17 志を向け立つ
第92話 意志を示す、考慮、それと推薦者 ①
夏休み初日の金曜日。
陽太と陽菜は浮遊電車に乗り、
「お兄ちゃん、この前にも一度来たことがあったよね?」
「この前行ったのは支援センターだよ。瑤妤姉さんの研究室は別の棟にあるんだ」
「こんな広い研究所を見るのは初めて……」
「ヒイズルで一番大きな研究団地だからな」
兄妹がそんな会話をしていると、不意に歩道橋の柱を駆け上がり、ガラスフェンスを飛び越えてくる少年がいた。腰パンに鮮やかなTシャツ、ストリート系の服装、金髪をしたその少年は、大技を決めた達成感に大声で叫んだ。
「やった!今日も絶好調っスね!」
すぐ隣を通った陽太たちに気づくと、彼は気さくに声を掛けてきた。
「おや、この前の支援センターで会った人じゃないッスか?日野くんですよね?」
突然声を掛けられた陽太に、陽菜は首を傾げて尋ねる。
「お兄ちゃん、この人知り合い?」
「うん、この前、身体検査を受けたときに偶然会ったんだ」
「それなら……異能者なの?」
「ああ」
少年は快活に笑いながら胸を張る。
「俺はビリーっス。そちらは妹さん?」
「はい、妹の陽菜です。それで、ビリーさんはここで何を?」
「パルクールをやってるんスよ!」
「だからあの柱から登ってきたのか」
「そうッス。この町全体が俺にはサスケチャレンジ場なんス!」
その言葉に陽菜は思わず笑みを零す。
「へ〜、それは本当にすごいですね」
「二人は何をしに来たっスか?」
「親戚のお姉さんがこの研究所で働いています。今日は話をしに来ました」
「なるほど、人と約束してるっスか。それなら早めに行った方がいいっスよ」
ビリーはさらに軽やかに歩道橋を駆け抜け、反対側のフェンスを飛び越えると、宙返りして下へと華麗に着地。受け身を取りながら動きを止めることなく、そのまま川辺の公園へ走り去っていった。
「すごい身体能力だね」
「彼を見てると、昔、エアーボードに挑戦した時のことを思い出すね」
陽菜が懐かしそうに呟き、兄妹は研究所のメインビルへと向かう。
二人は研究所のメインビルにたどり着いた。
玄関の出入口付近で、白いパーカーにジャージ姿の少年が外へ出てくる。ミントブルーのギザギザした髪、卵型の顔に、鋭いアーモンド形の瞳、虹彩は白銀にきらめき、すれ違うだけで周囲の気配が微かに変わるのが分かる。
ロビーに足を踏み入れたところで、陽太は思わず立ち止まり、肩越しにその少年を振り返った。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「……さっきの人、前に身体検査で会ったことがある」
少年は迷いのない足取りで建物の外へと消えていった。
陽菜はその背中を目で追い、感心したように呟く。
「へぇ……この研究所、私たちと同年代の異能者がけっこういるんだね」
「そうみたいだな」
受付カウンターに近づくと、対応に出た女性が微笑を浮かべ、二人に視線を向けた。
「ご来所ありがとうございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「保護者である実行支援部の李部長と、お約束があります」
「お名前をいただけますか?」
「日野陽太です。こちらは妹の」
「日野陽菜です」
「身分証のご提示をお願いできますか?」
「はい」
二人は学生証を差し出す。女性は手際よく確認し、内線へと連絡を入れた。
「確認いたしました。少々お待ちください……。はい、李部長の事務室へお繋ぎしました。日野さま、正面のゲートを通過後、右奥のエレベーターで7階へお進みください。到着ロビーで李部長がお待ちとのことです」
「分かりました」
「それから、来訪者用の識別IDです。お二人とも首にお掛けください」
「ありがとうございます」
礼を述べると、二人は識別IDを装着し、セキュリティゲートを通過。ちょうど扉の開いたエレベーターに乗り込み、7階へと上がった。
エレベーターホールの扉が開くと、廊下の入口で瑤妤が待っていた。
「来たわね。駅から迷わずこれた?」
先に駆け寄った陽菜が笑顔で答える。
「うん。マップアプリでリサーチして、上手くに来たよ」
「それならよかった。さ、こっちへ」
三人は接客室に入り、ソファへ腰掛ける。
瑤妤は静かに問いかけた。
「この前話したこと、よく考えた?」
「はい。僕たちは引っ越ししない。……両親と過ごした八王子の家に、このまま住み続けたいです」
「私も友達と離れたくないし、両親が大切にしてきた家を手放したくない」
両親を亡くしたことで、陽太と陽菜には新たな保護者を定める必要があった。監護者資格と親権を引き継げる資格を持つのは、日野辰昭の兄妹たちである。
三歳年上の伯父は海外で暮らしており、本来なら二人を引き取りたいという思いはあったが、陽太たちを国外に移住させることには反対したため辞退した。
一方、一歳上の伯母はヒイズル州に在住していたが、すでに自身の家庭と子どもを抱えており、辰昭や黛璃が遺した財産は兄妹の養育費として十分にあったものの、夫の反対もあって保護者にはなれなかった。
そこで順番が回ってきたのが瑤妤だった。彼女は積極的に監護者資格と親権を引き受ける意思を示し、幼い頃から兄妹と親しく遊び、信頼関係を築いていたこともあり、二人もそれを認めた。最終的に、裁判所は兄妹の親権を瑤妤に引き継がせる判決を下した。兄妹は苗字が変わらずに瑤妤が二人の保護者になった。
元々、瑤妤は研究所に勤めており、近隣のマンションで暮らしている。だが、土日や休日であっても科援隊の緊急出動に備えなければならない多忙な日々のため、頻繁に八王子へ通うことは難しかった。そのため彼女は、二人を近隣の学校へ転校させ、研究所の近くにあるレンタルマンションへ引っ越させようと考えた。そうすれば、監護者として身近に面倒を見やすいからだ。
しかし、今、瑤妤は二人の本心を直接聞いた。真剣な眼差しで見つめ合い、目を閉じてしばし沈思した後、彼女は静かに口を開いた。
「分かった。君たちの意思を尊重するわ。ただし条件がある。毎日夕方に通信で連絡すること。それと月に2回、休日に必ず時間を作って顔を見せること。それでいい?」
兄妹は視線を交わし、同時に頷いた。
「分かりました。その条件を守ります」
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