喰われたり、サメがイージス駆逐艦を沈めたり…。

 それにセリフも臭い。「海が俺を呼んでいる」「喰らえ黒龍双刀波!」など厨二っぽいものから「イルカ?イルカだよね?え、シャチだったかー!」のような意味不明なものまで。

 そしてB級映画ならではの描写の数々。しょぼいCG、無駄に刺激的なグロ・ゴア描写、水着のお姉さんが脱ぐシーン、無能な警察……。



「お疲れ様〜明日もよろしく!」

 なんて監督が挨拶してるけど、明日も来たくねぇよ。俺はため息と共に撮影所を後にし、帰路に着いた。




◇◇◇◇



 その夜。誰もいない撮影所に一筋の光が差し込んだ。神の降臨の如きその光は数分間に渡って照射されたが、やがて誰にも見られないまま消えていった……。



◇◇◇◇



 薄汚れた天井が視界に広がった。あぁ朝か。穴場は憂鬱そうに布団に顔を潜らせた。

 手を伸ばすと、昨日飲んだ缶ビールの缶が倒れて転がっていった。


「今日も撮影かよ…憂鬱だぁ」


 俺は寝癖をいじりながら起き上がると、台所に向かった。古い床がミシミシ音を立てる。


「たしかポテトサラダ残ってたよな…。」

 そう呟いて冷蔵庫を開けると、そこにはサメがいた。サメの鼻に触れそうになってしまい、俺は手を引っ込めた。

「……すまん間違えたわ。」

 ゆっくりとドアを閉めてやる。あれ、でも確かに今開けたのは冷蔵庫だったよな?寝ぼけてたかな。

 確認のためにもう一度冷蔵庫を開けてみる。


シャーーー


 サメがこっちを見ていた。今度は口を開き牙を剥き出しにして。

 どうやら夢ではないみたいだ。


 なら逃げなければ。


 俺は一目散に玄関へ走った。サンダルに足を突っ込んで外に出る。外に停めておいた自転車に跨って振り返ると、ボロアパートの玄関を突き破ってサメが出てきたではないか。さすが築50年、壁が相当薄いんだな。

 サメは冷蔵庫に頭を突っ込んでいたが、頭を降ってそれを振り払う。冷蔵庫の残骸が落下した。そして左右を確認、俺を目視したのだろう、スーーっと空中を泳いで(飛んで?)追ってきた。



「うおぉぉ⁉︎」

 叫びながら、自転車のペダルを精一杯踏み込む。キコキコと金属の擦れる音と共に自転車は発進した。


「うぎゃぁぁぁ〜」


 朝日の眩しい朝の空を背景に、自転車は急加速する。カーブミラーを確認すると、わずか数メートル後ろには牙を剥き出しにして俺を喰らおうと追ってくるサメ。なんて刺激的な目覚めだろうか。


 必死にペダルを漕ぎながら振り返ると、サメはピッタリ付いてきていた。尻尾を左右に振り追ってくるサメ。しかしよく見ると(よく見なくてもわかるか)、このサメは明らかに「浮いている」。

 飛んでいるということではなく、なんというか……作り物というか、現実との親和性が全然無いというか。異様にツルツルした肌、わざとらしい傷跡、生物的ではない挙動……。


「クソ映画のCGみたいだな。」


 そう呟くと同時に、俺はこのサメを見たことがあることに気がついた。それも昨日に。


「『怒りのデス・シャーク』……?」


 そうだ。俺が嫌々主演をやっている撮影中の映画『怒りのデス・シャーク』に登場するサメにそっくりだ。しかし知っての通り、このクソ映画は現実ではない。なぜ映画の中のサメが本当に現れて、空中を泳いで、俺を追ってくるのか。




 そんなことを思っているうちに、急な下り坂に行き着いた。これはサメを振り切るチャンスではないか。

 スピードを落とすどころかギアを上げてさらに加速する。振り返ってみると、クソCGのサメと少し距離が開き始めた。

 逃げ切れる。


 しかしその時、目の前に人が現れた。杖をついたお爺さん…地元では有名なクレーマーだ。


「止まれないっ…!」


 なんとかハンドルを切って爺さんを回避。急に追い越していった自転車に驚き、よろめきながら爺さんは声を荒げた。

「危ねぇぞ〜!ったく最近の若いもんは……。」

 ヅラがずれちゃうじゃないか、と言おうとして言葉を飲み込んだ。


 そこにサメがやって来る。サメは爺さんを前に止まり、不思議そうに見つめ始めた。

 クレーマー爺さんもサメに気がつき視線を合わせた。地元で有名なクレーマー爺さんvs CGのサメ、世紀の対決が始まった!


「ったく最近のサメは…。サメのくせに飛んだりしてんじゃねぇよこの野郎。」


 爺さんはサメの鼻を杖で小突く。出たー!クレーマー爺さんの必殺技「文句垂れ垂れ杖アタック」だ!


「もっとリアルな合成をしなきゃダメでしょ〜。これだから繁盛しないんだよ全く…。」


 しかしそんなクレームにサメは聞く耳を持たない。ノーダメージ!

 今度はこっちの番だと言わんばかりに、サメは大きく口を開け、クレーマー爺さんにかぶりついた。ほぼ丸呑みだった。なのに血が多量に飛び散ったのは何故だろう。

 クレーマー爺さんvsクソCGシャークの戦いは、こうして一瞬で終わった。


 獲物を飲み込んだサメは、止まって様子を伺っていた俺に気がついたようだ。再び宙を滑って迫ってきた。

「なんで俺なんだよーーー!」


 俺は再び自転車を飛ばす。マズい、この先は幹線道路だ。朝の時間帯の通行量が多い。こんなところにサメを突っ込ませたら…!

 しかしもう後戻りはできない。自転車の後方約5メートルの位置には、大きな口を開けて牙をギラつかせるクソCGのサメが付いてきているのだから。



 路地を抜け幹線道路に飛び出した。激しいクラクションの音と共に車が急ハンドルを切り、玉突き事故が発生。それを尻目に俺は道の真ん中をチャリンコで爆走する。

「うぉぉぉ!」

 危険運転!道路交通法違反!当たり前だが、こんな大通り、車が普通に通行している中を自転車で走ったことなんて無い。もう直感だけで信号待ち中の車と車の間を猛スピードですり抜けていく。


 数秒後、路地からサメが出現した。玉突き事故を回避しようとした軽自動車とサメが接触し、車がひっくり返る。サメは車のことも通行人のことも気に留めず、俺だけを追って来るようだ。

 サメも車の間をすり抜け、通れない場合は車を押し除けて、幹線道路で”川下り”する。



ブーーー!ブーーーー!



 あちこちで鳴り響くクラクション。突然現れた自転車とサメのカーチェイスに、道路は大混乱に陥った。

 偶々居合わせた人は大層驚いただろう。自分の車をサメが追い越していくのだから。




 「子供が乗っています」ステッカーをつけた車には、子供を幼稚園に連れて行く母と子が乗っていた。


「ママ〜〜さめさんだーー」

 子供が指差す先は、ちょうど侵入しようとしている青信号の向こうの十字路。母親は唖然とした。信号無視のサメが突っ込んできたのだ。なんたる危険行為!


ギギィィィィッ‼︎‼︎


 急ブレーキ!その甲斐あって激突せずに済んだ。……彼女らの車を避けた後続車両は派手に横転したが。

 母はクラクションを連打しながら叫んだ。

「もう、ちゃんと信号守りなさいよ!あのバカサメ‼︎」




ッドガァァン‼︎‼︎


 閃光!

 突如爆発が起きた。サメがガスボンベ輸送車に突っ込んだのだ。CGではないリアルな爆炎が噴き上がった。爆発の中から現れたサメは頭に火がついていた。そのまま激しく暴れ回る。

 CGサメでも火には弱いのだろうか。


 ともかくその隙に俺はサメを撒くことができた……。

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