24 猟は鳥が教える
ノルトラインさんが牽制してくれている間に、少年の動きを確実に止められるような刻印を三種類ピックアップしておく。
先程は慌てていたので失念していたが、鈍足の刻印はその名の通り動きを鈍らせる程度で、これ単品だと攻撃手段を封じる程の効果は無い。そもそも基本的に身体強化系のスペルで強化をした上で戦うのが定石らしいこの世界では、刻印共鳴で効果を強めないと目立った効果は出ないかもしれないのだ。
刻印共鳴が発動する組み合わせかは分からないが、もし発動しなくても、最悪一種類だけでも効果が出るはずなので、やるに越したことはない。
最初こそ少年の剣撃をかるくいなしていたノルトラインさんだったが、少年が戦闘に集中するにつれてその剣筋はキレを増し、あっという間にノルトラインさんと対等に渡り合うようになってしまった。
怒りのピークは六秒だと言われている。六秒過ぎれば、怒りの衝動性は収まっていくのだと、以前聞いた事がある。
だったら少年を煽り散らかしてまた怒らせようかとも考えたが、茶々を入れられない雰囲気であった。
時間を稼げば稼ぐほど勝ち目が無くなるが、私がノルトラインさんを援護しようにも、戦闘ド素人が手を出したら逆に迷惑だし、下手したらフレンドリーファイアをしかねない。
どうするべきなんだ、今私に出来ることは何か無いのかと二人の命のやり取りを見ているだけしか出来ない時間は、そう長くなかった。
少年の刀は小太刀程度で、体格の差も相まってリーチは短い。だが、本人の身のこなしと戦闘スタイル、そしてあの確定急所技を繰り出すための直感力を持っているため、間合いに入れば極端に強い。
一方でノルトラインさんは両手でしっかり握って振り回すタイプの大型の剣を使っており、リーチも長く、スペルを併用してとにかく徹底的に相手の間合いに入らせない戦い方をしている。
少年相手に有利に立ち回っていれば完封できるが、間合いに入られるとスペルを発動する前に相手にやられてしまう。
そして、ついに隙を見つけた少年が、身体強化を使って瞬時に間合いに踏み込んだ。
「しまっ――」
ノルトラインさんがそう小さく呟いたのが耳に届く。
まずい、と脳が理解するよりも早く、私は反射的に動いていた。
「何とかなれーッ!」
咄嗟に近くに生えていた木を【複製】し、それをノルトラインさんの目の前に【固定】する。
街路樹とはいえ、居合いで使うような竹入り巻き藁に比べたら倍以上の太さと強度を誇る丸太は、少年の刃をまるごとめり込ませながらも、二つに分かれずにしかと受け止めた。
唐突に目の前に現れた丸太に二人共目を見開いて驚愕し、ほんの数瞬、動きを止める。
重力に従って丸太は地面へと落ち始め、食い込んだ刀の刃が外れる。
ごとん、と丸太が地に着いた。
判断が速かったのは、ノルトラインさんの方だった。
「est aqua mergo ac ligatur!」
詠唱を紡ぎ終えた瞬間、少年の周囲を囲むように水が湧き出す。
反応が遅れた少年は、襲い来る波から逃れようと身体強化をして跳躍するが、波の一部が少年の片足を捕らえ、そこを中心点として少年を引きずり込もうとした。
少年は紫電を迸らせ、捕まっていない方の足で空気を踏む。
だが、その踏ん張っているその隙を見逃すノルトラインさんではなかった。
私は手元の刻印メモを再度【複製】し直した。
「今です!」
ノルトラインさんがそう叫んだと同時に、腕を伸ばし、人差し指と中指を揃えてピストルのような形にして、指先――標準を少年の額に合わせる。
「
刻印が付与されたかどうかは、ぱっと見ではわからなかった。
だが、少年の足下にあった紫電が消え、彼の体がぐらりと揺れる。その細く小さな手から刀が落ちる。
どぷんと音を立てて、水の檻に少年は閉じ込められた。
ノルトラインさんが指先を動かして水を操り、落ちた刀を水牢の外へと排出して少年の手が届かないようにしてから、呼吸が出来るようにか、水量を調整して両手両足を包む程度の量を残して消した。
少年は動かない。先程まで軽快に跳んで跳ねて斬りかかっていたのが嘘みたいに静かになった。
鈍足+束縛+封印の組み合わせは、どうやら刻印共鳴が発動する組み合わせのようだった。
戦闘が終了したという実感が湧かないまま固まっている私に、ノルトラインさんが声をかけてきた。
「お見事な手腕でした、レディ。素晴らしい活躍でしたね」
そのまま自然な動作で頭を撫でてこようとしてきた事に鳥肌が立つような嫌悪感を覚えた私は、石肌の刻印のデメリットで全身が引きつるような痛みを感じるのも構わず、全力でノルトラインさんから距離を取った。
そういうのは二次元だからこそ許されるのであって、好きでもない人からされるのは気持ち悪いとしか言い様がない。イケメンでも許されない事はあるんだよ。
「いやぁ褒めていただけるのは嬉しいんですがレディは止めていただけます? じゃあさっさと少年に――」
手錠なり何なりかけてください、と言いかけたところで、違和感に気付く。
視界の端に映った少年が、ガクガクと体を痙攣させている事に気が付いたのだ。
「えっえっどういうこと!? 一体何が起きたの!?」
ノルトラインさんに聞こえないように、ヘーゼルが私の耳元にこそりと囁く。
「刻印の影響だね。共鳴で効果が増幅された束縛の刻印の影響で、生命活動まで停止しかけているみたいだね。早く解かないと生死に関わるよ」
「それはアカーン! ちょっとノルトラインさんどいて! 少年がヤバい!!」
慌ててノルトラインさんを押しのけて少年へと駆け寄り、鈍足と封印の刻印を【分離】で剥がし、刻印共鳴を解除する。
束縛の刻印は「四肢を動かせなくなる程度」と本に記載されていたが、刻印共鳴で効果が増幅すると生命活動まで束縛するなんて書かれていなかった。
危うく人を、それも子供を殺しかけた事に動揺した私は、先程まで私に襲いかかってきていたということも忘れて、少年の頬を何度も軽く叩いて意識確認を行った。
「モズの早贄少年大丈夫か!? 生きてる!?」
「ゲホッ、ゲホッ……えへへぇ、ねえちゃん来てくれた……」
少年はしばらく苦しそうに咳き込んでいたが、にへらと笑い、ぎこちない動きで頬ずりをする。ぎこちない動きは危うく三途の川を渡りかけたばかりなのと、束縛の刻印の影響だろう。
脈も呼吸も問題無さそうな事を確認したので、とりあえず一安心だと再び少年と距離を取るが、何故か少年はしょんぼりとした顔をした。
死にかけたのを助けたのは事実かも知れないが、知らなかったとはいえ君を殺しかけたのも私だぞ? 意図しないマッチポンプをしでかしたせいか?
「終わりましたか? 危険ですので、早く彼から離れてください」
「それはそうなんですけどあなたと二人になるのもそれはそれで別の身の危険を感じるんですが?」
前門の殺人少年、後門の童顔年上好き男という非常に居づらい空間からさっさと解放されたいという願いがヘーゼルではない神に届いたのか、ようやくジュリアや他の騎士達が駆けつけてきた。
倒れた少年に驚きつつも、ジュリアは騎士達に手早く指示を出した後、安心したような表情で私の元へと来た。
「良かった、怪我は無いみたいだな」
「ぶっつけ本番でしたけど、ちゃんと刻印の効果があったので、何とか無事でした」
「刻印の効果があった? もしかして、少年はあの防壁を破ったというのか?」
「いやまあ無事だったんで……その辺はおいおい話します」
「そう……か。まあ、そうだな。無事で何よりだ。しかし、まさかノルトライン卿と二人でモズを捕らえるとは」
「自分でもまさかこんな展開になるとは思ってませんでしたよ。てかここに待機していたはずの騎士さんはどこに行ったんです?」
「モズの姿を発見して追跡していたらしい。すぐに見失ったため、直接私の元に報告に来た。わざと姿を見せておびき寄せたんだろう」
「あーなるほど、そういうこと――」
「やじゃあ! ねえちゃんと一緒居るぅ! 離せぇ鎧ぃ! ねえちゃぁぁん! うわあぁぁん!」
唐突な少年の大声に驚いてしまい、思わず話を中断して振り向く。どうやら騎士さん達に連行されかけた少年が急に暴れ始めたようだ。
その言葉から、罪に問われるのが嫌だとか怖いからという理由ではなく、ただ単純に私から離れたくないという我が儘らしかった。
全力で暴れているせいか、屈強な騎士さん方も連れて行くに行けないようだ。大人相手ならば気絶でもさせて連行できるだろうが、相手が子供だからか、あまり乱暴な手を使いたくないと感じているらしく、困ったようにざわついていた。
「な、なんかいきなり年相応の子供になってません? めっちゃギャン泣きしてるんだけど……」
「両手は君の刻印のおかげで拘束出来ているし、抵抗されても子供の癇癪程度で済むが……落ち着くまで少し待った方が良さそうだな」
そうだ、と思い出したようにジュリアは続ける。
「確かトワは、刻印を自由に付け外しが出来るんだろう? 拘束に別の刻印が必要になる可能性もあるから、出来ればこの後も手伝いを頼みたいんだが、構わないか?」
「ああ、はいはい。そういうことならご協力しますよ」
「それともう一つ。君には今から、ある選択をしてもらわなければならない」
「選択? 何を?」
珍しくジュリアは少し言い淀む。
数拍の間を置いて、彼女は言った。
「奴を生かすか、殺すかだ」
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