28 旅行計画
そんなこんなで、モズを引き取ってから早三日が経ったのだが……何というか、子供の順応力というものは想像以上に柔軟だった。
まるで「ずっと昔からこの家で一緒に住んでいましたが何か?」とでも言いそうな我が物顔でモズは新生活にすっかり慣れていたし、ルイちゃんはルイちゃんで「弟が出来たみたい」といたく可愛がっているのだ。
というのも、思っていた以上に少年が大人しかったのだ。
だからお客さんに説明する時も「こんなに大人しい子が犯罪奴隷になるような事をするなんて、そこまで追い詰められていたんだね」と解釈してくれる人が多く、私が予想していた以上にすんなりと周囲に受け入れられた。
一応服従の刻印による行動制限で、私の指示無しに他人に危害を加える事が出来なくなっているのだが、そんな物が無くても私以外に興味が無いせいか、積極的に関わろうとしない。
そもそもの話、詳しい事情を知っている騎士団やルイちゃん以外には、私にべったりとくっついて構ってちゃんする姿しか知りようが無いのだ。
「――って事があって、新しくモズくんを雇うことになったんです」
「そうだったのですね。いやぁ、奴隷が居るから一体何事かと思いましたよ。奴隷にも情けをかけるなんて、ルイはお人好しですね」
丁度そんな会話をしているのは、例の常連客であるペストマスク氏とルイちゃんだ。
私は便宜上従業員となったモズの新人教育を任されたので、彼の働きぶりを見守りつつ、時々指導をしたり、専用クッションの上でぷうぷうと寝息を立てているヘーゼルを横目で見ながら、二人の会話を聞いていた。
以前ルイちゃんが言ったように、ペストマスク氏は案外おしゃべりで、仮面で表情は見えないものの、声色からしてとても楽しそうに会話をしている。
が、それはルイちゃん相手だからである。私のことには一切目を向けず、モズは話のネタにしているが殆ど視線を向けることは無く、今や看板マスコットになったヘーゼルにも興味を向けず、ルイちゃんしか見ていない。
これは、アレだな? と私は顎を揉む。
ここまであからさまなら、気ぶりおばさんの私でなくても気付く事だろう。
ペストマスク氏がルイちゃんに好意を持っていることは明白だ。
「決めたのは私じゃ無くて、トワさんですから。更生するチャンスがあるなら与えられるべきだって考えに同調しただけですよ」
「ですが、同居を許したのは貴女でしょう? ルイも相当ですよ」
ビジュアル的にも大変よろしい。よくよく見てみると、ペストマスク氏の服装はマフィアのボスに近い上品且つ貫禄のある着こなしをしていて、ルイちゃんと並べると実に素晴らしい危険なおじ様orお兄さんと純朴なロリのおじロリorおにロリ感がある。
危険な男と純真な少女の組み合わせが嫌いなオタクなんて居ないよなぁ!?
ウォルイに通ずるものがある。
「そう……愚かしくて、愛おしくなるほどに……」
「お待ちください?」
私のヤンデレセンサーが反応してつい横から口を出してしまった。
今の台詞は完全に執着のそれです。トワさんは詳しいから分かるんです。
間違いなく、と言うには百歩譲って早計かもしれない。だが、「愛おしくなる」なんて言葉、ある種の執着が無いと出てこない言葉じゃないか。それも好意に分類される感情だ。
片思いか? その感情自覚してる? してるならいつから? 話聞くから言ってみ?
「いえいえ、危ない人に騙されやすそうで、守ってあげたくなるという意味ですよ」
「大丈夫ですよ、そんな簡単に騙されませんから。それに、もしそうだったとしても、トワさんとジュリアちゃんが居ますから! ねっ、トワさん」
「アッウンソウダネー」
「ねえちゃん、これどさ置くん?」
「あー、それはポップの所の引き出しの中にしまっておいて」
「おん」
モズは素直に返事をして、咳止めの在庫を補充する。
しかし作業中、珍しく他人に興味があるのか、イマイチ感情の読み取れない紅い瞳で時々ペストマスク氏をちらりと見ている。
興味、と言うより、警戒、だろうか。おっかなびっくり猛獣を見ている、と表現するのが正しいかもしれない。
雰囲気としては、超大型犬を見て、控えめなやんのかステップをしている猫に近い。
今でこそ警戒して近づかない程度になったが、来店した当初は、髪の毛をブワッと膨らませて部屋の隅に逃げるという反応を見せていて、それこそやんのかステップをしている猫のような反応をしていた。
モズの直感って異常な程鋭いし、やっぱりペストマスク氏ってちょっとヤバい人なんじゃない? 人に言えない自由業の方だったりします?
「ルイは昔から危なっかしいところがありますからね。困っているからと、見ず知らずの人に声をかけるなんて日常茶飯事ですし」
「それは……ちょっと否定できないかも」
「心配で心配で、何度鳥籠の中に閉じ込めてしまいたいと思ったことか」
「お待ちください?」
「んもう、心配の仕方が大袈裟なんですよ。心配性なんだから」
ルイちゃんはさほど気にせず軽くスルーしているが、今のは流石に聞き捨てならない発言ではなかろうか。
鳥籠の中に閉じ込めてしまいたい? いやもうヤンデレ物でよくある台詞ですよ? 監禁タイプのヤンデレか? 相手に悟られないように外堀埋めて最終的に相手の方から自分を求めるように仕向けるタイプじゃなくて? なるほどね? もしくは両方同時進行するタイプ?
これ突っ込んで聞いたら「ルイは銀より金の鳥籠の方が似合うと思いますよ。暖かみのあるピンクゴールドだともっと良いでしょう」とか言いそうで怖い。
いや、脳内のウォルイの自己解釈ウォルターがそう言っているんだけなんだけど。確かにペストマスク氏はウォルターに通ずるものがあるけどそこまで似なくていい。
「ピンクゴールドの鳥籠だと、きっとルイに似合うと思いますよ」
「お待ちください?」
「また怖い冗談言って、私は小鳥じゃないんですよ?」
「私にとっては、いつまで経っても愛らしい小雀のお嬢さんですよ」
さっきから思っていたが、このペストマスク氏、やっぱり脳内の自己解釈ウォルターとやけに言動が似ているんだけど、気のせいなのか? 気のせいであってほしい。
ジェネリック? ジェネリックウォルイなの?
いやそう考えるのはペストマスク氏に失礼だろうが、そう思わずにはいられない程にペストマスク氏と脳内ウォルターの言動がそっくりなのだ。オマケに身長も大体同じ。ジェネリックウォルターじゃん。
これで万が一ウォルター本人だったらウケる。まああり得ないだろうけど。
ウォルイは推しカプだけど正真正銘非公式カップリングです!
確かに原作シナリオでもルイちゃんにだけ妙に好意的な台詞があったけど、実は過去に出会ってました系の描写は無かった。ウォルイの民の共通幻覚ではあるけれども。
ペストマスク氏は開店した当初からの古参常連らしいし、発言がちょっと危ないだけで、その実姪っ子を見るような気持ちで言っている可能性だってある。
「冗談がお上手なんですから。何をサービスして欲しいんです?」
「では、ルイを一つ」
「待って」
待って。
ピピーッ! はいアウト! カップリング警察だ! その発言は完全にカップリング成立に値する! 手錠で二人を繋ぎここにカップリング成立を宣言します!
助けて欲しい! 推しカプが増えてしまう! 本編に出てきてない人物とのカップリングな上に、今回に至っては実質2.5次元みたいな物! 私は2.5次元ジャンルに身を沈めたことは無いんだ! でも
モズがチベットスナギツネみたいな目で見てきたような気がしたが、気のせいだろう。
「そうやって他の人も口説いているんでしょ? はい、いつものシキヨウ春茶葉と、サービスのバタークッキーです」
「つれませんねぇ」
「トワさん、この人いっつもこうなの。気にしないでね」
「アッハイ」
私ペストマスク氏×ルイちゃんの惚気聞かされてる?
ありがとうございますもっとやれ。
「そういえば、今日はもう一つ用事がありまして」
ペストマスク氏が懐から封筒を取り出し、ルイちゃんに渡す。
ルイちゃんは受け取ると、「どうぞ中を確認してください」と促されたので、言われた通りに中身を確認する。
「これは……パーティーの招待状?」
「ええ、そうです。簡単に言えば、この国の王子様の婚約を祝うパーティーですよ」
「王子様の婚約パーティー!?」
「ファッ!?」
予想外の代物に、私とルイちゃんはほぼ同時に目を剥いた。
こんな大層なもの、どうやって手に入れたって言うんだ。我々一般市民には一生縁の無い物だぞ!?
「常連さんって本当に貴族の方だったんだ……」
「おや? 認識阻害に気が付いていましたか、意外ですね。それほど私をよく見ていたということですか、とても嬉しいですよ」
「ええと、実はトワさんから教えてもらって……」
「……でしょうね。ルイは鈍感な所がありますから」
あっ。あからさまにテンションが下がった。
馬鹿野郎、こんなあからさまな好意に気付かない、ハーレム系ラノベ主人公と同レベルの鈍感っぷりを誇るルイちゃんだぞ。気付くわけがなかろう。
見ているこっちがやきもきするわ。
「それで、ルイをこちらに招待しようと思いまして。残念ながら私は貴族ではありませんが、ツテでいただきましてね。数が余っていますので、どうでしょう?」
「でも私、貴族のマナーとか全然分からないですし、それに平民ですし……」
「ご安心を。それは商人向け、いわゆる中産階級用のものです。自分の店を持ち、質の良い仕事をしているルイなら、これを受け取る資格がありますよ。もしマナーを学びたいというならば、私が手取り足取り教えて差し上げ――」
「あっそれに関しては私が教えられますし貴族の知り合いが居るんでご心配なくー」
こいつに任せたらいけない。下手したらアーンなめくるめく叡智展開が繰り広げられてしまいかねない!
いや、それはそれで見てみたい。
じれったくて、ちょっとやらしい雰囲気作りに協力したいくらいだ。
えっちな推しカプはなんぼ供給があっても良い。
だがしかし、公式のウォルイを見るまでは他の男と良い雰囲気にさせる訳にはいかない。
主人公一行とウォルターの初邂逅時にルイちゃんの事を「愛らしい小雀のお嬢さん」と言ったあのシーンを見るまでは!
……待って? さっきペストマスク氏、ルイちゃんの事を「愛らしい小雀のお嬢さん」って言ってなかったっけ? あれどうだったっけ?
現実に会話ログがあるなら見返してぇ~!
「……へぇ? あなたはただの労働者階級の移民だと思っていましたが、どこぞの元ご令嬢でしたか?」
「残念ながらちょいと雑学知識が豊富なだけの、後ろめたいところが一切無い清廉潔白な一般市民ですねぇ」
わかる、気持ちはすごくわかる。仮面で表情は見えないが、私にはわかる。
ルイちゃんとの二人っきりになれる時間を得られるチャンスを、こんなぽっと出の異国人女に先んじて潰されてさぞムカついたことだろう。そこはかとない喧嘩を売ってる感のある言葉からビシビシと伝わってくる。
だがウォルイのため、もとい原作のためだ。諦めてくれ。
「婚約云々はともかく、パーティーってことは、自営業の我々からしてみればビジネスの人脈を広げるチャンスだよ。これは参加しておいた方がいいと思うな」
「あなたの事は気に入りませんが、私も同意見ですね。それに、ルイはまだ若い。今のうちに王都で遊んで、良い思い出を作っておいたっていいじゃないですか」
「そうそう。絶対この人の言う『遊ぶ』は絶対ロクな事じゃないだろうけど、確かに若い内に色んな経験をしておくべきだよ。年を取ると、そんな時間も気力も体力も無くなるからね。今のうち遊べ遊べ!」
ペストマスク氏、思いっきり私のことを気に入らないって公言しおったな。
売られた喧嘩は口喧嘩程度なら買うぞ?
ルイちゃんは少し迷う素振りを見せたが、華やかな王都を想像したのか、期待に目をキラキラと輝かせて、ぽつりと呟いた。
「じゃあ……行ってみようかな」
「時期は?」
「ええと……春の中の月だって」
「中の月、ってことは四月か……ん? 四月?」
四月と言えば、物語が始まる時期だ。
過去の遺産である箱舟を発見した主人公が、偶然にも箱舟の管理AIこと、主人公の相棒になるイアの起動に成功して、そこから物語が始まる。
場所は王都の郊外。箱舟の起動に成功したものの、操作不能に陥り箱舟は墜落し、そこにたまたま王都からのウィーヴェンへ帰る途中だったルイちゃん達と出会うくだりがある。
もしかしたら、これは本編開始のための大事なイベントなのではないだろうか。
だとしたら、本編通りに事が運ぶか見届けなければならない。
「ルイちゃん、私も王都まで一緒に着いていってもいい?」
「えっ? トワさんも一緒にパーティーに参加するんじゃないの?」
「えっ?」
どうやらルイちゃんは私も一緒に行くものだと思っていたらしい。
興味はあるが、パーティーなんて華やかで煌びやかな場所は、正直陰キャの私にはしんどい。
ルイちゃんには申し訳無いが、断ることにした。
「いや、ちょっと王都で調べたい事があるだけで、パーティーまで参加しようとは思ってなくてね」
「そっかぁ……私、パーティーって初めてだけど、トワさんが一緒に来てくれるなら安心だなって思って――」
「いやでもパーティーとか今後の人生で参加出来るかわかんないしめっちゃ行ってみたいなー楽しみだなー!」
ルイちゃんがしょんぼりとそんなことを言ったので、私は食い気味に掌を返してそう答えた。
パーティーなんて性に合わないが、ルイちゃんを落ち込ませるくらいならそんな些細な問題はねじ伏せよう。
落ち込んでいる推しは可愛いが、その原因が自分にあると心が死ぬんだ。推しと共同生活を送るようになって初めて知った事だけどね。
「なんか言わせちゃったみたいでごめんなさい……」
「いいのいいの、気にしないで。滅多に無い機会だし、興味があったのは本当だから。それにほら、今やルイちゃんの保護者みたいなもんだしさ」
そう言った瞬間、ペストマスク氏がものすごく嫌そうな顔をした気がしたが、知らない振りをしておいた。
まあ、うん。私に喧嘩を売った報いだと思えば良いんじゃないかな。
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