第111話 VR・STGマスター ③
家に帰った陽太は、玄関から声をかけた。
「ただいま」
出迎えはなく、リビングからは女の子たちの楽しげな喧噪が聞こえる。靴を脱いで揃え、陽太はリビングへ向かう。
テレビにはチャンネル・ゲームの画面。ちょっと女子4人がゲームを遊んだ所を直に見る。
「お兄ちゃん、おかえり」
「勉強会じゃなかったのか?」
悠乃が代わりに答える。
「お兄ぎ、今日は一日みっちり勉強したから、気分転換だよ」
「そうか」
光玲が付け加える。
「ええ、みんなきちんと頑張ってました。いまは夕食前の休憩です」
「田中さんがそう言うならいいけど……それ、リーフ・フォース・ターミネーターか。しばらくやってないから、懐かしいな」
「ナーちゃんがいちばん得意なゲームらしいよね。私も昔、少しやったことある」
「確かに陽菜は昔からVRのSTGが得意だった。マシンの操作が器用なだけじゃなく、ゲーム内の重力表現にも強かったし」
「それは、キャラの身体能力をちゃんと鍛えてるからだよ。でも、お兄ちゃんは“宇宙”とか未知の惑星とか、そういうコンセプトが大好きだよね?」
仲良しのやり取りに、悠乃が興味津々で割り込む。
「そうなの?陽太お兄ぎ?」
「うん。名も知らない星系、星の海をマシンで飛び回って、常識を覆す景色に出会う。本当は、戦いがないなら、ゆっくり異星の風景を見て回りたいくらいだ」
「でもそれ、凪げるモードの話でしょ? 人が住める星なら、その生態系に異星生命がいるのは当たり前だよ?」
「人類以外を最初から敵に置く設定は、ちょっと切ないよね」
「だからこそ醍醐味があるんだよ。同じ人間同士でもすれ違う。プレイヤーはコミュニティで平和共存派/人間至上派/侵略者皆殺派/無為存命派/技術種繁栄派……って立場が選べるでしょ」
「二年前から触ってないけど、世界はどうなった? 調査船団が新種メタトセターを発見したまでは覚えてる」
「理念の違いが決定的になって、私たちの平和共存派に、無為存命派が、人間至上派、侵略者皆殺派がぶつかり合ってる感じ。陣営が二つに分けたらしい。メタトセターに占領されて沈黙した船団もいくつか出たよ。いま私たちがやってるのは、過去ログに残ってるミッションだけどね」
「なるほど。ところで、武田さんと三上さんも、このゲーム興味あるの?」
苦手な虫型の敵と戦う画面に、静琉は両手を振って苦笑した。
「私はついでにちょっと触っただけです……」
「武田さんは?」
光玲は両腕を体に組んで、涼しい笑みを浮いた。
「このゲームの敵って、現実の怪人・怪獣の意匠をモチーフにしてるって聞いて。一回、ちゃんと遊んでみたいなって」
「でも光玲ちゃん、初プレイなのに高得点って、まさかチャンネル・ゲームも得意?」
「STGなら別タイトルを触ってたから、操作系は通用するの。それに乗った機体、記録から強化済みを渡されたし。あとはチェス通りにやっただけ」
陽菜が胸の前で腕を組み、人差し指をほほに当てて真剣顔。
「そうか……私も兵法書籍とか読もうかな?」
「それなら古典文をもっと頑張らないと、たぶん読めないよ」
勉強の話に戻され、陽菜は肩を落としてため息する。
「え〜〜、結局勉強の話しか……」
「さて、私は夕飯の準備をしないと。このVRメガネと意識シール、誰か交代できる?」
その隙を逃さず、静琉がそっと手を挙げた。
「お料理なら、私が手伝います」
「え、でも今日の当番は――」
「いいのいいの。料理は趣味だから。作ってる間に、みんなはゲームの続きを楽しんでて」
本当は、もう虫型の敵を画面で見るのも嫌だった。
それでも、静琉は硬い笑顔を浮かべたまま、後ろから光玲の肩を軽く押す。
「行こ、光玲ちゃん」
「助かるわ」
二人は並んでキッチンへ向かっていった。包丁の音と笑い声が混じり合うような、穏やかな空気が後ろに残る。
居間では悠乃が明るい声を上げた。
「じゃあ、お兄ちゃん。待ってる間に、三人で続きやらない?」
まだゲームの熱が冷めない悠乃は、まるで小躍りするような口調で場を盛り上げる。
「やろやろ! 朝の約束のドタキャンはナシね!」
「分かったよ。……ついでに遊ぶだけだ。でも、ミッション一つで切り上げよう」
シャドマイラのことは気になる。だがまずは夕食、待ち時間くらいはゲームで気を紛らわせてもいい。陽太は意識シールをこめかみに貼り、ワンレンズをかける。目を閉じて呼びかけた。
「リング、ログイン」
起動音に応じ、意識はリーフ・フォース・ターミネーターの世界へ潜る。
目を開けると、キャラの自室。ベッドに腰を下ろし、窓の外に広がるのは、名もない星々の光と、十数隻の宇宙戦艦が並走する景色。デスクには“Welcome! It's nice to see you again!”のメッセージ。
陽太は長居をせず、格納庫へ向かった。
パイロットスーツに着替え、カプセル型コクピットに座り込む。記録ファイルから三機のうちハート型機を選択。装備はダブル・ビームソード、ツインロングジャベリン・バスターライフル、ビームライフル、ナイフ型フェアリー×4。装備を確定すると、コクピットは高機動モード機体に組み付く。青と白、差し色に黄の汎用機、近接も遠距離砲撃もこなせる。
「よし、装備完了。コミュニティから、陽菜の招待ミッションに参加っと」
スーツのリスト端末で Harunaの招待を選ぶ。
ミッション内容に目を走らせ、陽太はぼやいた。
「このステージ、昔クリアしたやつだ。侵攻された基地の奪還、それから地下巣とボスの殲滅……長いし厄介なんだよな。ったく、陽菜のやつ、資源運送戦艦の護衛系の短尺任務にしてくれれば……」
もう入ってしまったものは仕方ない。承諾すると、格納床がせり上がり、滑走路へ。進路クリアのライトが付いた。陽太はアクセルを踏み、ブーストが吹き出す。機体は艦から飛び出した。
陽菜機と悠乃機、それに他の友軍機と合流する。
「陽菜、田中さん」
彼女たちの機体は同型ながら、装備はロングランス・バスターライフルに誘導レーザー砲ユニット、さらにライフル型フェアリー×6と違いがある。
「お兄ちゃん、久しぶりのターミネーターの乗り心地は?」
「懐かしい感じ、かな……」
「それだけ?もっと具体的には?」
「特にないけど、このミッション、クソ長いよね?」
「クリア済みを順番に選んでるだけ。ペース上げれば短縮でいけるでしょ?」
自信満々の陽菜に、陽太は苦笑い。
「ゲームマスター・モード入れた陽菜、久しぶりだな」
通信映像に悠乃の姿が映された。
「兄妹で内輪ネタ禁止。陽太お兄ぎ、このゲーム、得意なの?」
「普通。しばらく遊べてなかったから、腕は鈍ってるかも」
「すぐ分かるね。で、推奨作戦は?」
「田中さんの機体は白兵寄りだから先行、僕は後方から援護する」
「頼もしい。援護お願いね」
「え〜〜、ゆゆちゃん、それ私のセリフを取った。ずるい」
「なーちゃんは強いから援護いらないでしょ?ていうか装備、さっきと違うじゃない?」
「さっきの武器はしーちゃんとみちゃんに譲ったの。こっちが本命よ」
「苦手装備であのスコアって、なーちゃん、ほんとエースパイロットね」
「はいはい、話はそこまで。ミッション開始だよ。あたし、先に行くわよ!」
陽菜が楽しげに言い、機体を加速させて前へ飛び出す。
「あ〜〜、また単機先行したか」
「陽菜はこのゲームだと突っ込み癖がある。戦いでは、僕より肝が据わってるのかもね」
三機と友軍は惑星大気に突入。作戦が始まった。
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