Track.3 君だけに話す夢

Voice.5 私のもう1つの秘密、教えてあげる

 オレと篠原は食べものを注文して待っているあいだ、柚木真奈さんのライブのセットリストの曲順でカラオケを歌う。

 そしてちょうど半分くらい歌い終わった時、女性の店員がノックをして入ってきた。

 立っていたので、2人でソファーに座る。


「失礼します。フライドポテトとハニートーストとロシアンたこ焼きです」

「ありがとうございます」


 2人でお礼を言うと、店員はテーブルにオレ達が頼んだものを置いた。

 それから、店員は説明する。


「こちらのロシアンたこ焼き、普通のロシアンたこ焼きとは少々変わったものでして、当たりが入っている個数はランダムになっております」

「そ、そうなんですか?」


 オレが聞くと、店員は清々しい笑顔で答えた。


「はい。ちなみに当たりが入っている数を知っているのはキッチンのスタッフだけなので、私達ホールスタッフはわかりません」


 もしかしたらオレ達はとんでもないものを頼んでしまったのかもしれない。

 そして、店員がドアを閉めた後、2人で頼んだ食べものを眺める。

 フライドポテトにハニートーストにロシアンたこ焼き、どれも盛りつけがおしゃれでおいしそうだ。

 篠原が言った。


「おいしそうー! ねえ、SNSに上げる写真撮っていい?」

「いいよ」

「ありがとう」


 オレがうなずくと、篠原はすぐにスマートフォンを取り出して何枚か食べものの写真を撮る。

 そして、言った。


「……ロシアンたこ焼きも見た目はおいしそうだね」


 どれくらい辛いのかわからないから、2人で苦笑いする。

 オレは言葉を詰まらせながら提案した。


「と、とりあえずロシアンたこ焼きは最後に食べようか」

「うん。そうだね。そうしよう」


 そして、途中で歌を挟んだりアニメ映像を観たりしながら2人で頼んだ食べものを食べて、ロシアンたこ焼きが最後に残った。

 オレは篠原に聞く。


「当たったらどうする? カラオケだからすごく難しい歌を歌う、とか?」

「それだとなんか普通じゃない?」


 篠原は考える仕草をしてから言った。


「あ! こういうのは? 当たった人は当たらなかった人のお願いを聞く、っていうの」

「内容によってはすごく恥ずかしい思いするやつだな。でもおもしろそう」


 2人でドリンクバーに行って、水を持ってきてからソファーに座る。

 たこ焼きは全部で6個だから、2人で割って3回食べることになる。

 ただし、当たりが入っている数はランダムで、全部食べ終わるまでそれはわからない。

 オレと篠原は息をのむ。


「せーの」


 2人同時にたこ焼きを口に運んだ。

 噛むとたこ焼きの生地がいい具合にカリッとしてて、中身はトロッとして――。


「めちゃくちゃ辛い!」


 ――1個目でオレが当たった。

 一番ヤバい時間差攻撃系の一味の辛さだ。

 すぐにグラスを取って水を飲み干して、息をついた。

 辛さに悶えているオレを見て、篠原は声をあげて笑っている。


「たっくん罰ゲームね」

「……わかってるよ」


 オレは篠原のほうに向き直った。

 自然と距離が近くなる。

 胸の鼓動が高鳴って、篠原の顔がうまく見られない。

 篠原は言った。


「私のお願いは……今度やる真奈ちゃんのライブのチケット取るの手伝って!」

「……え?」


 オレは思わず聞き返す。


「今度のライブ会場たまアリでしょ? 絶対ファンクラブ先行の倍率高いと思うんだよね」

「まあそうだな……。この前発表されたさいたまスーパーアリーナのライブはツアーじゃなくて2日間だけだから……」

「だからお願い! 真奈ちゃんのライブは絶対行きたいの! 私と連番して!」


 篠原は胸の前で手を合わせて言った。

 オレはいつも1人でライブに行くから、チケットを取る時は単番だけど、篠原のお願いだし……。

 しばらく考えた後、言った。


「いいよ。連番しても」


 すると、篠原は今までで一番の笑顔を見せる。

 そして、声をあげた。


「たっくんありがとう!」

「っていうか、ロシアン当たったから断れないし。ほら、次食べよう」


 そして、2人で2個目を食べた。

 両方とも普通のおいしいたこ焼きだった。

 続けて3個目を食べる。

 最後も普通のたこ焼きだ、と思った瞬間。


「辛ーい!」


 今度は篠原が当たった。

 辛さに耐えられないらしく、立ち上がって部屋の中を歩きまわる。

 そして、グラスを取って水を飲み干した。

 オレは笑みを浮かべながら言う。


「篠原罰ゲームな」

「はいはい。なんでもお願い聞きますよー」


 ちょっと怒ってる顔初めて見たな。

 オレはしばらく考えてから、言った。


「篠原がまだ誰にも言ってないこと教えて」


 篠原は目をみはる。

 それから、顔を赤らめて恥ずかしそうに笑った。


「難しいお願いだなー……」


 それからマイクを持って、テレビの横に立つ。


「じゃあ、たっくんだけに話すね。私のもう1つの秘密、教えてあげる」

「うん」

「昨日私が『私はたっくんに感謝してるんだ』って言ったでしょ?」

「うん」

「あの日、真奈ちゃんのライブに行って、たっくんにライトもらった日にね、夢ができたの」


 篠原は、マイクのスイッチを入れる。

 そして、笑顔でマイクに向かって声を出した。


「私、声優になりたいんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る