第70話 虎本道場 ②

 陽太は最後列に並び、他にも彼と同年代の弟子たちがいた。中でも、最前列に立つ二人の男女は、妃緒莉と同じ黒い腕章を着けていた。


 少年のほうは、鼠色に染めたツーブロックのショートヘアに、赤いラインが入ったフィットスーツを着用。178cmほどの身長に、厚みのある胸とバランスの取れた上腕。筋骨隆々ではないが、しなやかな力強さを感じさせる体格だった。両手には革製のグローブをはめ、どんな投げ技を受けても涼しげな笑みを崩さず、まるで痛みを感じていないような態度を保っていた。


 少女の方は、真っ白な長い髪をストレートに垂らし、装飾品は一切つけていない。お面を思わせるほど白い肌に、整った顔立ち、細い眉、すっと通った鼻筋、形の良い唇。髪の左右には触角のようなものがのぞき、羽織の模様には赤や金の紋様があしらわれていた。大胆な和装に似た服装からは、圧倒的な存在感を放っており、胸元の豊かさは服がちぎれちきれそう巨乳。

 彼女は稽古中も一切感情を表に出さず、目を閉じたままのようでいて、誰にもぶつからず、手合わせの相手の動きすら難なく捉えていた。彼女の放つ空気は、17歳とは思えぬ成熟した雰囲気と、どこか妖艶さを帯びていた。


 集中力の訓練が終わると、格闘訓練に入った。パンチやキックだけでなく、投げ技や受け身などの実戦的な技術も学ぶ。特に時間が割かれるのは、手合わせ形式の模擬戦であった。

 隣の訓練室では個人スキルの鍛錬も行われており、使用順はルールに従って回されていた。陽太は自分の順番が来るまで、他の弟子たちと組手練習に取り組んでいた。


 この道場での目標は、一般人を相手にした際に、最小限の動きで最大の効果を上げ、相手を傷つけずに制圧すること。そのため、異能者である個々の身体能力に応じて、指導内容や技術の習得優先度も変わってくる。


 たとえば妃緒莉ひおりのように、体格に恵まれておらず、筋力も控えめな者には、防御技や受け身の習得が重点とされている。彼女は詠春拳や八卦掌のような柔拳スタイルを採り、無理に足を高く上げることはせず、膝下を狙うローキックを主とする。さらに腕で攻撃をいなし、足腰のバネを利用して相手を投げ飛ばす技を多用していた。


 内向的な性格も手伝ってか、彼女は気配が薄く、相手の予測を外すタイミングを見抜くのが巧みだった。まるで風に揺れるやなぎ枝のように、柔らかく、しなやかに相手の力を受け流す。


 一方、陽太の体格は170センチ未満で、筋肉隆々というわけではないが、その筋肉と骨格は人間の常識を超えており、驚くべき耐久性と柔軟性を持っている。身体の一部を攻撃態勢に切り替えると、そこにプラズマが流れ、爆発的なパワーを生み出す。

その力は、大型のマシンや上級シャドマイラと互角に渡り合えるレベル。だが、その分、人間相手には力を抑える必要があり、下手をすれば一撃で相手を再起不能にしてしまいかねない。


 だからこそ、陽太が今鍛えているのは、自らの体温とエネルギー制御。どんな攻撃を受けても体温を極端に上げず、プラズマ反応を意識的に手足など特定部位に留める訓練。つまり、それは攻撃技術の習得ではなく、他者と共存するための自制と堪忍を鍛える修行だった。

温度が高く放せば服が燃える。だからこそ、自分を燃やさず、周囲を傷つけず、冷静に制御する。それが彼の最大の課題だった。


 相手を傷つけないため、陽太は極力攻撃を避け、受け流す動きを取ることが多い。転倒技も多く使われるため、相手にダメージを与えず、稽古の一環として安全に進めるには、投げ技が一番適していた。


やがて、陽太の順番が来た。

訓練設備の中でも最奥の7番レーンに立ち、20メートル先の四角い的に向けて、プラズマボールの投球練習を開始する。


 オレンジ色に光る右手にエネルギーを集中させ、左足を上げ、しなやかに体をひねってから力強く腕を振る。放たれた黄色のプラズマボールは、ビームのような速度で一直線に飛び、ドンッと音を立てて右上の的に命中。


 的は陽太の一撃に耐え切れず破損し、自動的に新しいガラス板が出現して再セットされた。彼は連続で5球投げたが、すべて狙いより微妙にずれた。特に右上から左下にかけて軌道がズレる傾向が強かった。


「やっぱりズレてる……タイミングの問題かな?」


ストレートのように速くまっすぐな球を投げる場合、エネルギーボールには縫い目がないため、握り方が重要になる。人差し指と中指の間隔を1センチ以上空けて、まっすぐ放つことが求められる。


 辰昭からは、球にスピンをかけるカーブの投げ方も教わっていた。ボールを深く握り、指を密着させ、アーチを描く軌道で的の下部を狙う技だ。


彼は40球ほどを投げ続け、誤差を5センチ以内に抑えられるようになってきた。


「陽太くん、すごい速い球ですね?まるで稲妻の光のように」


後ろから聞こえてきた柔らかい声に振り向くと、妃緒莉が見守っていた。


「えっと、コーチは……先の見ましたか?」


緊張気味の陽太は、手のひらに集めたプラズマを解き放ち、ボールを消す。


妃緒莉は優しく微笑んで言った。


「私にその呼び方なんて堅苦しいですよ。お父さんから陽太くんの話、よく聞いてます。さあ、もう少し続けてみましょう」

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