3 金に釣られて世界救済

「一番重要な原因なんですけど、私は自己投影系最強設定チーレム夢小説が地雷なんです」

「自己投影系最強設定チーレム夢小説」


 宇宙を背後に背負った毛玉をよそに、私は続ける。


「いやね、別に他人がそういうの書いて読んでいるのは良いんですよ。好きな人はそれが好きなんだから大いに楽しめば良いし、よそはよそ、うちはうちなので。人の好きな物に文句を付ける権利なんて他人には無いですから。そもそも私は夢も好きですし。ただ、自分が・・・自己投影して書いたり自己投影しつつ読むのが無理で……そもそも創作物のキャラクターを『これ自分がモデルなの?』とか言われたら、ブチ切れた挙げ句にそんなこと言いやがった奴を殴り倒したくなるくらいには地雷なので……私は主人公及びキャラクター≠自分過激派に所属してるんで……」

「最強設定が苦手な理由は?」

「最強設定だけなら、単純にあんまり性癖に刺さらないだけで済みますね。ただね……自己投影と組み合わさるとね……他の自己投影系のやつより心が抉られてしまってね……共感性羞恥的なアレで……チーレムもね、チートと言うよりハーレム要素がね、キャラが無条件に主人公に惚れるご都合主義がどうにも気になっちゃってね……若い頃はそんなの気にしなかったのにね……」

「つまるところ、心理的な問題なんだね」

「そういうことです。それにこっちじゃ今居る沼のオタ活が出来ないのもマイナスポイントですし、そもそも戦うってことは死と直面する訳ですけど、私はまだ死にたくないんで戦場には出たくないっていうのも……あっこれさっきので最後じゃないわ。考えれば考えるほど問題点が浮上するやんけ」


 毛玉はしばらく考え込む。どう私を言いくるめるか考えているのだろう。

 そうして沈黙すること体感約十秒。毛玉は何かを閃いたようにピンと尻尾を立てた。


「そうだね、それじゃあこうしよう。僕は君に世界救済を依頼する。君は仕事として世界救済を行い、任務完了したら納得がいく条件の報酬を受け取り、元の時代、元の時間に帰還する。もちろん君が無事依頼をこなせるようにこちらも支援するよ」

「業務委託って感じですかね」

「そう捉えてもらって構わないよ。仕事として契約を交わすのであれば合意の上の召喚ということになるから、拉致ではなくなるよね。事後承諾になってしまうのは申し訳ないけれど」

「まあ、そうなりますね」


 そういう切り口で来るのか。

 この自称神、思った以上に人間っぽい考え方をするらしい。


 確かに報酬があるのなら、報酬にもよるけれど、私も開口一番「嫌です」とは言わない。こうして人間っぽく交渉してくるのなら、交渉の余地もある。

 私に有利な条件を押しつけて、条件を飲まないと世界救済なんて絶対しないと言い張って、嫌でも私にとっての有利条件を飲ませることも出来るかもしれない。


 この状況が夢ではないと納得させられた今、嫌だとゴネまくって帰るより、条件次第では腹を括って勇者業を請け負ったが得になる可能性も考えた方が良いだろう。

 受けるにしてもそうでないにしても、ここは合理的に、打算的に考えるべきだ。


「それと、最強設定が好きじゃない君としては不服だろうけれど、君に死なれたら僕も困るから、いわゆるチート能力は付与させてもらうよ。必要最低限には抑えるけれど」

「まー折角引き抜いた人員に死なれたら困るってのは理解出来ますけども……」

「とりあえずは貸し与える力は言語変換と、……僕の権能の一部を共有するくらいにしよう」

「権能ってだけでかなりチートになりそうなんですがそれは」

「なに、そんなに大した力じゃないよ。世界の異物を取り除くために必要不可欠な【分離】と【消去】の力を……いや、万が一の時に生き返ることが出来るよう、【記録】と【複製】、【固定】の力もかな」

「蘇りってだけで相当チートじゃん……まあ死なれて困るなら当然の保険能力だろうし、そもそも私も死にたくないから、チートだけどこれは素直に喜ぶべき事、か?」


 死んで全ておじゃんパターンを考えていたが、そうならない保険があるというのは嬉しい。痛いのは嫌いだから出来る限り死なないよう立ち回ることが前提となるけれど、保険はあればあるほどいい。


 でもチート能力持ちになるのは複雑だ。最強主人公=自分は解釈違いです。


 だが、そこは大人の対応。

 つまりは諦観! 仕方の無いこととして割り切るべし!

 そもそも私はフォロワーから頼まれて参加したオメガバースアンソロジーで、解釈違いなΩ×αのえっちな小説を書き切った身。この程度の地雷なら、虚無の心でスルー出来るのだ。


「そうだ。もしもなんですけど、ネット小説によくある【ステータス】って唱えるとゲーム画面みたいなスクリーンが出る系の能力がある場合は、無しでお願い出来ますかね。ステータスに限らずああいうタイプのやつ、個人的になんか一気に萎えちゃうんで……」

「分かりやすくて便利だと思うんだけど……まあ、そう言うなら無しにしておこう」

「でも無限アイテムボックスは欲しい。アレ便利だし」

「君、結構無遠慮に要求してくるね?」

「そっちから持ちかけた交渉なんで。交渉される側の私は、うざってえ姑の如く相手の粗を探し、自分に有利な提案を押しつける権利があります」

「肝が据わっているねぇ」


 毛玉はそう言うが、正直な所、この現実離れした展開に、未だに現実味を感じていないだけなのかもしれない。

 ネット小説の導入っぽいと言うか、プレイヤーに問いかける系のゲームのプロローグっぽいと言うか。

 とにかく、ライトノベルの始まりのような状況なのだ。白昼夢を見ているような、どこか夢心地な気になってしまっているのかもしれない。

 だから、おおよそ神とは思えない姿をしているとはいえ、神の言葉を信用しないどころか、我ながら図々しい態度でにべもなく断ったり、割と横暴な要求をしているのだろう。


 実際、夢であってくれたら嬉しいのだが。

 仕事に行かなきゃならないし、二次創作小説コンテストの結果だって気になるし、鍵垢引用RT粘着クソ地雷推し野郎との示談交渉も間近に迫っているのだ。早く帰りたい。


「アイテムボックスとはちょっと違うけれど、僕の権能である【分離】と【固定】を併用すれば代用出来るよ。世界から【分離】をすれば、分離したものは世界の狭間に移動するし、分離したものの時間を【固定】すれば食べ物は腐らないし、物品は破損したり劣化しない」

「へー、権能をうまく使えばそんなことも出来るんですね」

「創作物でもよくあるだろう? どんな力も、要は使いようだ。例えばほら、こんな風に」


 自称神の額にある金色の石がキラリと光る。すると、何も無い空中に宇宙のような空間が現れる。

 ちょいちょいと短い手を招き猫のように動かすと、そこから包装紙に包まれた何かが出てきたではないか。

 ふよふよと宙に浮いていた二つの何かはそれぞれ、私と毛玉の前に落ちた。拾ってみると、ほんのりとした温かさと、香ばしいパンの匂いを感じた。


「まんまアイテムボックス系のそれだ……というかこれ何です?」

「食べるかい? 僕の気に入っている店のフォカッチャサンドでね、プロシュートとレタスだけのシンプルなサンドイッチなんだけど、これがまた美味しいんだ」


 ぐぅーっ、と腹が鳴る。

 そういえば、昨夜帰宅してから何も食べていない。栄養ドリンクのゲロ甘さで腹を誤魔化していたが、その栄養ドリンクを口にしなくなって数十分は経過しているため、口の中にあの甘ったるさも残っていない。いい加減腹減ったんじゃ飯を寄越せと腹の虫が騒ぐのも仕方の無いことだろう。


「自称神にしては随分と俗っぽい味覚をお持ちで……ありがたくいただきます」

「色んな時代の料理を食べるのが最近のマイブームでね。人間がこだわり抜いた料理というものは実に面白い。ああ、缶コーヒーか紙パックのカフェオレならあるけど、要るかい?」

「あ、んじゃあカフェオレで」


 包装紙を開いてフォカッチャサンドにかじりつく。


 フォカッチャは小麦の香りが香ばしく、ほんのり香るオリーブオイルの匂いと合わさり食欲をそそる。

 普通のパンより密度が高くモッチリとした食感で、生ハムのしょっぱさがフォカッチャの甘みと調和し、パリッとしたレタスは控えめな味わいでメインである生ハムのとろけた脂身の旨みや肉本来の味を引き立てている。食感がプラスされるのも良い。

 そして全体をオリーブオイルの風味がまったりさせ過ぎず、さっぱりさせ過ぎず、丁度良いバランスに仕立て上げている。


 これは美味い。シンプルだからこそ良い。神が認めて然るべき美味さ。

 これはコーヒー系の飲み物と一緒に食べたいやつだ。なるほど、だから毛玉はコーヒーやカフェオレを勧めてきたのか。


 美味くてシャレオツなブレックファースト。うーん、素晴らしい。

 こんな森の中でなければもっと素晴らしかった。


 どうやらチンチラモドキ達にもこのフォカッチャサンドは好評らしく、にーにーなうなう言いながら、自称神と一緒に群がって食べている。途中、おデブ毛玉が独り占めしようとして、自称神から謎の力で引き剥がさて宙に浮かされてお預けをくらっていた。

 今更だが、あの念力的なやつも神様パワー的な何かなのだろうか。


「ところで勇者業についてなんですけどね、色々と好条件を出していただいているのは分かるんですよ。でも現状、引き受けるには正直ねぇ……他の異世界召喚願望のある人を探した方が良いと思いますよ」

「成功した暁には報酬金として、君が死ぬまで毎月50万非課税を君の口座に振り込むよ」

「やります! やらせて下さいお願いします!!」

「現金だねぇ」


 だって手取り月50万だよ!?

 余裕で私の手取りの倍以上はあるし、もし仕事辞めても諸々の税金、車の維持費と車検費用、その他家賃生活費を支払いつつ、多少贅沢しても普通に暮らしていける金額で、それを死ぬまで毎月ずっともらえるんだよ!?

 こんなハイリターンな案件、受けるしかないでしょ! 掌の代わりに畳だってひっくり返すよこんなん!


「金は人を幸せにしますからね! 働かなくてもそこそこ贅沢したり結構な貯金して生きていける金額を毎月もらえるなんて素晴らしい……! 夢の年収600万……向こう五十年生きると考えても老後の心配が一切無い3億……!」

「そういえば、一般的な人間社会の給与にはボーナスという文化があったね。じゃあ六月と十二月に、ボーナスとして100万追加で振り込もうか」

「素晴らしい。最高。ありがとうございます神様!」

「無事に達成出来たらの話だからね?」

「命に代えても世界の敵をぶち転がしてみせましょう!」

「死んでも生き返るから命に代えられないけどね」


 戦うのも怖いし面倒だし嫌だけど、勇者業を無事こなせば、元の世界、それも召喚された直後くらいの時間帯に帰れる。

 それも、よっぽど贅沢しなければ一生暮らしていける保証付きで。


 やるしかない。そう決意を固めた私は、やる気に満ちた拳にぎゅっと力を込めた。


「そうそう、それと病気のリスクに関する問題。アレも忘れないうちに対策しておかないと」

「おお! 忘れぬうちにしっかり仕事をこなす姿勢、流石神様!」

「そもそも君の体内にはモルド体が存在しないから、肉体を再構成する必要もあったからね」


 不意に毛玉から出た言葉に疑問が浮かぶ。ぎらりと粘ついた光を帯び始めた額の金色の石に嫌な予感を感じながら、私はストップをかけるべく声を出す。


「ちょっと待って? 肉体を再構成って何――」


 瞬間、内臓の全てが風船みたいに膨らむような感覚に襲われて言葉が詰まった。


 血液が溶岩になったように熱くて痛くて、激痛が毛細血管の一つ残らず隅々まで満ちていく。皮膚がチーズのように溶けてべろりと剥ける。肉と骨がめくれて裏返る。

 叫ぶ事すら出来ない激痛を最後に、私の意識は途切れた。

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