第27話

「逃げたか」

 そう言って、突然大輔の隣に現れた皇真琴すめらぎまことには、強い妖気の残滓ざんしを確認することが出来た。そして、煋蘭せいらんの方へ振り返ると、

瑞光ずいこう、煋蘭を連れて帰れ」

 と一言言った。大輔が振り返ると、そこには瑞光と水瀬春奈みなせはるなが来ていた。

「御意」

 瑞光は短く答えて、夜鬼よきから煋蘭の身体を受け取ると、水瀬春奈と共に縮地しゅくちの術で屋敷へ帰って行った。あまりの手際の良さに呆気に取られて見ていた大輔に、

「あれは何者だ?」

 と真琴が尋ねた。

「え? あの上級の妖ですか? 俺は知らないけど、どうやら、高円広夜たかまどのひろやの知り合いらしい。俺たちに敵意を向けて来なかったから、悪い奴じゃないとは思うけど?」

 と大輔は答えた。

「そうか。何か思い出したら報告しろ」

 真琴はそう言って、縮地の術で帰って行った。

「え? 俺も連れてってくれればいいのに? 置いて行くなんて」

 大輔はそうぼやいて、

「俺たちは歩いて帰ろうな」

 と夜鬼に向かって言った。

『はい』

 夜鬼は薄く笑みを浮かべて返事をした。二人が並んで帰途に着きながら大輔は夜鬼に聞いた。

「お前、さっきの妖の事は知っているのか?」

『はい』

「それじゃあ、何でおじいちゃんに説明しなかったんだ?」

『あの者に説明する必要はありません』

「いや、いや。俺がおじいちゃんに説明する必要があるんだよ。さっき聞いていただろう? 何か分かったら報告しろって言われてるんだよ」

『はい。あなたが知りたいのであれば、あなたにお話しします。あの妖の何を知りたいのでしょうか?』

 と夜鬼が聞く。

「そうだな?」

 大輔は夜鬼に質問されて、一体何を聞けばいいのか考えた。真琴が妖のどんな情報を欲しがっているのか分からない事と、それを知って、真琴はどうするつもりかも分からない。あの妖に悪意はないと大輔には分かっていた。もし、真琴が妖を滅しようとしているのなら、それは大輔の望む事ではなかった。初めて会う妖だが、大輔には、まるで古い友人に会ったかのような懐かしささえ感じていたのだった。それはきっと、高円広夜の遠い記憶の中に刻み込まれた大切な想い出が残っているからなのだろうと大輔は思った。

「なあ、あの妖は高円広夜の友達か?」

『はい』

「大切な存在って事だよな?」

『はい』

「それじゃあさ、俺はあれの事、何も知らない方がいいかもな? 何か知ったら、俺はおじいちゃんに報告しなくちゃならないから」

『はい』

「お前、俺の話、ちゃんと聞いてる?」

『はい、聞いています。あなたがあの妖の事を知らなければ、報告のしようもありません。知らないままでも良いかと思います』

 と夜鬼が答えた。

「そっか。分かった。ありがとう。高円広夜の大切な友人だという事だけは知ったからな、報告しなくちゃならないけど、他は知らないから答えようもないな。お前もこれ以上、あの妖の事を俺に教えなくてもいいよ」

『はい』

 夜鬼は答えて、淋しそうに薄く笑った。


 屋敷へ帰ると、大輔は煋蘭のことが気になり、彼女の部屋の前まで行き、声を掛けようか迷っていると、

「どうしたのだ?」

 と煋蘭が急に障子を開けて大輔に尋ねた。

「おっ、びっくりした! あのさ、煋蘭ちゃん大丈夫かなって」

 大輔がしどろもどろで言うと、

「大丈夫だ。強い妖気に当てられ気を失うとは不甲斐ない。己の未熟さを思い知った」

 と煋蘭は悔し気に言った。

「いや、いや。あの妖気は半端ない。仕方ないよ」

 と大輔が慰めるように言うと、

「お前は何ともなかったではないか」

 と悔しそうに反論した。

「いや、だってさ。俺、仮にも始祖だったんだから。比べるのは違うよ」

 大輔が何を言っても、煋蘭の表情は緩む事はなかった。相当、悔しかったのだろう。

「煋蘭ちゃんが大丈夫ならいいよ。心配だったんだ」

 と大輔は素直な気持ちを言って、

「俺、風呂に入るけど、煋蘭ちゃん一緒に行く?」

 と誘うと、

「そうだな」

 と煋蘭は答えて、風呂の支度をした。大輔も部屋へ戻り、風呂の支度を持って、一緒に風呂に向かった。

「お前は、あの妖が何者か知っているのか?」

 廊下を並んで歩きながら、煋蘭が大輔に聞いた。

「おう。高円広夜の友達だってさ。夜鬼が教えてくれた。それ以外は知らない」

「そうか。退治の対象ではないのだな?」

「う~ん。それは分からないけど、俺たちに対して悪意は全くないのは分かっている。だから敵じゃない。だけど、人の命を奪っていたら、退治の対象になるんだろう?」

 大輔が心配そうに聞くと、

「そうだ。人の命を奪う者に情をかけるなよ。我らは妖祓師あやかしはらいしなのだからな」

 と煋蘭は厳しく答えた。


 その後、風呂場で汗を流し、二人は並んで湯船に浸かった。まるで長年連れ添った夫婦の様に、淫らな考えは微塵もなく、ゆったりと穏やかに、その日の疲れを癒したのだった。

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