33 魔法の銃はロマンの塊
数日後、速達鳩での連絡を受けた私は、モズと共にアルヴィンさんの工房に来ていた。
今回はモズだけではなく、ヘーゼルも一緒だ。私の肩に乗って、大人しくただのペットのようにしている。
しかし、デザイン画しかなかったのに、作ったこともない武器を数日で完成させるとか、どんな作り方をしたんだ。
これがドワーフクオリティというやつなのだろうか。
工房は先日来た時とは違い、金属を叩く音は聞こえなかった。
玄関のドアをノックして、中に声をかける。
「こんにちはー。アルヴィンさん、ご在宅ですかー?」
「開いとるからさっさと入ってこい」
「はーい、失礼しまーす」
中から返ってきた声の通り、工房内に入る。
アルヴィンさんは見るからに疲労を隠せていなかったが、そんなことが気にならないくらい満たされた顔をしていて、何かをやり遂げて満足している、といった様子だった。
壁には前に来た時には無かった見慣れぬ刀がかけられていて、テーブルの上には、ライフル銃が一丁入っていそうな、いかにもな箱が置いてあった。
「銃と刀を取りに来ました」
「ほれ、どちらも出来とるぞ」
そう言って先に出してきたのは、モズの刀。
……の、はずだ。
アルヴィンさんが差し出してきたのは、壁にかけられていた刀だった。
鞘も鍔もまるっきり別物になっているし、柄糸も違う。別の刀と言ってもおかしくない様相で、新品そのものだ。
デザイン的にも、元々は鍔や鐺にはそれなりに高価そうな装飾が施されていたはずだったのだが、そんなものは一切無いつるんとしたシンプルイズベストな状態になっている。実用性しか考えられていない無骨なデザインとも言う。
「え、これモズの刀? なんかこれ別物じゃないです?」
「刃を作り直したら、鞘も合わせて作るのは当然じゃろう。それと柄の中が腐れとったし、柄の布もいつ千切れてもおかしくない劣化具合じゃったから新調して、鍔も歪んどったからこっちも作り直しといた。そうしたらの、こうなったんじゃ」
「あぁー……」
「少しバランスも変わっとるはずじゃ。一度振ってみい。裏庭に巻き藁を置いとるから、好きに使うといい」
「だってさ。ほら、ちょっと試しておいで」
「おん」
モズは刀を受け取ると、小走りで工房から出て行った。
嬉しそうな様子は無かったが、かといって嫌そうな雰囲気も無い。いつも通りの無表情で無感情なモズに、何となく、彼に取って武器は使えるなら何でも良くて、こだわりなんて無いんだな、と思った。
「で、じゃ。いやぁ、こいつを作るのは大変だったが、楽しくてつい寝食を忘れて没頭してしまったわい」
そう言って、テーブルに置いていた箱を開け、中に入っているものを取り出した。
青みがかった銀の銃身に、ストック等の木製部分に灰色っぽい木材を使用したそれは、紛れもなく私の知っている銃の形をしていた。
特徴と言えるものとしたら、やや太めの銃身と、銃剣をセットするためにか、銃身にはナイフを取り付けるための機構が備え付けられていること。それに、ライフル銃のシルエットをしているのに、リボルバー銃のようなシリンダーがついていることか。
六つの穴が空いたシリンダーには、赤い宝石のようなものがセットされている。
この人の手癖というか、気質が表れているのか、やはり余計な装飾は一切無い。
「ファンタジー版リボルビングライフルだ! 何か宝石みたいなのが入ってる! 見た目がもうかっこいい!」
「そりゃあ宝石じゃのうて、魔石じゃ」
魔石、と聞いて思わず二度見する。
私がスライムからもらった魔石は石ころと左程変わらない見た目をしていたが、シリンダーに入っているものは透明感があり、宝石と見紛う程に美しい光彩を放っている。
魔石と言われたら、もうぱっと見でわかる。これは間違いなくめっちゃ質の良い高級品だ。
「最大射程は200m、実弾なら500mは行く。一応実弾も作っといたが、馬鹿正直に使い切りの弾をいくつも使うより、こっちの方が安上がりじゃ。弓に魔力矢があるなら、銃にも同じことが出来ると思っての。それにその魔石一つで実弾より多く撃てるから、継戦能力も上じゃ」
「ファンタジーならではの魔力弾! 流石です!」
「ふぁんたじーってのが何なのかは知らんが、わしはウィーヴェン一の鍛冶屋じゃぞ? この位出来て当然じゃ」
「さっすがぁ! ……あれ、この構造じゃあ実弾を撃てないんじゃ?」
「実弾はほれ、こっちに装填して、ここで切り替えをするんじゃ」
「あーなるほど、実弾だと単発式になるんですね。通りでシリンダーの位置とかちょっと妙だったわけだ」
そんな感じで一通りこの魔法銃の仕様を説明してもらい、「詳しいことはこれを見ろ」と説明書を受け取った。
「――てな感じじゃな。他に聞きたいことはあるかの?」
「この魔石に含まれてる魔力が無くなったらどうするんですか?」
「そりゃあ、新しい物と変えりゃあいい。サイズが合うなら形なんて何でも良い。今は余っとった火属性の魔石を入れとるが、他の属性の魔石に変えれば、魔石の属性の弾が撃てるぞい」
「まさか、シリンダーの穴が六つあるのって……」
「六属性を切り替えながら戦ったら、かっこええじゃろ?」
「とてもわかる。……ちょっと撃ってみても良いですか?」
「当然じゃ」
「やった! 銃撃つなんて初めてだぁ……!」
初めての実射に心を弾ませながら、アルヴィンさんと共に裏庭へと向かう。
裏庭には大量の薪が置いてある他、彼が言っていたように巻き藁が数本置いてあったらしく、何分割かにされたらしい巻き藁が地面に散らばっていた。
「モズ、使い心地はどうだった?」
「ちょい軽かった」
「子供にゃ重いと思っての、気持ち程度には軽くしといたんじゃ。使い辛かったら重りでもつけてやる」
モズがちらりと私を見る。素直な感想を言いなさい、と言って答えるように促すと、ふるふると首を横に振った。
別に使い辛いということは無いようだ。
飛び道具の的は、郊外特有の無駄に広い空き地という名の草原にぽつんと立っていた。
以前工房に来た時に、馬車の中でジュリアが「元々この辺りは牧場だった」と言ってていたから、その名残でこんなだだっ広い草原があるのだろう。
一瞬、土地の所有権的にはどうなっているんだろうか、と思ったが、気にしないことにした。
アルヴィンさんから、魔石で撃つ時のやり方や、銃を使う時の基本的な構え方を聞いて、遠くの的を狙い、発砲。邪魔になるからと頭に移動していたヘーゼルがビクッと体を震わせたらしいのを感じた。
当然の如く、的には当たらなかった。見当違いの場所に着弾した。
私は別に近視でも乱視でも遠視でもないが、目測何メートルかなんてそんな感覚は持っていない。
私からしてみたら、最初からこんな超長距離にあるゴマ粒のような的を狙うのは無理な話である。
だが、それは別に良いのだ。今から鍛えるのだから。
それより実際に撃ってみて、銃の反動が思ったより少なかったのと、実物よりかなり小さい発砲音に驚いた。
「音が軽い……それに、反動が少ないですね」
「魔力弾だからかのぉ。実弾だと、後ろに吹っ飛ぶかと思ったくらい音も反動がデカかったぞい。というか、いくら遠距離から攻撃出来るとはいえ、火薬は音が大きすぎてかなわん。聞き続けたら耳が馬鹿になるわい」
「確かに私の知ってる銃は、使う際に耳当てを装着して難聴予防をしますね」
「刻印でも刻めば、完全に無音で発砲することも出来ると思うが、わしゃスペルに関してはさっぱりじゃ。専門家に聞いとくれ」
もう一発、二発、と撃ってみるが、イマイチ距離感が掴めない。一発たりとも的に掠りすらしなかった。
次はスコープでも開発してもらうべきか、それとも狙撃に使えそうな刻印が無いか調べておくべきか、と考えながらもう一発撃とうと構えていると、隣でじっと私のことを見ていたモズが口を開いた。
「ねえちゃん、もちょい上じゃ」
「へ? あ、うん。こう?」
「おん。そんでもっと右」
「こんぐらい?」
「行き過ぎ」
「じゃあ、この程度?」
「おん」
まるで射線誘導でもするかのような言葉に、どうしたんだ急に、と思いつつ、軽い気持ちでそのまま引き金を引いてみる。
ターンッ、と軽い発砲音が聞こえたと同時に、的が消えた。
「当たった!」
初めての命中にテンションが上がった私は、小走りで的のあった場所に向かう。
……が、100m以上距離があったせいか、辿り着く頃には息が切れていた。
尚、アルヴィンさんとモズは平然としていた。う、運動不足を感じる……!
倒れていた的は、真ん中に穴が空いていた。
魔石は火属性と言っていたが、実際着弾地点には焦げ付いた跡があった。
「おお、ど真ん中!」
「小僧、良い目をしとるのぉ」
「ホントそれ! 凄いじゃんモズ~!」
モズはアルヴィンさんから褒められた時は無反応だったが、私が頭を撫でて褒めると、表情は変わっていないはずなのに、どこか満足げにドヤっているような雰囲気になった。
そのまま的を回収して、工房に戻る。
戻るまでの間は制作時のこだわりを延々と聞かされていたが、その熱弁っぷりと案外上手い語りに、飽きること無く聞き役に徹することが出来た。
「――てな感じじゃなぁ。魔石を良いモンにして、装飾にこだわったら、公爵んとこのお嬢さんでも目を剥く程の価値になるじゃろうな!」
「マジすか。……えっ、じゃあこれを売るとしたら、どのくらいの金額になるんです?」
「ちと待っとれ。ええと? アレとコレと、それにアレで……ざっとこんくらいじゃな」
アルヴィンさんは作業着のポケットに突っ込んであった注文票らしい紙を取り出すと、薪置き場の壁を机代わりにしてガリガリと計算式を書いた後、それを私に見せる。
そこに書かれた金額を見た瞬間、私はあまりの金額に「ヒェッ!?」と変な声を出してしまった。
「耐久性と魔力伝導率を考えてミスリルを使っておるし、使っとる魔石もそこそこ良いものじゃ。値段が張らないわけがなかろう」
「これは……量産は出来ても、金額が現実的ではないですね……」
「今の所唯一品じゃ、大事に使うんじゃぞ?」
「むしろ壊すのが怖くて使わずにしまっておきたいくらいなんですけど」
「なーに言っとるんじゃ! 武器は使ってなんぼ! どんどん使え! 壊したらわしが直してやるわい!」
ガッハッハ! と豪快に笑って背中をバシバシと叩かれる。結構力が強くて痛いが、苦笑いをするに留めておいた。
我慢は大人のコミュニケーションの基本。私はそう思っている。
そうして私達(というか私)は改めてアルヴィンさんにお礼を言って、工房を後にした。
今日はジュリアの馬車ではなく、辻馬車を利用して来たので、帰りはしばらく歩かなければならない。運が良ければ、帰る途中で中心街行きの馬車をヒッチハイク出来るだろう。
道中、小さい林の中抜ける途中、こんな所に人なんて居ないだろうとは思いつつも人の気配が無いか確認してから、ヘーゼルと話した。
「さあて……ようやくスタートラインかな」
「パドック入場じゃなくてかい?」
「そうかもね。まだ武器を手にしただけだ、マトモな戦闘力を身につけてからがゲートイン――そしてスタートは、春だ」
「げーといん? ぱどっく?」
「ああうん、子供は知らなくていい業界の話だよ」
「……?」
モズが不思議そうに首を傾げる。
今回はただの例え話として用語を使っただけだが、競馬の話なんてね、子供が首を突っ込む話じゃないんだよ。わかってね。
ふと、ある事を思いついた私は、抱えていた箱を一度地面に置き、中から銃を取り出して安全装置を外して空に向かって構えた。
「何をしているんだい?」
「スタートの合図って言ったらスターターピストルでしょ。それと、祝砲を兼ねてね」
「……何のためにそんなことを?」
「気合い入れるんだよ。……うん、ガラじゃないのはわかってるけどさ」
実弾だと死傷する事故が起こる可能性があるので空に向かって撃つなんてことは出来ないが、魔力弾だから実弾より危険性は低い、はずだ。
理論上なら、実弾と違い放物線を描かない代わりに、最大射程以上の距離に至ると凝固していた魔力が四散するらしいので、空中で分解して消えるはずだ。多分。
一応銃口は街の方向には向けないようにして、晴れ渡った高い空を狙う。
「位置について! よーい――」
タァーンッ、と軽い銃声が木々の隙間に木霊した。
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