第3話 ゴブリン襲撃
「セナ。あんたいい女だな」
休憩中。
馬車から降りて背伸びをしていると、『暁の雷光』のリーダー・ニッツさんがそんな声を掛けてきた。ちなみに私の抱きしめと頭なでなでが効いたのか、黒髪の少年はずっと私の服の裾を掴んでいる。
「髪色だけで人を判断するの、嫌いなのよね」
「あー、セナの銀髪も珍しいものな」
「そうそう。まぁ私は綺麗だ何だと言われるからマシなんだけど、気分のいいものじゃないわよね。しょせん見た目で判断されているんだし」
そんなやり取りをしていると、ガイルさんとミーシャちゃんもこちらにやって来た。
「セナ殿は気にくわないかもしれないが、美しいと褒めたくなる気持ちも分かるぞ」
と、ガイルさん。美しいと言われたことよりも『殿』付けのほうが気になって仕方がないでござる。
「そうですね。セナさんは美人ですから、髪色だけで褒められたんじゃないと思いますよ?」
と、ミーシャちゃん。ふっふっふっ、圧倒的な美少女エルフから褒められると悪い気はしないわね。
「……きれい」
と、黒髪の少年がボソッとつぶやいた。う~んまさかあれだけでここまで懐かれるとは。大丈夫? チョロくない? おねーさんちょっと将来が心配よ?
いや、『黒髪』っていうだけの理由で迫害され続けてきたならしょうがないのかもしれないけれど……。
あ、そういえば。
「キミの名前、まだ聞いてなかったわよね?」
「ん、フェイス」
「…………、フェイス君ね。いい名前」
私がもう一度フェイス君の頭を撫でて――うん?
「何か来たわね」
「お、セナは鋭いな。ニオイはしねぇが、気配はある」
ニッツさんが嬉しそうに肩を組んでくる。年頃の男女だというのに肉欲(本来の意味)を微塵も感じないのは爽やかなような、どこか負けた気分になるような。
いやいや、今大切なのは近づいてくる『何か』か。
「風下に立つくらいの知性はある相手かしら?」
風上に立つと自分の体臭が風に乗り、相手に気づかれてしまうからね。
「たぶんゴブリンだな。まさか王都から出発してすぐに出くわすとは……。ったく、討伐依頼は出てないから、さほど金にはならねぇな」
「金にならなくても、護衛はちゃんとしてよね」
「もちろんさ。――ガイル、他の冒険者たちに知らせてくれ。ミーシャ、探知魔法で敵の数と、他に伏兵がいないか調べてほしい。そのあとは支援魔法を頼む。フェイスはいつも通り牽制な」
「よし」
「任せてください」
「わかった」
テキパキと指示を飛ばしてからニッツさんが私を見る。
「セナは戦えるか?」
「もちろん。これでも現役の騎士だもの」
「だが、鎧もなければ剣もなさそうだが……急ぎすぎて忘れたか?」
「いくら急いでいても、商売道具を忘れたりしないわよ」
やれやれと鼻を鳴らしてから私は|空間収納(ストレージ)を開き、まずは金属鎧を取り出した。
ここでちょっと小技を使い、身体の上に被せるように取り出すと、瞬時に鎧が装着されたように見える。――私はこれを『機甲装着』と呼んでいるのだ! ガチャガチャガシャーン!
「機甲装着! 格好いいな!」
「でしょう!? よく分かっているじゃないニッツさん!」
ガッシリと握手を交わす私とニッツさんだった。
「……そんなに格好いいでしょうか?」
「……本人が格好いいと思っているのだから、生暖かい目で見守るべき」
なぜか白けた目をするミーシャちゃんとフェイス君だった。
◇
襲撃してきたのはゴブリンの群れだった。こちらが気づいたことを察したのか、奇襲を諦めて挟み撃ちしようとしてくる。
数は100……いや、120はいるかしら? 対するこちらの戦える人間は30ほど。
地形としては大きな道の右手に崖。左手に深い森。左右には逃げにくい状況で、道の前後からゴブリンに挟まれた形。
「あー、小賢しい……。だからゴブリン相手は嫌なのよ」
「お、セナは騎士なのにゴブリンを相手にしたことがあるのか?」
「……まぁね」
騎士は人間との戦争ばかりで、モンスターなどという『汚らわしい』存在の相手は冒険者に押しつける。そんなこの国の現状を、ニッツさんの発言は端的に表していた。
前と後ろから襲い来るゴブリンの集団。いや、軍勢。
他の護衛たちは後ろにばかり固まっていて、前方にいるのはニッツさんたち『暁の雷光』と私だけ。
これでは『暁の雷光』が突破されたら他の護衛は後ろから襲撃を受けてしまうのだけど……。誰からも文句が出ないのは、それだけ『暁の雷光』の実力が認められているということかしら?
私の疑問を察したのか、ニッツさんが私の肩を軽く叩いた。
「よし、まだ俺らの実力は見せてないからな。自己紹介がてら見ていてくれ」
白い歯を煌めかせてからニッツさんと暁の雷光が切り込んだ。まずはまだ少年であるはずのフェイス君が先陣を切り、投げナイフと身軽な動きでゴブリンの注意を引く。
あの身のこなし、斥候(スカウト)かしら?
子供に戦わせるのは危ないけど、子供だからこその軽い動きだ。
ゴブリンの意識がフェイス君に向かったところで、盾役のガイルさんが敵の左翼から突撃。複数のゴブリンを大盾で押しつぶしつつ、群れの動きを自分に引き付ける。
そして、ガイルさんが十分『盾役・囮役(タンク)』としての使命を果たしたところで――ゴブリンの背後から、ニッツさんが仕掛けた。大剣の重さと頑丈さを活かし、斬るというよりは叩き潰していく。
ゴブリンの血と絶叫が降り注ぐ中、
「――支援魔法、行きます!」
ミーシャちゃんの呪文詠唱が終わったらしく、私たちに光の粒子が降り注いだ。――身体が軽くなり、力が湧き出てくるかのような感覚。
支援魔法というのはだいたいの場合が『なんだか身体が軽くなった気がする』程度であるはずなのだけど、ミーシャちゃんのものは効果が確信できるほど強力だった。
見ていてくれ、とは言われたけれど、支援魔法までもらって見学したままというのも気が引ける。
「…………」
冷静に戦況を見極めた私は、子供であるが故に体力が少なく、少し動きが鈍ってきたフェイス君の助太刀に入った。まずは魔力で『糸』を編み、フェイス君の背後に迫っていたゴブリンを絡め取って拘束。目に見えない魔力の糸にゴブリンが戸惑っている隙に距離を詰め、頸動脈を切り裂いた。
そんな私の乱入を、ニッツさんとガイルさんは広い視野できちんと把握したらしい。
「お! フェイス! そんな綺麗なお姉さんに助けてもらえるとは羨ましいじゃねぇか!」
「まったくだ! 俺も苦戦してみせるべきだったな!」
「……うるさい」
「ちょっと男子! 真面目に戦ってください!」
即座にふざけるニッツさんとガイルさん、照れ隠しにツンツンするフェイス君。そんな男子を叱るミーシャちゃんだった。
もちろん、私たちだって遊んでいるわけではない。ニッツさんは大剣をふるって二、三体のゴブリンを一気に叩き伏せているし、ガイルさんも攻撃を引き付けつつ隙を見て反撃している。フェイス君だって動きは鈍ってきたけれどちゃんと投げナイフで一体一体確実に仕留めていた。
まぁつまり、腕前も雰囲気も良いパーティだった。ちょっと騒がしいけどね。
私も負けていられないので再び『刀』を振るう。ニッツさんやガイルさんのように叩き潰す戦法は美少女らしくないので、急所を確実に切り裂いていく感じで。
そんな私の活躍を見てニッツさんが目を丸くした。
「おいおい! すげぇ切れ味の剣だな!?」
「これは剣じゃなくて、刀よ。東の果てにある島国の民がよく使う武器」
「カタナねぇ。いいなぁ。俺も手に入れられるのか?」
「どこかしらに流れては来るんじゃない? ただ、大剣とは扱い方がまるで違うから、一から修行のやり直しになると思うけど」
「あー、そりゃあちょっと勘弁して欲しいぜ」
そんなやり取りをしつつ着実にゴブリンを潰していくと――ゴブリンたちが今までにない動きを見せた。不用意な突撃を止め、じりじりとこちらを包囲するかのように近づいてくる。
「ちょっと判断が遅いけど、それでも『囲んですり潰す』ことを思いついたのかしら?」
ゴブリンには知性がある――というか小賢しいけれど、それでも襲撃中に作戦を変更してくるのは珍しい。広い視野を持った指揮官みたいな存在がいるのかしら?
「……あそこ」
フェイス君が指差した先にいたのは、少し目立つ格好をしたゴブリンだった。
他の個体は下半身を隠す
「ゴブリンのリーダー格かしら?」
「リーダー……あぁ、そう言われればニッツ(リーダー)に似ているかもしれん」
「はははっ、ガイル。あとで覚えてろよ」
ゴブリンは醜悪な顔であるというイメージがあるので、ゴブリンに似ているというのは結構な侮辱であると思う。……まぁ、そんな軽口を叩き合える仲と好意的に解釈しておきましょうか。ニッツさんはイケメン寄りだし。
完全に囲まれた中、さすがに背後からの攻撃を警戒するのは難しいので、私、ニッツさん、ガイルさんで背中合わせになる。フェイス君は――さっさと離脱してミーシャちゃんの護衛に回ったわね。悪くない判断だけど、おねーさんちょっと寂しいわ。
ともかく、疲れの見え始めたフェイス君や魔術師であるミーシャちゃんのことは気にしなくてもよくなったので、三人で背中を合わせたまま自分の目の前にいるゴブリンを倒していく。
――何とも戦いやすい。
それぞれの距離が近いからすぐに他のカバーに入れるし、連携もしやすい。騎士同士のように剣の腕前の差や実家の家格による嫉妬もなく、なによりパーティの人数が少ないから支援魔法がすぐに飛んでくるのがいい。
王都の騎士団だと魔術師は魔導師団から派遣されるのだけど、数が少ないから小隊(30人)に1人いるかいないかなんて普通なのに、冒険者パーティーは少人数なので切れ目ない濃密な支援が期待できる。このまま押し切れるかも、と考えてしまうほどに。
ただ、いくら人数が少ないとはいえ、ミーシャちゃんの魔力にも限界がある。
こういうときは――まず
私はゴブリンの指揮官らしき個体に向けて左手を差し抜けた。私たちを取り囲んで油断しているらしく、警戒した様子はない。この辺はしょせんゴブリンか。
「――――」
深呼吸をして、体内の魔力を把握し、支配下に。一匹倒せればいいので大規模にする必要はない。
体内を流れていた魔力を左手に集め、放出。
「――
雲一つない空。にもかかわらず雷鳴が轟き渡り――落雷。雷は狙い違わずゴブリンに命中した。
『グギャガガァガアアッ!?』
なんとも珍妙な絶叫を挙げながら、雷に打たれたゴブリンは激しく痙攣。口や鼻から煙を吹き出しながら地面に倒れ、絶命した。
唐突すぎる光景にニッツたちも、ゴブリンたちも動きを止める。
しかし戦闘経験の差か、先に再起動したのはニッツさんとガイルさんだった。
「おいおいセナ! 騎士だってのに魔法が使えんのかよ!?」
「攻撃魔法なんて久しぶりに見たぞ! セナ殿なら魔導師団に入れるんじゃないか!?」
「驚く暇があったら畳みかけなさい! 今なら混乱しているんだから!」
「「おうよ!」」
ニッツさんたちを鼓舞したものの、戦いの趨勢はもうこちらに傾いていた。指揮官を失った影響か、あるいは攻撃魔法に驚いたのかゴブリンたちが撤退を開始したからだ。
馬車群の後ろを守っていた他の護衛たちも撃退に成功したらしく、どうやら防衛戦はこちらの勝ちみたい。
一息ついてから被害状況の確認。
被害としては馬車が数台壊れてしまった。ただしこれはゴブリンの仕業ではなく、興奮状態に陥った馬が暴れたせいだ。結果として馬も数匹が死んでしまったらしい。
しかし護衛や商人、乗合馬車に乗っていた客に死者はなし。あとは結構な数のケガ人が出てしまったけど、あれだけのゴブリンに襲われたことを考えれば軽微な被害と言えるでしょう。
私が刀の刀身に曲がりや刃こぼれがないか確認していると、魔力の使いすぎで少し顔が青くなったミーシャちゃんが近づいてきた。
「お疲れのところすみません。セナさんは回復魔法を使えますか?」
「他人に使うのは苦手だから、簡単な治療でよければね。手伝いましょうか?」
「助かります。ちょっと魔力を使いすぎまして……」
セナちゃんの後に続く形で、私たちはケガ人が集まっている場所へと向かったのだった。
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