第6話 メイド、ご主人様のために人肌脱ぐ

「あれは本当にメディスン様なんだろうか……」


 私は夢でも見ている気分だ。


 幼い頃のメディスン様は優しい心の持ち主だった。

 彼が変わった……いや、みんなが変わったのは5歳で得られるスキルの儀からだった。


 メディスン様はスキルの儀で〝薬師〟を授かった。

 スキルとしては比較的聞き慣れたものではあるが、授かった者はそこまで多くはない。

 王族や貴族に専属の薬師を抱えるのも珍しくないくらいだ。

 辺境地だからこそポーションの数も少なく、作れる人もいなければ自然とメディスン様に期待は集まった。 


 ただ、その結果幼かったメディスン様を変えてしまった。


 期待を背負ったメディスン様は部屋に篭って実験する毎日。

 普通の薬師とは異なっていたメディスン様の力はいつになっても役には立たなかった。

 次期辺境伯としての教育は遅れていき、取り返しのつかないことになっていた。


 次第に彼の心は崩れていき、周囲の目は期待から失望に変わっていく。


 部屋から響く気持ち悪い呻き声に、血生臭いにおいを放つメディスン様。 

 従者達の中で動物を捕まえては痛ぶっていると噂されていた。


 それでも側付きの私はずっとメディスン様は変わると思っていた。


 だが、ノクス様とステラ様が生まれてから、家族に見放されたと悟ったのだろう。

 一度学園のために離れたことでさらに拍車がかかり、帰ってきた時には知っているメディスン様はこの世から消えていた。


 幼い時に一緒に育った側付きの私ですら、部屋の入り口にひっそりと御食事を用意するぐらいだ。


 だけど、私は信じていた。

 部屋の中から聞こえる呻き声が悔しそうな声で泣くメディスン様の声だと――。


「私がメディスン様の力にならないと」


 そんなメディスン様が私達のために薬を作ってくれた。

 雪の病魔はすぐに人を死に引き摺り込んでしまう。

 すでに領民から死亡者も出ていると噂になっているぐらいだ。

 毎年出現する謎の病魔に辺境伯様でも、どうすることもできなかった。


 だけど、あのメディスン様が作った薬ならどうにかなるかも……いや、私がどうにかしないといけないと思った。


 冷えたゼリーと薬を持ってステラ様の元へ向かう。


――ガチャ


「ステラ様、失礼します」


 部屋の中に入ると、幼いステラ様が苦しそうな顔で震えていた。

 食べ物が喉に通らず、少し痩せたように見えるのは気のせいだろうか。


「らなしゃん……?」


 普段から舌足らずで上手く話されない方なのに、熱に侵されてさらに聞こえにくい。


「お薬を持ってきました」


 私の言葉に首を横に大きく振る。


「ぽーしょんまずい」


 薬といえばポーションが主流だ。

 体内の魔力を使って治癒力を高めるのが、治療としては当たり前の方法になる。

 そのためスキルの儀を受けてからしか、ポーションは使えない。


 ただ、怪我と病魔では何か違いがあるのか、雪の病魔になっている時にはなぜか効果が弱かった。

 それでもポーションに頼るしかないのが現状だ。


「今日はポーションじゃないですよ。メディスン様が自らお薬とゼリーを作ってくれたんです」

「おにーしゃまが?」

「ええ!」


 私はメディスン様が作ったりんごのゼリーをステラ様に見せる。

 キラキラと光るゼリーに負けじとステラ様も目を輝かせていた。

 初めてみるゼリーに興味津々のようだ。

 ステラ様がメディスン様を気にされていたのは知っている。

 たまに離れの屋敷に様子を見にきていたからね。

 ただ、辺境伯様から直接会うこと……離れに近づくことすら禁止されていた。

 それだけメディスン様が弟妹に悪影響を与えると警戒されていた。


「ステラたべりゅ!」


 体を起こしたステラ様にゼリーを一口食べさせる。


「んー、ちゅめたい。もっと!」


 ステラ様は美味しそうにゼリーを食べていく。

 気づいた頃には半分ほどなくなっていた。


「少々お待ちくださいね」

「はやく……」


 薬をゼリーに混ぜるのを忘れていた。

 メディスン様はゼリーで包むように薬を飲ませるように良いと言っていた。

 ゼリーの上に薬をそっと置き、その上からゼリーを被せるようにスプーンで取る。


「おいちいね」


 薬を飲んだことに気づいていないのか、ステラ様はその後もゼリーを召し上がっていく。

 気づいた時にはお皿に載っていたゼリーはなくなっていた。


「また後でゼリーをお持ちしますね」

「ありがと! ゆめのなかでおにいしゃまがステラにあいにきてくれたの……」


 きっと直接メディスン様が訪れたことを夢だと思っているのだろう。

 弟妹の二人が雪の病魔に侵されていることをメディスン様は知っていたからね。


「おにいしゃまにあってもいいかな?」

「今度、ラナと一緒に会いに行きませんか?」

「うん!」


 キラキラとした目で私を見るステラ様なら、メディスン様を見ても悪くは思わないだろう。


「もう少しおやすみください」


 ゆっくりとベッドに寝かしつけて布団をかける。

 これでステラ様も私と同様に熱が下がってくるだろう。


 次にノクス様の部屋に向かったが、ステラ様と症状は変わりないようだ。

 ノクス様はステラ様と違い、メディスン様に若干嫌悪感を抱いている。

 次期辺境伯として教育を受け始めているからこそ、メディスン様の行動に疑問を持っているのだろう。

 大人達に操作された情報に、いつも可哀想に感じてしまう。


「誰ですか?」

「メイドのラナです。側付きが雪の病魔で動けないため、代わりにゼリー持ってきました」

「ああ、そこに置いておいてください」


 ノクス様はステラ様のように体を起こすだけの元気がないのだろう。

 すぐにメディスン様がやってくれたように、雪解け水を用意して体を冷やす。

 今まで雪の病魔に勝つために、体を冷やすという考えは禁忌だった。


 雪の病魔は名前通り、雪を溶かすように熱して治すと言われている。

 だけど、メディスン様がやっていたことは間違いないはずだ。


「何も食べないと元気になれないので、冷たいゼリーだけでも食べませんか?」

「わかりました……」


 はじめは嫌がっていたけど、元気になれないと聞いて食べる気が起きたのだろう。

 それにステラ様と同様ゼリーが何か気になっていた。

 子どもは知らないことに興味が出てくるからね。


 ノクス様にバレないように急いで、ゼリーに薬を包んで一口入れる。


「変わった味がする……」


 少し薬を味わって食べてしまったようだ。

 私も初めてメディスン様から飲まされた時は、苦味に戸惑ったからね。


「今はツルッと飲み込むといいですよ。たくさん食べないといけないですからね」

「ああ、わかった」


 口調は大人びてはいるものの、表情は年齢を誤魔化せない。

 幼い子どものように次から次へとゼリーを食べていく。

 その後もラクス様もゼリーを平らげて薬を飲んだ。


 あとは同僚と辺境伯様だろう。

 ただ、大人に飲ませるのは子どもと違って簡単だ。

 ポーションに混ぜてしまえば気にならない。


 屋敷で管理しているポーションの在庫があと少しだったが、メディスン様のおかげで今年の雪の病魔はどうにかなりそうだ。


 私はメディスン様の側付きメイドとして、やっと役に立ったようだ。


「これからもメディスン様のために頑張ります」


 私の声が寒くて凍える屋敷の中に小さく響いた。

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