幕間 雪女 降
久保はふらつきながらアトリエにやってきた。
高校に程近いこの場所は久保の父親が生前使っていた場所だ。
まだ手放さないでいてよかったと思った。
ここは、静かだ。
中に葛西の死体が横たわっている。
警察の捜査が入る前に駒澤の家で久保が回収してきたものだ。
人間とはこんなに重いものかと思った。
途中までは自分で運んだが、車でここまで来るのには裏の世界の業者に頼んだ。
アトリエに運ぶのは自分でやった。
できるだけ長い間触れていたかった。他人の手に触れさせたくなかったのかもしれない。
葛西を殺したのは駒澤の娘、戸坂だろう。
どうやって罠を張ったかはわからないが葛西は油断していた所をクロスボウで撃ち抜かれていた。即死だったようだ。
美術室に呼び出した時点で戸坂を殺しておくべきだったかとも思ったが、復讐はわりには合わないと葛西なら言う気がして逃した。
その通りかもしれないなと思う。
ここに来るだけでも思ったより消耗してしまった。
「葛西……」
絶命している葛西の額に口づける。
氷のように冷たい。
前は自分の方が冷たい手をしていると言われたのに、と失笑する。
人形に命を吹きこむときに額に口づける風習があるとどこかで聞いた。
「私より先に死なないでくださいと言ったのに。約束を破ったあなたを私は嫌いになるべきなのかもしれませんね」
けれど、と言う。
あの日あなたが言ってくれたように。
「今までありがとうございます。好きですよ」
アトリエの床に可燃性の液体を満遍なくまいていく。
このにおいは嫌いだ。でもじきに気にならなくなるだろうと思う。
マッチをする。
揺れる炎は綺麗だ。
床に投げると息をするように勢いをつけて燃え上がった。赤い舌が地を舐めるように広がっていく。
「……綺麗ですね」
誰に言うともなくそう言う。
松岡は遠くからアトリエを見ていた。
なんとなくここだろうとあたりはつけていたが別に止める理由もないだろうと考えて声はかけなかった。
空を焼きつくさんばかりに、全てを浄化するように火は美しく燃えている。
紅蓮の炎に包まれて。
氷の微笑を浮かべる美人の最期としては相応しい気がした。
煙草をふかし、公共の灰皿に入れる。
調査書を炎に投げこむと焼け落ちる。
灰になっていくそれを見て思わずにはいられなかった。
今回、自分にこの仕事を回したのはおそらく。
いや、言わずが花か。
つくづく身内に甘いな。
確かにこれは坊ちゃんにやらせたくないか。
松岡はアトリエに背を向け夜の道を歩いていく。
しばらくすると闇に溶け姿は見えなくなった。
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