幕間 雪女-3

 ある高校で女子生徒の飛び降り自殺があった。

 すぐに地元のニュースに載り、マスコミからの取材や緊急の全校集会で数日は全校でザワついていたがそれが過ぎると混乱や興奮は徐々に収束されつつあった。

 どんな出来事もいずれは終わりを告げられ、手続きが終了した後は起こった『事実』がただの噂であったように立ち消えしていく。さらに数か月後には数人の関係者だけが思い出すようになり、数年後にはそれも消えるだろう。

 まるで、何もなかったかのように。

 しばらく休んでいて学校に久しぶりに出てきた中原なかはらは下校の時間に校門でしばらく待機し、待っていた女生徒が出てきたところで声をかけた。


戸坂とさか、一つ聞きたいんだけど」

「なに」


 中原は迷う素振りを見せたが、黙っている時間がもったいないと思ったのか意を決して言う。


「あの時、戸坂は上から降りてきただろ。そのもしかしてさ」

「あの時って」

「……美術部のやつが飛び降りた時だよ」


 女生徒は普段は目立たない人間だったが、数日前に美術コンクールの授賞式を校内でやっていたことから中原はその顔と美術部に所属していることは知っていた。

 確か小野という名前だったと中原は記憶している。周りの女生徒からは「サヤカ」と呼ばれていたのでそれが名前なのだろう。どんな漢字を書くかは知らないが。


「私は、何もやっていない」


 ドキリとした。聞きにくいことなので中原は無意識に顔を背けていたが戸坂の顔を思わず凝視する。

 いつも通り動きの少ないその表情からは何も読み取ることができなかった。


「そう言えば満足?」

「いや、違う。戸坂を疑っているわけじゃない」


 中原は自分の失言に後悔した。

 これじゃ疑っていると言っているのも同然じゃないか。


「俺が言いたいのは、もしかして学校の中に……」

「もうその話はやめて」


 そう言って足早に戸坂はその場を去っていく。


「……なんだよ」

 自分は正直戸坂を心配していただけなのだ。

 それだけのことが伝わらないのがもどかしい。




「芸術家先生の情報はっと」


 久保のことが載った冊子を松岡は取り出した。


「『久保くぼれい。美術家。国内の美術選で多数の受賞歴あり。専門は精巧な人形作品。商用の作品は全てオーダーメイドで作成され、注文を受けてから材料を発注する。現在は美術家としての活動を続けながら高校の非常勤講師をしている』」


 口に出して読み上げてから、『氷の微笑』というキャプションがついた写真を見て失笑する。

 有りがちな表現の気もするが実物を見た後では言い得て妙だなと思った。


 そして別の資料を取り出す。

 こちらは飾り立てられた冊子に比べてただ無機質に事務的な文字がひたすら並んでいる。


「父親が典型的なアル中で子供の時に虐待が原因で保護経験あり、とあるな。父親も有名な人形師だったのか」


 へえ、と思う。 


「鳶が鷹を産んだな」


 芸術の巧拙なんてものはないだろうが、松岡が見る限りでは久保怜の作品の方が父親より美しく見えた。


「母親のほうは産んだきりで仕事が忙しいことを口実にしてろくに家に帰らなかった、と。つまり、イカれた親父と二人きりのことが多かったのか」


 それで人形作りに没頭し出したのかと思った。


「さて奴さんがしでかしたことは……。多分殺人だな、うん」


 物騒なことを何でもない口調で言う。

 多分ということは詳しい罪までは分からないからである。

 地獄で行われるのは基本的に罪に対する罰だけである。

 それ以前に調査するのは地獄行きかどうか見極めるためだ。これは事前に役人が調査しなければならない。

 効率が悪い気がするが仕事なら仕方ない。


「被害者も無差別に見えて何か法則があるような気がしてならねえんだが。全員同じ年頃ってだけでなあ」


 資料を端から端まで読みこむ。

 何度も何度も続けて同じ文でも考えながら。


「どいつも大体……、いや全員二十代だな。性別は全員女。最初は暴行目的かと思ったが全員外傷は無く、性交の形跡も無し、体形も大体同じくらい……、それが条件か」


 ぶつぶつと言ってから資料を放り出した


「どういうことなんだろうな」


 あの細腕で人を殺すようには見えないが。まあ人は見かけによらずとはいうがその上、体が不自由だ。

 でも、昨日会った男でその謎が半分氷解した気がした。

 どんな利害関係があるのかは知らないがあの男に殺人を手伝わせているのではないか。

 そうすると地獄行きの人間は二人か。仕事が増える。


「しかし世も末だな。若い姉ちゃんばっか殺されて犯人もまだわからないときてる。だが、今に始まったことじゃねえ。今日もどこかで誰かが死んでいる」


 地獄の使者にしては感情的になっちまったなと思う。

 公園のベンチで缶コーヒーをちびちび飲む。

 寒いがこの方が頭が冴える。と松岡は自分では思っている。


「周辺調査でもしますかね」


 どっこらしょっと立ち上がる。

 ゴミ箱に空の缶コーヒーを投げ入れた。

 ガコン、と一発で入る。


「ナイスシュート」


 松岡は一人でガッツポーズをした。



 

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