第23話 薬師、薬を届ける
「おにいしゃま、これはどういうこと?」
「この領地は元々初代当主様が剣豪と呼ばれるほど剣の才能があって、爵位をもらったんだ。だから、今は辺境伯って呼ばれているけど、元々は男爵から始まって、少しずつ評価されているんだ」
「おにいしゃま、しゅごいね!」
ルクシード辺境伯家の歴史は幼い時から教えられる。
成り上がりの貴族なのもあり、大体スキルについては厳しく躾けられている。
「そろそろ帰らなくていいのか?」
「かえりゃない!」
今日もステラは授業に出ることはなく、俺の机で一緒に勉強をしている。
あれから本館に行くこともなく、なぜか俺と一緒に生活を共にしていた。
ラナは毎回ステラの侍女に捕まっているらしいが、この屋敷に入るのを恐れているらしい。
どれだけ俺が避けているのだろうか。
「じゃあ、俺は町に薬を届けて来るから、勉強するんだぞ」
「いっちょにいってもいい?」
「勉強は大丈夫なのか?」
「じゃーん! おわったもん!」
事前に決めていたところまでは勉強を終えていた。
一緒に勉強して思ったのは、ステラは思ったよりも頭の回転が早く、知的好奇心があることだ。
うまく話せないのは、言語領域の発達遅延というよりは単なる舌足らずなのかもしれない。
それにまともに栄養が摂取できていないとなれば、体の成長も遅いのだろう。
「んー、だめ?」
やることも終え、お願いされたら兄としては拒否できない。
俺はできたばかりの薬をステラと共に町に届けにいくことにした。
ちなみに薬の種類はいくつかあり、しもやけの薬はこの間作ったビタミンE剤の他、魔力ステロイド入りの軟膏ができた。
【合成結果】
ステロイド骨格+ヒドロキシ基+ケト基
製成物:魔力ステロイド
効果:魔力が副腎に作用し、コルチゾールの分泌を促進、炎症を引き起こす物質の生成を抑え、痛みや腫れを和らげる。
また、免疫系の過剰な反応を抑制し、身体のストレスに対処するためのエネルギー供給を調整する。
魔力ステロイド+ペトロラタム
製成物:魔力ステロイド軟膏
効果:魔力が炎症を抑え、痛みや腫れを和らげ、免疫系の過剰反応を抑制する。
ペトロラタムはゲームの中でお馴染みのオークの脂から抽出してものを分解したら、偶然出てきた。
一般的にはワセリンと呼ばれているが、石油の精製過程で得られるため、出てきた時はびっくりした。
そこに魔力ステロイドを合成させて、軟膏にしたのが魔力ステロイド軟膏になる。
ただ、もう一つ作ろうとした抗生物質についてはどうしても探すことができなかった。
今の状況では前駆物質となる化学成分の取り出しがうまくいかないようだ。
その辺はスキルの使い方を学んだり、実験が必要となるのだろう。
「こんにちは……」
「こんちゃ!」
冒険者ギルドに入ると、視線が一気に集まって来る。
「よっ、薬師の兄ちゃん待っていたぜ!」
領主の息子であるメディスンとはバレていないが、雪の病魔の時に薬を提供していた薬師と広まっている。
「今日は素材だけじゃなくて、魔物の肉もいくつか用意しておいたぞ!」
ギルドマスターを含む冒険者達が一気に集まって来る。
あれから薬と引き換えに魔物の素材や肉を受け取っている。
薬を無償で渡していたが、それを売って金儲けをしようとする人が出てきたのだ。
それが問題となり、基本的に薬はギルドマスターを経由して配っている。
「それで水虫の薬はできたのか?」
「うっ……」
しもやけの薬を置いて逃げようとするが、冒険者達が詰め寄ってくる。
終いには逃げ道を封じられ、腕を掴まれていた。
体格の大きい男達に囲まれていたら、逃げることすらできない。
「あー……えーっと」
「まだできていないのか?」
「はい……」
「「「うわあああああああ!」」」
冒険者達はその場で崩れ落ちていく。
それを見てステラは楽しそうに笑っていた。
「俺達はこのまま足がかゆいまま死んでいくのか……」
「こんなかゆいまま死にたくねー!」
「俺もだ!」
まるで冒険者ギルド内が深刻な医療現場のようになっている。
白癬で直接死に至ることはないが、二次感染による影響がないわけではないからな。
一部はステラを笑わせるためにやっている気がする。
ただ、そこまで深刻に悩んでいるなら、どうにかして早く作りたい。
「その代わりですが――」
「何があるんだ? 俺達の塗り薬は……」
「ラベンダーオイルで作ったワセリンを用意しました」
ラベンダーには抗菌・抗真菌作用があると言われている。
ラベンダーオイルとワセリンを混ぜ合わせただけの簡易的なものだが、白癬にも効果がある気がする。
「ねーねー、おにいしゃま?」
「どうした?」
「このくしゅり、しぇこんにちゅかえないの?」
しもやけで水疱ができた時に使う、抗生物質入りの軟膏のことを言っているのだろう。
以前、一人でぼやいていたのを聞いていた。
「抗生物質と抗菌薬は別だけど、白癬からの感染予防なら使えるかもね」
「くしゅりっておもしろいね!」
ステラはニコニコと笑いながら俺の話を聞いていた。
「本当にこれが効くのか?」
「本来作りたい薬の代わりなんだろ?」
冒険者達はラベンダー軟膏を手に持ち、ジーッと俺の顔を見つめてくる。
可愛いステラなら大喜びだが、体格の良い男達に見つめられてもな……。
「おっ、思ったよりもかゆみが引きそうだぞ」
そんな冒険者達の横でギルドマスターは、足にラベンダー軟膏を塗っていた。
直接手で混ぜて作っているわけではないため、合成した時のように効果がわからない。
ただ、少なからず皮膚の保湿やバリアにはなるため、一時的にかゆみが和らぐのだろう。
「どうにかなりそうだね」
「さすがおにいしゃま!」
「「ぐへへへへ」」
これで領民のかゆみ問題はどうにか解決できそうだ。
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