第2話 薬師、スキルを使う
屋敷の中を歩いているのに、誰一人と姿が見当たらない。
貴族であれば世話をする側付きや、屋敷の管理をする執事やメイドがいてもおかしくない。
それなのに屋敷の中は静まり返っている。
まるで俺だけが、この部屋に隔離されているような気がした。
「あそこは……くっ……」
しばらく歩くと窓の奥に一際大きな屋敷が目に入る。
メディスンの記憶ですぐにあれが何の建物なのかわかった。
「スキルがまともに使えない出来損ないの長男だったな」
ルクシード辺境伯家の出来損ない長男として貴族界で俺は有名だった。
爵位を継ぐ立場として、スキルが使えないと致命傷になる。
この世界には魔物もいれば魔王すら存在するからな。
知力だけではどうにもできないのが現状だ。
記憶の中では使えないスキルを研究するあまり、不気味なやつだと思われていたようだ。
家族と暮らす場所を変えてまで力の使い方を探していたのだろう。
状況を確認するために俺は隣の屋敷に向かうことにした。
「うわ……さむっ!?」
扉を開けるとそこには真っ白な世界が広がっていた。
白い息がこの地域の寒さを物語っている。
雪が降る中、隣の屋敷に移動するが屋敷からの明かりが少なく、わずかに光っているのがわかる。
屋敷の中をゆっくり覗くが、俺の体はどこか震えていた。
この屋敷に近づきたくないと反応しているのだろう。
幸いなのは記憶が曖昧なことだ。
ただ、辺境伯家の屋敷のはずなのに俺がいた別館と変わらず静かだった。
期待されていない俺が別館を使っているのはわかる。
だが、執事やメイドが誰一人ここにいないのはおかしい。
――ガチャ
「誰だ!」
俺は警戒を強める。
音がする方に目を向けると、メイド服を着ている女性が立っていた。
「メディスン様……」
俺の世話役をしていたメイドだ。
それに彼女の一言で、やはり俺がメディスンだと確信に変わった。
「食事の準備が遅れて申し訳ありません。今すぐに――」
ふらふらと動き出す彼女を俺はすぐに支える。
触れた体から明らかに熱を持っていることがわかった。
頸部や額に触れても体表面が熱い。
「熱があるのか?」
俺の言葉に彼女は心配かけないようにするためか、ニコリと笑う。
「私も雪の病魔に侵されてしまいました。メディスン様だけでも、別館にお逃げください」
それだけ伝えると彼女は立ち上がり部屋に戻って行く。
雪の病魔は寒くなって雪が降る時季に増える、流行り病だったはず。
主症状に発熱があるのだろうか。
「お前達王族が、支援をやめて俺達を切り捨てなければこうはならなかった……」
あの時、メディスンが処刑される時に言っていた言葉が頭の中を駆け巡る。
ひょっとしたら悲劇はここから始まっているのかもしれない。
俺だけでも助かるように逃げてと彼女は言っていた。
もしかしたら他の人も同様の症状が出ているのではないか。
その不安を抱えながら屋敷の中を見て回る。
「みんな雪の病魔に罹患しているのか……?」
働く者全てが咳をしており、意識が朦朧としているのか俺の存在に気づいていない。
執事やメイドといった使用人が俺のことを知らないはずがない。
元々メディスンの影が薄いのだろうか。
「おにーしゃま……?」
歳の離れた双子の妹ですら熱を出して寝込んでいた。
それに俺のことを知っているということは、本当にボーッとしているのだろう。
「大丈夫か?」
「へへへ、ちゅめたい」
冷えた俺の手を心地良さそうに頬にスリスリしていた。
隣の部屋にいた弟もチラッと様子を覗いてみたが、同じような状態だ。
あの言葉通りなら、家族や領民が同じような状況になっているのかもしれない。
本当に俺がメディスンなら、処刑されないように行動しないといけない。
知らない物語がどうやって進むのかもわからない。
まだ処刑が決まったわけでもないため、時間はたくさんある。
俺は今度こそ田舎でゆっくり暮らしたいからな。
現状を把握できた俺はすぐさま別館に戻った。
薬剤師として働いていた俺なら何かできるかもしれない。
せめて歳の離れた幼い双子だけでも助けてやりたい。
ただ、俺のスキルでは何もできないはず。
あるのは日本で勉強して、資格を取った薬剤師としての力だけだ。
「スキル【薬師】なんて使え……いや、薬師って今の俺なら使えるんじゃないのか?」
薬剤師の俺が〝薬師〟について知らないわけがない。
一般的に知られている薬師とメディスンのスキルはかけ離れていた。
必要な素材を混ぜてできるはずのポーションをメディスンは作ることができなかった。
記憶の中では意味のわからない成分を抽出するのがこのスキルの使い方だったはず。
だから、メディスンは動物や植物を使って、何の成分が抽出できるかを調べていた。
それをまとめたのがテーブルの上に置いてあった紙の束だ。
きっとその代償として怪しいやつだと思われていたのだろう。
部屋でコソコソと動物実験をしていたら、俺でも怖くて近寄れないからな。
だが、今となっては彼の努力を無駄にはできないな。
「スキルでできるのは抽出、合成、製成、分解の四つか」
メディスンのスキル【薬師】でできることは抽出、合成、製成、分解の4つだけだ。
彼はこの力をどうやって使うのか方法を探していた。
単語の通りであれば、抽出したものを合成して、製成すればポーションではなくても、何かはできるような気がする。
一度抽出すれば、ずっとスキルとして魔力を変換して使うことができる。
俺はちょうど記憶にある生物の成分を掛け合わせてみた。
何の成分かまでははっきりとは覚えていない。
ただ、使い方はこれで合っているはずだ。
「なんだこれ!?」
しばらくすると、手からはマグマのように煮えたぎるようにうねる、紫色の何かができた。
突然、目の前に出てきた製成結果に驚く。
【製成結果】
〝ラトロキシン+シンギロトキシン〟
製成物:毒牙の宴
効果:神経系に作用し、強い痛みや麻痺を引き起こしながら、血液を凝固させて細胞を壊死させる。
ゲームをしていた時に錬金釜を使ってアイテムを作る機能があった。
それと同じような画面が突然目の前に現れた。
「うわ……さすが悪役薬師だな」
これをあの時王子に飲ませていたのだろうか。
手に持っている得体の知れないものをどうするか迷っていると、脳内に文字が浮かびあがる。
「分解」
唱えるとすぐさま得体の知れないものは消えた。
製成物は分解して、何事もなかったかのように消すことができるようだ。
ノートに成分名を残していたのは、合成する時に元の生物が何か把握することで、作るものを予測できるようにしていたのだろう。
ただ、悪役薬師だけのことはある。
何度も繰り返すができるのは毒ばかりだった。
これは薬剤師の俺でも薬師の力をうまく使えない気がしてきた。
それに一度合成して、分解するだけで体の力が一気に抜けていく。
それだけ魔力の消費が激しいのだろう。
「何か解熱効果のあるものはできないのか……」
紙に書いてあるものを見ていくが、どれも生物ばかりで中々欲しい成分が見当たらない。
解熱剤で使われているアセトアミノフェンやイブプロフェンは化学合成で作られる。
どれも動物や毒からできるものではない。
他に資料がないか調べていくと、棚からいくつもの抽出結果をまとめたものが出てきた。
「ぐへへへ、メディスンって努力家なんだな」
俺がメディスンなのに、なぜか自分を褒めると嬉しい気持ちになってきた。
まぁ、この体にはメディスンと俺の二人が混ざり合っているようなものだもんな。
資料の中には野菜や草木もまとめられていた。
「キャベツからアスパラギン……これってもう一回抽出できないのか?」
俺は資料の中にあるキャベツから抽出されたアスパラギンを見つけた。
ただ、抽出は一回だけしかされていない。
ここからさらに抽出はできないのだろうか。
「まずは試してみるべきだな」
アスパラギンから抽出ができないかと、魔力を込めてみるが反応しない。
確かにアスパラギンの次に細かくなっていくと化合物や分子レベルになる。
「ひょっとしたら分解って……」
分解は完成したものを消すためにあったはず。
ただ、分解って本来は結合しているものを分ける意味がある。
細かく化合物に取り出すのも分解のはず。
俺はアスパラギンを分解してみることにした。
「うっ……魔力が……」
さっきよりも体から魔力が失っていき、重だるくなってくる。
それでも魔力を分解に注ぎ込んでいく。
【アミノ基を取り出しました】
脳内に声が鳴り響く。
「ぐへへへ、アミノ基になるじゃんか」
どうやら抽出した成分を分解できるようだ。
それに知らない成分や化合物を見つけた時に、脳内に声が聞こえてくるのだろう。
このまま分解していくと、求めていたものも手に入るかもしれない。
「うっ……頭が痛い……」
そこからさらに分解しようとするが、スキルに限界があるようだ。
魔力を使おうとするが、まるで袋に穴が開いたかのように漏れ出ている気がする。
ただただ、頭を何かで叩かれているような感じだ。
今の段階では、細かい原子まで分解することはできないのかもしれない。
気づいたら治療をする目的を忘れ、実験しているかのようなワクワク感に満ち溢れていた。
「ぐへへへ、アミノ基があるならアセチル基もあるはずだ」
次はあれを作るためにアセチル基が必要になってくる。
ただ、少しずつ俺の体が宙に浮いているような気がした。
自然と全身の力が抜け、気づいた時には俺はその場で倒れ込んでいた。
前世の時も同じように倒れたのだろう。
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