陽キャアイドルの幼なじみの秘密を陰キャオタクのオレだけが知っている件について

水沢紗奈

Stage.1 再会と新しい始まり

Track.1 10年ぶりの再会

Voice.1 2人だけの秘密、だよ?

「私、篠原朝陽しのはらあさひっていいます!」


 ――1度聞いたら忘れられない声だった。

 入学式が終わった放課後、拾ったスマートフォン越しに聞こえたその声は、明るくてはっきりしていて、でも吐息が混ざった柔らかい女の子の声だった。

 その声を、オレは知っていた。

 篠原朝陽。

 明るくてかわいいと男子のあいだで話題になっていた、オレ、瀬尾拓夜せおたくやと同じクラスの女子だ。


「すみません。それ、私のスマホで……どこかで落としちゃってたらしくて、今、池袋のコンビニの前の電話ボックスからかけてるんですけど」


 電話が苦手なオレは、言葉を詰まらせながら声を出す。


「オレは同じクラスの瀬尾拓夜っていいます。……その、美術室に仮入部届出しに来たらスマホが置きっぱなしになってて、先生に届けようと思ったらスマホが鳴ったから電話に出たんだけど」

「瀬尾……拓夜くん?」

「うん、そうだけど。どうかした?」


 すると、篠原はあわてたように言った。


「あ、ううん! なんでもないの。スマホ美術室に忘れてたんだ! ありがとう。拾ってくれて」

「どういたしまして」


 それからオレは学校を出て、拾ったスマートフォンを渡すために篠原と待ち合わせをする。

 池袋のフクロウの銅像の前で待っていた、その時。


「たっくん……だよね?」


 声がしたほうを見ると、目の前に篠原が立っていた。

 背中くらいまである黒色の綺麗な長い髪。

 目が大きくて、肌は白い。

 手も足も長くて、姿勢はしっかりしている。

 クラスの男子達が言っていた、明るくてかわいい、というイメージがぴったりな女の子だった。

 篠原は声をあげる。


「やっぱりたっくんだよね!? 私のこと覚えてる?」

「えーっと……オレ達会ったの初めてじゃ……」


 記憶をたどってみたけれど、全然思い出せない。

 篠原はそれを察したのか、苦笑いした。


「そうだよね。覚えてるわけないよね。幼稚園の時よく遊んでたんだけどな」


 そう言われてようやく、小さい頃の記憶と目の前に居る篠原が重なる。


「もしかして……あーちゃん?」


 頭に思い浮かんだニックネームを口に出すと、篠原は嬉しそうに笑った。


「正解! ひさしぶりだね。たっくん!」


 篠原は、10年前の幼稚園の時までオレの隣の家に住んでいた幼なじみだった。

 あの頃と変わらない篠原の笑顔に、オレは懐かしい気持ちになる。

 幼稚園を卒園する時に篠原が隣の街に引っ越してから、篠原とは10年間会えていなかった。


「ごめんね。わざわざスマホ持ってきてもらって」

「ううん。ちょうど帰り道だったし大丈夫」


 スマートフォンを渡すと、篠原は安心したような表情をする。


「ありがとう。まさか学校に忘れてるなんて思わなかったから、たっくんが電話に出てくれてよかったよ」

「どういたしまして。それにしても、篠原と同じ高校だったんだな」

「私も驚いたよ。でも、電話して名前聞いた時、もしかしたらこの声たっくんかもって思ったの」


 だからあの時名前聞き返したのか。

 すると、篠原はオレのスクールバッグを見て聞いた。


「バッグにつけてるのは何?」

「あ、これは声優の柚木真奈ゆずきまなさんのライブグッズのキーリング」


 柚木真奈さんというのは、オレがファンとして好きな声優さんだ。

 高校在学中に声優デビューし、その後歌手デビューもしている20歳で、声優としても歌手としてもすごく人気がある。


「たっくん、その声優さん好きなんだ」

「毎回ライブ行くくらいには」

「へー。そっか」


 そう言って、篠原は真奈さんのキーリングを興味深そうに眺めた。

 そして、思い出したように声をあげる。


「じゃあ私、友達待たせてるからそろそろ行くね」

「うん」

「今日はありがとう!」


 篠原はオレに笑顔でそう言うと、友達のほうに向かって走っていった。

 オレは電車で家に帰って、リビングのドアを開ける。


「ただいまー」

「おかえりー。拓夜」


 母さんはキッチンで夜ごはんの準備をしていて、大学3年生でモデルの姉ちゃんはソファーでファッション雑誌を読んでいた。

 自分の部屋に行って、制服から私服に着替える。

 リビングに戻ると、母さんが声をかけてきた。


「あ、そうだ。拓夜」

「何?」

「今日お母さんとお父さんの知り合いが隣の家に引っ越してきてね、荷物片づけるの手伝ってほしいって頼まれてたのよ。荷物重いから男手がいいと思うんだけど、お父さん仕事からまだ帰ってきてないから拓夜行ってきてくれる?」

「わかった」


 そして、隣の家に向かうと、玄関から出てきたのは――。


「篠原!?」


 私服姿の篠原だった。


「たっくん!? なんでうちの家に来たの!?」

「オレの家隣だから、母さんに篠原の家の荷物片づけるのを手伝うように頼まれたんだ。篠原の部屋も荷物たくさんあるだろうから手伝うよ」


 オレが言うと、篠原は苦笑いした。


「え、えーっと……私の部屋に入るのはちょっと……」

「何かあるのか?」

「そ、その、すっごく散らかってて……」

「遠慮しなくていいって。ちょっと部屋が散らかってるくらい気にしないから」


 そう言って、篠原の部屋の前まで行く。


「そうじゃなくて……!」


 そして、ドアを開けた。


「え?」


 篠原の部屋には、真奈さんのライブグッズ、アクリルスタンド、ライブのブルーレイ、ポスター、タペストリー、真奈さんが演じたキャラのグッズなど、いろいろなものが並べられていた。


「こ、これって――」

「見ちゃダメー!」


 篠原が声をあげて、オレの目をふさぐ。

 そのはずみで足がもつれて、2人同時に転んだ。

 しばらくして目を開けると、涙目になっている篠原の顔が映る。

 オレは篠原に押し倒されていた。

 綺麗な黒色の長い髪からは、シャンプーのいい香りがする。

 髪と同じ色の瞳が、オレを見つめた。

 少し動けば触れてしまいそうなくらいに近い。

 オレは息をのんで、言った。


「もしかして篠原って……オタク?」


 すると、篠原は顔を真っ赤にした。


「や、やっぱりドン引きだよね……。こんなにグッズ持ってるなんて……」


 オレは篠原の部屋を見まわす。


「いや、この数は常識の範囲内だ」

「そ、そうなんだ」


 篠原は安心したようにため息をついた。


「それで、篠原」

「何?」

「その……動けないんだけど」

「え!?」


 オレが言うと、篠原は今の体勢に気がついて声をあげる。

 それから、あわてて床に座った。


「ご、ごめん! ケガしてない!?」

「大丈夫。いきなり部屋に入ったオレも悪かったし」


 オレも起き上がって、篠原と向かい合って座る。


「だけど、篠原って昔は漫画とかアニメとかに興味なかったよな?」


 すると、篠原はタンスから2本のライトを取り出した。


「これ……覚えてない?」


 オレは目をみはる。

 それは、ライブによく参戦する人には定番のよく光るオレンジ色のケミカルライトと、色が変わるペンライトだった。


「このライト、たっくんからもらったんだよ」


 そして、篠原は話し始めた。


「中学1年生の時、お兄ちゃんが真奈ちゃんのライブの日に風邪ひいて寝込んじゃって、代わりにライブに行ってほしいって頼まれてライブに行ったの。でも声優さんのライブに行ったことないからペンライト持ってきてなくて困ってたら、隣の席のたっくんが予備で持ってたこれ渡してくれて、ライブ楽しめたんだ」


 オレは篠原の話を聞いて、その時のことを思い出す。


「そういえば、そんなことあったような……オレ、人と目合わせるの苦手だからあんまり覚えてないけど」


 篠原は続けた。


「それで、その日の真奈ちゃんのライブ観てファンになって、真奈ちゃんのCDとかライブブルーレイとか演じたキャラのグッズとかいろいろ集めてたら……部屋がこうなってた」

「つまり、篠原がオタクになった原因はオレだったってことか」

「違うよ! 原因とか、そんなマイナスな意味じゃなくて……」


 そこまで言って、篠原は顔を赤くする。


「どういう意味?」


 オレが首をかしげると、篠原は恥ずかしそうに言った。


「な、なんでもない! とにかく、私はたっくんに感謝してるんだ」

「そっか」


 結局どういう意味なんだろう。

 すると、篠原は真剣な顔をした。


「……それで、お願いなんだけど」

「何?」

「このことは、クラスのみんなには言わないでほしいの」

「なんで?」

「中学生の時……友達に真奈ちゃんについてすごく熱く語ったら引かれて……」

「あー……。そういうことか。オレにも同じ経験あるから気持ちはわかる」

「……もうあんな思いはしたくないから」


 篠原はそう言ってうつむく。


「篠原」


 そんな姿を見て、オレは言った。


「大丈夫。オレは篠原がオタクだからって引かないし、篠原がオタクを隠したいなら、誰にもこのことは言わない」


 オレの言葉に、篠原は驚いた顔をする。


「……本当に?」


 オレはうなずいた。


「ああ」

「ありがとう。たっくん」


 篠原の笑顔を見て、オレは安心する。

 それから、ふと思い出して話を変えた。


「オレからもお願いがあるんだけど」

「何?」

「学校ではオレのこと苗字で呼んでほしい」

「え? たっくんはたっくんだよ?」

「その……学校でその呼び方で呼ばれるのはちょっと恥ずかしいんだ」


 それと、陽キャで人気がある篠原と陰キャでオタクのオレが幼なじみってことをクラスメイトに知られたらどんなことになるかわからないから、とは本人には言えない。


「わかった。学校では苗字呼びにするね」

「ありがとう」


 そして、篠原の部屋の荷物を片づけるのを手伝って帰る頃には、もう夜になっていた。

 篠原が玄関まで来て見送ってくれる。


「そういえばライン交換したいんだけど、いいかな?」

「いいよ」


 ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出して、篠原とラインを交換した。


「じゃあオレ、帰るから」 

「あ、待って」

「何?」

「ちょっと耳かして」


 言われたとおりに耳をかす。

 すると、篠原はオレの耳もとで囁いた。


「今日のことは……2人だけの秘密、だよ?」


 吐息が混ざった柔らかい声が、耳に響く。

 その声を聞いた瞬間、胸の鼓動が高鳴った。

 顔が熱くなって、思わず動揺する。


「わ、わかってるよ」

「よろしくね」


 篠原は、笑顔でそう言った。

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