全ての人を笑わせる方法

解体業

全ての人を笑わせる方法

 私は今、宗教団体に属している。名前は明かさないが、五年前にできたらしい、いわゆる新興宗教である。三ヶ月前、道を歩いていた時にその宗教の会員が配っていた特徴的なパンフレットを見て私は入会した。私の感じていた独りでいる寂しさも入会を後押ししたのだと思う。

 その宗教では「笑う」ことを崇めている。「笑う」ことで人々は幸せになれるのだという。笑うことで癌を予防できたり、免疫力を挙げたりできるというし、そもそも笑うことで気分は良くなるから、実際その通りだと思う。

 「笑う」ということを重視する宗教は初めて見たので興味を持ち、一度の見学の後私はその団体に入ることを決めた。

 その団体は会長・副会長・三十三名の会員から成る。会長といっても、「笑う」ことと同列に扱われることはない。

 そして、その団体では週に一度の集会を行っている。集会では会員全員の前でそれぞれが持ち寄った、人を笑わせるような話や面白い物を壇上に上って公開する。その順番は、最初に会長が、次に会員番号が小さい順番に会員たちが公開し、最後に副会長となっている。私は三ヶ月前に入ったから、いつもは会長も入れて二十八番目に私は話をしなければならない。二十八番目というと、ある程度は場も和やかになっているのだが私はこれまで一度も笑わせることができなかった。私より後に入ってきた人が場を盛り上げているのを見ると、毎度惨めな気持ちになった。毎回、私がどんなに面白いと思った話を持ってきても誰も笑ってくれやしなかった。新入りとして扱われる初期の頃は周りも励ましてくれたが、今では、それはなくなった。経験のある私が彼らにすら劣っていると思うと、自分の不甲斐なさや情けなさを感じた。

 今から三時間後の午後一時から今週の集会がある。実は、全ての会員について、その会員が参加してから十の冪乗ベキジョウ回目(一回目、十回目、百回目、千回目のように続くということ)の集会では記念会として、その会員が人を笑わせる話を最後にする。そして今回の集会は私が参加してからちょうど十回目の記念会であるのだ。記念会というのは言葉が大袈裟で、順番以外はいつもの集会とほとんど変わらない。だが、最後のトリをとるというのは、集会が成功に終わるか否かの鍵を握る重要なものだから、記念会の前日となると不安感で胸が押しつぶされそうになる。

 今まで誰も笑わせられなかった私でも、今回だけは失敗できない。今回だけは、絶対に笑わせられなければいけない。しかし、いつものように自分が面白いと思った話を持ってくるのではダメだ。誰も笑わせられずに終わってしまう。そこで私はあることを思い出した。人を笑わせるためのものは、話に限らず、物でも構わないということを。そして私は全ての人を笑わせることができると思った「あるもの」を一昨日から用意しておいた。


 一時になった。私は、「あるもの」が入った黒い箱を持って集会会場に臨んだ。私は自分の席に座りながら周りを見渡した。いつも見慣れた会員たちの顔が並んでいるが、目線が少し違う。一瞬、皆の視線が私に向かったのがわかった。私は今日の「特別な役割」を背負う。集会を良いものにできるという確信を持っていても、やはり肩に力が入っていた。

 会長の挨拶と人を笑わせる話が終わった後、三十三人の会員達が順に話す番になった。

 壇上では最初の会員が話し始めた。彼が披露するのは、定番の軽妙な話。少し緊張していたが、会場からは笑い声が上がる。次の人、また次の人。話の内容や持ち寄った物は様々だが、皆場を和ませる空気を生み出していく。私はその様子を見ながらも、胸の鼓動が早くなるのを感じた。

 あと何人で自分の番になるか、指折り数える。順番が進むたび、胃がキリキリと痛んでいくようだ。私の番は刻一刻と迫ってきている。

 残すところあと三人となったところで、私は膝の上の手を握りしめた。手の中に冷たい汗がにじむ。何度深呼吸をしても胸の鼓動を落ち着けることはできなかった。

 ついに私の番がやってきた。と思ったが、副会長の番を忘れていたようだ。集会が早く終わって欲しいという思いが、私の認識をおかしくしていたのかもしれない。

 副会長の番も終わった。次こそは本当に私の番だ。集会の参加者全員の拍手が響き渡り、私は立ち上がる。胸は高鳴り、手が震えているが、さっきよりは幾分か改善した。「あるもの」が入った黒い箱を持って壇上に向かうと、周りの視線が集会開始時と同様、一斉に集まってきた。それが逆に心を落ち着ける気がした。

 私は壇上に上がり、黒い箱を机の上にそっと置く。箱の中の「あるもの」についているスイッチを押すと、その瞬間、タイマーの周期的な「ピッ」という音が鳴り始めた。当然、会場の注目は黒い箱に集まった。人々はざわめき、会場には緊張した空気が流れる。私は場の空気に圧倒されそうになった。が、それに逆らうようにして、私は最大限の笑顔をつくり、会場を見まわした。そして、全ての人を笑わせるための下準備として、おもむろに口を開いた。

「みなさん、こんにちは。今日は少し、私が思いついた、面白い話をしてみようと思います」

 会場は静かになった。その様子は、今まで誰も笑わせられていない私の口から、一体どのような話が飛び出すのかと固唾を呑んで見守っているようだった。その雰囲気を感じ取ると、私は言葉を続けた。

「ある男がいましてね、豊かな生活を送ることを『夢』見て、毎日頑張って働いていたんです。でも、努力していくうちに睡眠時間がどんどん減っていくんです。結果、一生懸命働いている間に、ぐっすり『夢』を見る時間がなくなっちゃったんですよね。どうです?」

 暫し沈黙が流れた後、どこかでクスクスと笑い声が聞こえた。それが大きく広がっていくことはなかったが、一人を笑わせることができたのだとははっきりと感じられた。

 初めて笑ってもらえた。これほど嬉しいことはないだろう。今までとは全く異なるように、話の路線を変えたからだろうか?いや、喜びのあまり目的を忘れてしまっていた。この話は、全ての人を笑わせるための前段階に過ぎないのだ。本番は、気を引き締めてやらなければならない。

 私は黒い箱に視線を戻し、しばらく黙っていた。会場の雰囲気が少しだけでも緩んだから、準備は整った。

「さて、この箱の中身がが何か、みなさん分かります?」

 箱の中にある「あるもの」を曝け出した。相変わらず、「ピッ」という電子音が鳴り続けている。すると、その後すぐに、誰かが声を上げた。

「これ、爆弾じゃないか?」

 その声に構わず、私は「あるもの」という名の爆弾を抱えながら会場をゆっくりと一廻りし始めた。笑顔をやめて無表情のまま、一言も喋らずに。しかし、会場の中に笑っているものが一人いた。半周する頃には、そこから伝播して会場中で小さな笑いがこだましていた。やがて壇上に戻り、爆弾を再び机の上に置いた。そして私は言った。

「これは、ちょっとした『秘密兵器』です。これが何かって? まさか……爆弾だなんて言わないでくださいよ」

 会場からはもう笑いが止まらない。異様なほどの笑い声が広がっていた。狙い通りのことになった、そう思った。

 正常性バイアス。プラスに働くこともあればマイナスに働くこともあるのだ。今回はそれをうまく利用して、集会を成功のうちに終わらせることができそうだ。

 私は黙りこくったまま、壇上で立っていた。






 爆弾についているタイマーの示す時間が十秒を切った。





残り九秒……


……未だ笑いが止まる気配はない。


八秒……


……自分だけ違う世界に置き去りにされたようだ。


七秒……


……ここにいる誰もが笑っているのに、私だけが笑えない。そのことに少しだけ苛立ちを覚える。


六秒……


……私は有終の美を飾れただろうか?


五秒……


……最後に、華を添えられただろうか?


四秒……


……この瞬間だけは、私の勝利だと信じたい。


三秒……


……これ以上考える必要はない。ただ、私は私の方法で答えを出しただけだ。


二秒……


……これで終わりだ……。


一秒……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る