第56話 訓練方法を探る所 ②

マシンは、広い敷地を有する一軒家のゲスト用パーキングに停まった。

マシンを降りた陽太と辰昭は、九十九里浜の海岸線を見渡す。庭の裏手に続く細道が、そのまま海辺へと繋がっていた。

三階建ての洋風の邸宅は、まるで小さな別荘のように立派で風格がある。


「ここは……本当に景色がいいな」


懐かしさに駆られたように、陽太がふと目を細めた。


「あれ? この景色……前にも見たことがあるような?」


「そうだよ。陽太が小学生の時、夏休みに一度ここへ来ただろ。虎元さんの家族と一緒に海辺でバーベキューしたじゃないか」


辰昭たつあきの言葉に、幼い頃の記憶が少しずつ蘇る。

確かにその時、陽菜はるなのほかにも、虎元の子どもたちと一緒に海辺で遊んだことがあった。白いワンピースを着た内気な女の子と、やんちゃな男の子……それは陽太が小学5年生の頃のことだった。


「うん、なんとなく覚えてる」


そんな陽太のもとに、がっしりとした体格の男性が歩いてきた。日焼けした褐色の肌、半袖のポロシャツにズボンというラフな格好。肩幅も広く、どこかスポーツマンの面影を残している。


「やあ、辰っちゃん!」


懐かしげに声をかけてきたのは、虎本桐哉とらもときりやだった。


「おお、久しぶりだな、虎ちゃん!」


辰昭も嬉しそうに応じ、二人はガッと腕を組み、固く握手する。


「相変わらず見た目は変わらないな。日焼けしたんじゃないか?」

「最近は息子に付き合ってサーフィンを始めたからな」


朗らかな雰囲気に、陽太も少し緊張がほぐれて、自然と笑みがこぼれる。


「まゆりさんは元気か?」

「ああ、相変わらずさ。娘は来年受験を控えててね。今日はふたりでお留守番」

「そうか……陽太くん、ずいぶん背が伸びたな。しばらく見ないうちに、大人っぽくなった」

「ご無沙汰してます」


身長が同年代の男子に比べて低めな陽太は「大きくなった」と言われ、照れくさそうに頷いた。

「辰っちゃんから話は聞いてるよ。力のコントロール方法を探してるんだってな。俺のやり方が合うかどうかは分からないけど、まずは中に入ってくれ」

「ありがとう、虎ちゃん。助かるよ」

「何言ってる、高校時代のまぶだちだろ? 友の息子の相談なら、喜んで乗るさ」

「虎元さん、よろしくお願いします」


三人は玄関から邸宅に入り、吹き抜けのリビングに通された。

15坪はゆうにありそうな広さで、天井の高い窓から差し込む自然光が部屋を明るく満たしていた。桐哉は天井を見上げながら、声をかける。

妃緒莉ひおり〜〜!お客さんが来たぞ。お茶を淹れてくれないか?」

「はい、今行きますー」


2階から明るくて少し高めの声が返ってきた。


「まあ、遠慮せず座ってくれ。長旅だっただろう。うちの息子は訓練中だが、帰ってきたら紹介するよ」


陽太と辰昭は並んでソファに腰を下ろす。

桐哉はマスター席の一人掛けソファにどっしりと座り、テーブルを挟んで三人が向かい合った。


「チャンネル通信で赤城山の支援センターで検査を受けたって聞いたよな? もしよかったら、その時の映像を見せてもらえないか?」

「もちろん」


辰昭は携帯端末を操作し、陽太の検査レポートをホログラムで表示する。

画面には、陽太がパネルボードにプラズマを放ち、壁ごと貫く衝撃的な映像が流れる。

しかし、桐哉は驚いた様子も見せず、冷静に分析するように頷いた。


「なるほど……かなり珍しいタイプの超人能力だな。これだけの力を持ってて、今まで事故を起こしていないのは本当にすごい。辰っちゃん、君の息子はしっかり自律心があるんだな」

「そう言ってもらえると安心するよ」


桐哉は陽太に目を向けて、静かに問いかけた。


「陽太くん。君は自分に授かったこの力を、どう使いたいと思ってる?」


陽太は少しだけ言葉に詰まりながらも、真っ直ぐに答えた。


「まだ上手くコントロールできていません。でも、いつか……先輩たちのように誰かを守れる人になりたいです」


「うん、立派だ。その気持ちを大切にしてくれ。力がある者は、まずそれを制御することを学ばないといけない。俺のやり方が合うかは分からないけど、まずは一緒に試してみようか?」


「はい、お願いします!」


ちょうどそのとき、階段を降りてきたのは、白いシシフォンプリーツワンピースを纏った少女だった。肌は雪のように白く、腰まで伸びたストレートの髪を三つ編みにしてハーフアップにまとめている。まるで天使のような気品をまといながら、トレーを手に歩いてくる姿は絵画のように静かだった。


彼女は丁寧にローテーブルに紅茶とクッキーを並べ、深く一礼する。


「粗茶ですが、どうぞお召し上がりください」


「ありがとう……もしかして、君が妃緒莉さんか?」


辰昭が目を細めて問いかけると、桐哉が頷く。


「そう。今は音楽高校に通う二年生だ」


桐哉の紹介を聞きながら、陽太はふと妃緒莉の淑やかな所作に目を奪われた。

彼女が現れてからというもの、その姿がどこか懐かしく、何度も見てきたような感覚に囚われる。

皿を差し出す細い指先が淡く光を帯びたとき、陽太は思わず息を飲み、ぼうっと見入ってしまった。


「随分、大きくなったな。しかも……あすかさんにそっくりの美人じゃないか」


辰昭の言葉に、妃緒莉は控えめにうつむき、ほのかに頬を染めた。


「い、いいえ……そんな。恐縮です」


小さく微笑みながら応えるその声は、まるでASMR番組で流れる癒しの囁きのように柔らかく、耳に優しい響きだった。


「妃緒莉、彼は俺の高校時代からの親友、辰昭だ」


「はい、存じています。お父さんからよく伺っていました。小さい頃、たまに父と一緒に、おじさんの試合中継をテレビで拝見しておりました」


接客は少し不慣れそうだが、誠実に向き合おうとするその姿に、育ちの良さと気品がにじむ。まるで名門女子校で丁寧にしつけられたお嬢様のような、清らかな雰囲気をまとっていた。


「彼は、小さい頃に一緒に遊んだ陽太くんだよ」


妃緒莉は陽太の前にそっと湯のみを差し出すと、目を合わせてはにかむように笑みを浮かべた。


「……お久しぶりです」

妃緒莉が陽太にそっと声をかける。

「え、あ、どうも……お久しぶりです」


ぼんやりしつつも、陽太は慌てて頭を下げる。

白いワンピースの記憶が、彼女の面影と重なった。


「妃緒莉、ちょっと力を見せてやってくれないか」

「えっ……でも」

「ここに異能者を嫌う奴はいない。大丈夫さ」


妃緒莉は緊張した面持ちでそっと深呼吸し、手を胸元に添えてから目を閉じた。

次の瞬間、キッチンの棚にあった砂糖とミルクの容器が金色の光に包まれ、ゆっくりと宙を浮いてテーブルの上に舞い降りた。

その動作に一切のブレがなく、まるで風に揺れる羽のように優雅だった。


「……これでよろしいでしょうか?」

「十分すぎるよ。ありがとう」


陽太は思わず、素直な感嘆の声を漏らした。


「すごいですね……その能力、何て言うんですか?」


妃緒莉は少しだけ恥ずかしそうに俯き、視線を逸らす。代わりに桐哉が穏やかに答えた。


「テレキネシス、いわゆる念動力だ。今のところ、評価はAランクになっている」


清楚でか弱そうな外見からは想像もできない。まさか彼女が、A級の異能者だとは、陽太は驚きと尊敬の入り混じったまなざしで彼女を見つめた。


「……すごいな」


妃緒莉はその視線を感じ取り、頬をうっすらと紅潮させながら、控えめに微笑んだ。


感心する辰昭に、桐哉は淡々と語る。


「小6のときに能力が覚醒した。親のどちらかが念者なら、子どもが先天的に能力を持ってる可能性が高いらしい。まあ、そう不思議な話じゃないさ」


「なるほど、あすかさんも確かに……」


「さて、妃緒莉。俺たちはこれから外でレッスンに入るけど、どうする?」


妃緒莉は少し困ったような顔を浮かべ、小さく首を振った。

「ごめんなさい……今日はピアノの練習があって」

「そうか。君にとって、何よりも大切なものだからな」

「はい」

「分かった。こちらのことは気にせず、好きなように過ごしてくれ」

「では、失礼します。ごゆっくりなさってください」


妃緒莉は深く一礼すると、静かに踵を返し、階段を登っていった。



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