第41話 オーガとの戦い
新人たちの証言を元に、領都近くの森に分け入った私たちである。
冒険者が行き来して道となった場所を歩きながら、ニッツが大まかな方針を伝えてくる。
「もしも
「倒せそうなら倒していい感じ?」
「……セナならいけるかもしれないが、いややっぱり無茶は駄目だ。今回ばかりは肉は諦めろ」
「まるで私が肉のために
「違うのか?」
「違うわよ。私はこれでも国王陛下から直々に任命された騎士爵。無垢なる民を救うため。平穏な日々をもたらすため。戦いが必要ならば迷わないというだけで」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
『…………』
ニッツ、ガイル、ミーシャ、フェイス君だけではなくクリカラからまでも訝しげな目を向けられてしまった。なぜだ。なにゆえだ。
私への評価は改めてもらわねばと考えながら森を進む。配置としては斥候であるフェイス君が先頭。魔術師であり接近戦が苦手なミーシャをニッツとガイルが護衛して、背後の警戒を私が務めるという形。
探知魔法が得意なら私が先頭でも良かったんだけどね。やっぱりああいう細々とした魔法は苦手なのだ。いっそのこと進行方向の森を攻撃魔法で吹き飛ばしてしまった方がまだ簡単に思えてしまうほどで――
『――みゃ』
私の肩に乗っていたクリカラが後ろを向き、小さく鳴いた。
その声音から深刻さを読み取った私は鞘から刀を引き抜いた。
「ニッツ」
警戒を促すより先に、状況が動いた。
「ゴブリン!」
いち早くフェイス君が反応し、進行方向にある茂みにナイフを投げた。小さな悲鳴が聞こえたので命中したのでしょう。
「ゴブリンが出たぞ! まずは様子見だ! ただのゴブリンか
ニッツの指示で暁の雷光が戦闘態勢に入ったところで、
『――グガァアアアアァアアアァアアアァアアアッ!』
木々を揺らすほどの咆吼が森に響き渡った。この前のオークのものよりもなお大きく、なお殺意に満ちている。
『みゃ!』
クリカラが尻尾を指し示した方を向くと、私たちの背後から見上げるほどの大きさの魔物が近づいてきていた。隠れる様子すらない。……『食料』である人間相手にコソコソする必要はないってところかしら?
木々の枝をへし折りながら進む巨体。
豚のような顔。
丸太をそのまま使っているかのような棍棒。
……あら? オーク? オークよね、これ?
この前のオークよりガタイが良く、声も大きかった。でも見た目はオークとしか思えなくて……。
魔物に詳しい専門家(冒険者)の意見を聞きたかったけど、ニッツたちはゴブリンとの戦闘でそれどころじゃなさそうだ。
この前のオークは5匹のゴブリンを率いていた。
でも、今のゴブリンはそれより遙かに多い。ザッと数えただけで20匹くらいはいるだろうか?
さすがのニッツたちでも20匹のゴブリン相手は骨が折れるはず。
「……クリカラ。ニッツたちの援護をお願いできるかしら?」
『みゃ!』
任せろとばかりに片翼を振り上げてからクリカラはニッツたちの元へ向かった。
刀を構えながら、改めてオークを観察。
この前のオークとは明らかに違う。それは身体の大きさでもあるし、声の大きさでもある。そして何より異なっていたのが――簡素ながらも鎧を身に纏っていたことだ。
とはいえオークに鎧を作れるほどの技術はないので、身に纏っているのは人間用の鎧を乱雑につなぎ合わせたものだ。……殺した人間たちから剥ぎ取ったものを使っているのでしょうね。趣味悪いわ。
……首の周りにもチェーンメイル(鎖帷子)を巻いているから、この前みたいに首を落とすことも難しそうね。
あらあら。まるで私と戦うために対策をしてきたみたいじゃない? いやそんなわけないか。
「――いと猛々しき
『ガァアアアァアアァアアッ!』
呪文詠唱をしてみたものの、オークの棍棒によって邪魔されてしまった。やはり魔力の集中を察知できるみたい。攻撃魔法を使うとしても短縮詠唱か無詠唱じゃないと放てそうもないけれど、それだと必然的に威力が下がる。これだけの巨体であるオークに通じるかしら?
これはちょっと時間が掛かりそうね。
「ニッツ! そっちは任せていいかしら!?」
「なるべく早く頼むぜ!」
「了解!」
森の中だとミーシャも攻撃魔法を使いづらいだろうし、ここはさっさと倒して合流しましょうか。
『ガァアアアァアアアァアアッ!』
バカの一つ覚えみたいに棍棒を大きく振りかぶり、そのまま振り下ろしてくるオーク。
まったくもって芸がない。
私は危なげなくその棍棒を回避してから隙だらけの脇腹に刃を走らせた。
……う~む、効果無し。
ただでさえ分厚い脂肪に、筋肉。さらには鎧まであるのでそう簡単には斬れそうもない。脂肪だけだったり鎧だけだったりすれば『技』で切断することもできるけど、これは一種の複合装甲になっているからね。斬鉄のつもりで刀を振るうと脂肪が斬れない、と。
「おおーい! セナ! まだかぁ!?」
ニッツの悲痛な声。ちょっとだけ視線を向けるとさっきよりゴブリンが増えているような気が。これは早急に何とかしないとね。
とはいっても魔法は通じるか分からないし、刀を使うにしても鎧があるからなぁ。しかも金属鎧。そう簡単には斬れないし、鎧の隙間をチマチマ斬りつけていては時間が掛かって――
ん? 金属鎧?
「――
試しに短縮詠唱の雷魔法をぶっ放すと、雷は面白いようにオークに吸い寄せられていった。落雷時に金属を身につけていると危ない……いやそんなこともないんだっけ?
『ガアァアアアアァアアァアッ!?』
まぁとにかく、効いているみたいなので遠慮なく追撃だ。
「
『…………』
短縮詠唱だと威力は低めなので三回連続で叩き込むと……心臓でも止まったのかオークは動かなくなった。口からは黒い煙が出ていて、雷撃の激しさを察せられるわね。
よし、万が一蘇生しても厄介だからさっさと首を落としましょう。動かないのだから鎧の隙間を狙えば一振りでいけるでしょう。
「――――っ!?」
怖気がした私はオークの死体から飛び退いた。
嫌な予感。
嫌な予感。嫌な予感。嫌な予感。
これはマズいと私が刀を構え直すと――オークの肉体が、脈動した。
肉体が次々に隆起し、鎧が内側から破壊される。
浮き出る血管。盛り上がった筋肉。瞬きする間にオークの肉体は一回りも二回りも大きくなっていき、その頭や顔も変化してきた。
知能の増大を示すように頭蓋が巨大化し。オークの特徴である豚鼻はみるみる小さくなり、人間に近くなっていく。
常識外の変化。
理屈の埒外にある変貌。
これは、
まさか――進化?
オークが、
この目で見るのは初めての光景に絶句する私。そんな私を嘲笑うかのようにオーク――いいや、
嘲っているのだろう。
驚く私を。
矮小な人間である私を。
「――先手必勝!」
迷いなく刀を振るう私。その白刃は肉体の隆起によって破壊された鎧の隙間から首を狙い違わず斬りつけて……まったく、微塵もダメージを与えていないようだった。オークですら少しくらいは斬れたというのに。
「おおい! セナ! ゴブリンの数が急に増えたんだが!?」
進化したせいで統率できるゴブリンの数が増えたのだろうか、ニッツの叫びはもはや涙声だ。でも私だってそう簡単には助けにいけそうもない。
「これはマズいわね!」
正直な感想を口にするとニッツたちにも聞こえたようだ。
「よし! じゃあ撤退するか!?」
「セナの転移魔法なら離脱できるだろう!」
「でも、このまま
「一旦撤退して、ギルドに報告した方がいい」
ニッツとガイル、フェイス君は撤退賛成で、ミーシャが反対中。どちらの意見も分かる。ここで私たちが全滅したら
このまま戦うか。
ギルドへの報告を優先するか。
「みんな! 転移するわよ!」
「セナさん!? でも、このまま
「大丈夫! ――
「は? はぁああああぁああぁあああああっ!?」
ミーシャの絶叫をBGMとして私と『暁の雷光』、そして
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