ブックタワーを攻略せよ!/一月の蜂蜜
秋色
第1話
オフィスの入ったビルの前の並木道が紅葉でオレンジと黄色に染まった晩秋のこと。
朝、オフィスの休憩室のテーブルに冊子が置かれているのに気が付いた。雑誌かと思い、手に取ってみると、それはどうやら通販のカタログらしい。
表紙を飾っている写真からすると、雑貨や文房具、手芸用品を扱ったカタログだ。
そう言えば、この前、雑貨好きのミナサキさんがみんなに声をかけていたっけ。何人かで注文すると、グループ割引で安くなると言っていた。
私は特に何か買いたいわけではなかったけど、表紙のネコの顔のマグカップに引き寄せられ、何気なくページをめくった。
その時、一つの写真が眼に飛び込んだ。。
メインの商品はレトロな木製スタンプだった。一センチ角位の小さな木片にゴムのスタンプが付いているもの。二十六文字のアルファベットの大文字と小文字が揃っていて、『組み合わせて枠に入れて手紙等に押すと、レトロな感じに仕上がる』と書かれてある。アルファベットの他に、木の葉のスタンプと薔薇のスタンプもあった。
でも、私の眼を引いたのは、スタンプではない。眼を引いたのは、商品の後ろにインテリアとして積み重ねられてある本の背表紙だった。
積み重ねられてある本は全部で十冊あった。本で作られた小さなタワーだ。パステルブルーやレモン色の背表紙がグラデーションをなして、淡い虹を作っている。それらは全て洋書だった。
そしてその何冊かは、背表紙の装丁だけで、小、中学生時代に図書館で借り、夢中で読んだ外国の童話である事が分かった。他の表紙のタイトルも、何とか英文字を頭の中で解析すると、私のお気に入りだった本の洋書版のよう。
胸がドクンと鳴った。
『メリー・ポピンズ』シリーズ三冊に、『トムは真夜中の庭で』、『真夜中のパーティー』、『ナルニア国物語』シリーズのうちの三冊、『プー横丁にたった家』、『まぼろしの小さい犬』
懐かしくて愛おしい本ばかり。
小学校の司書の先生には、ファンタジーなんて読書感想文には向かないし、あまりお薦めしないと言われて、あの頃気持ちがしぼんだっけ。
でも最後の一冊だけが分からなかった。タイトルは”Molasses in January”とある。 ピンク色というより苺をミルクの中でつぶした時のような色の背表紙だ。朱鷺色というのだろうか。
さっそくスマートフォンで、この本のタイトルを調べてみる。でもそれらしい本について、一切出てこない。他の本の傾向からして、この”Molasses in January”も、間違いなくファンタジーであり、私の好きなタイプの物語に違いない。それなのに、日本語のページだけでなく、英語のページにも本の情報は、何一つ出てこなかった。写真に載ってある背表紙には、作者名も書かれてなくて、何の手がかりもない。
今度は、”Molasses in January”の意味を調べてみた。
molasses は蜂蜜のこと。そしてJanuary は一月のことなので、「一月の蜂蜜」という意味になる。
そしてさらにスマートフォンで検索をかけていくと、これは慣用句の一部で、元の慣用句は、”as slow as molasses (in January)”で「(一月の)蜂蜜のようにひどく遅い、のろい」という意味らしい。寒い季節に瓶の中の蜂蜜が固まりかけてなかなか出てこない様子が目に浮かんでくる。
そんなタイトルのついた物語って一体どんな展開のお話なんだろう?
ヒントがないまま、そのページを見つめていると、左下に書かれた小さな文字が目に入った。
「撮影協力∶アウル書店」とある。
アウル書店……それがこれらの本の出所に違いない。もしそうであれば、そこに行けば、この本について、詳しい事が分かるだろう。
やがて出勤してきたミナサキさんが、カタログを手にとって見ている私に声をかけてきた。
「佐久間さん、興味ある? だったら今度カタログが来たら、見せるね。今見てるのはもう先週で期限が切れてるの」
「期限が切れてるんですか。それならこのカタログ、少し借りてもいいてすか?」
「いいけど。ていうか、もう要らないから、あげる。でも期限が切れてるのよ」
ミナサキさんの不思議そうな表情を背中に感じつつ、私はわくわくせずにはいられなかった。
”Molasses in January”は、一体どんな作者の書いた物語で、どんな挿絵がページの間にはさまれているのだろう?
次の更新予定
ブックタワーを攻略せよ!/一月の蜂蜜 秋色 @autumn-hue
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