第6話

 翌朝、大輔だいすけ煋蘭せいらんに起こされる前に布団を畳み、片付けて正座して待っていた。


 障子が急に開けられ、

「起きていたのか」

 煋蘭がそう言って、着物を手に持って入って来た。

「着替えだ。服を脱げ」

「おう」

 大輔は喜んで服を脱いだ。

(煋蘭ちゃんが毎朝、俺の着替えを手伝ってくれるなんて、嬉しすぎる~)

「着物ぐらい自分で着られるようにしろ!」

 煋蘭はそう言いながらも、甲斐甲斐しく着付けている。大輔はそんな煋蘭を見ながらニヤけ顔だ。


「行くぞ」

 これから煋蘭と朝の鍛錬だった。

「夕べのあやかし退治は、まあまあだったな。これからは、お前が私の相棒だ。妖退治は二人一組で行う。お互いの信頼が大切だ」

「おう、よろしくな」

「では、始める」

 そう言って、煋蘭は大輔に波動を放った。空気がビリビリと振動し大輔を襲った。受けの構えを取ったが、受け止めきれずに後方へ飛ばされた。

「もっと集中しろ。お前の能力は高い。自信を持て」

「え? そうなの? 俺、がんばれば煋蘭ちゃんより強くなれる?」

「その素質は大いにある。お前の潜在能力は私より高い。力の使い方を覚えろ」

(まじか~。俺、煋蘭ちゃんより強くなったら、伴侶にしてもらえるんだよな? 俄然やる気が湧いてきたぜ)

「おう!」

 大輔は立ち上がり、煋蘭に向かって突進した。蹴りに拳と連続攻撃も、虚しく空を切った。

「遅い! もっと速く。大振りになるな! 脇を閉めろ! 雑になるな!」

 煋蘭は今までにないほど熱意のこもった助言だった。大輔も雑念を排除し、熱心にそれに応えた。煋蘭の攻撃は徐々にヒートアップしていき、大輔はボロ雑巾のように滅多打ちにされて終わった。


 今回は煋蘭の介抱もなく、

「己の傷は己で治癒しろ」

 とその場に捨て置かれたのだった。

(それはないよ~。煋蘭ちゃん、俺、相棒だよな?)

 声も出ない大輔は心の声で訴えたが、颯爽とその場を後にする煋蘭の後ろ姿が遠ざかっていった。仕方なく、大輔は気を集中して自己治癒を試みた。しかし雑念が多すぎて治癒も出来ずにそのまま気を失った。


 大輔が気を取り戻すと、布団の上に寝ていた。

「あれ?」

 起き上がると、傷は癒えていて、着替えもしていた。

「煋蘭ちゃん、あんな風に突き放しておきながら、結局、俺の世話をしてくれたんじゃないか」

 大輔が独り言を言ってニヤけているところへ煋蘭が来て、

「何を妄想している? お前を介抱したのは家人の者だ」

 そう言って、庭の手入れをしている男を振り返った。

(え? 俺、あのおじさんに介抱されたの?)

 大輔がその男へ目を向けると、男は視線に気づき、大輔に向かって会釈した。男が大輔を介抱したのは、庭に捨て置かれた大輔が邪魔だったからだろう。汚いまま布団に寝かせられないから綺麗にしてくれたのかもしれないと、大輔は考えたが、そこで疑問が沸いた。

(ん? まてよ? 俺を庭から部屋へ運び、服を着替えさせて、身体の汚れを拭いてくれたとしても、傷の治癒は誰がしてくれたんだ?)

「朝食だ」

 煋蘭は大輔の心の声が聞こえているはずだが、その疑問には答えず、一言言って部屋をあとにした。大輔はひとまず朝食を平らげて、

「やっぱり、煋蘭ちゃんが介抱してくれたのかもな。それを認めるの恥ずかしいんだろう。可愛いとこあるじゃないか」

 またそんな風に考えていると、顔がニヤけてきた大輔だった。


 朝食の膳を片付けに厨へ行き、

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

 と家人の女性に手渡すと、

「こちらこそ、ありがとうございます。いつもここまで持ってきていただいて」

 と逆にお礼を言ってきた。大輔は煋蘭に片付けるよう言われて持って来ているのだが、すめらぎの者は自分で片付けはしないのだろう。

 部屋へ戻って休んでいると、開け放した障子に小さな人影が見えた。そして、そっと大輔の様子を窺うように顔を出した。

「入っていいよ」

 大輔が声をかけると、煋蘭の妹は遠慮がちに入って来て、大輔の前にちょこんと座った。

(煋蘭ちゃんに似てかわいいなぁ。きっと小さい時の煋蘭ちゃんもこんな感じだったのかも?)

「あの、大輔さん。お怪我は大丈夫ですか?」

 妹は心配顔で尋ねた。

「ああ、全然大丈夫! 煋蘭ちゃんが治癒してくれたみたいだし」

 と大輔が答えると、妹はきょとんとした顔をして、言い難そうに、

「義替え、清拭、治癒は全て家人の者がやりました。姉上は男性の身体に直接触れることはありません。嫁入り前ですから」

 と言う。

「え? あの庭を手入れしているおじさん、治癒も出来るの?」

 大輔が聞くと、

「はい。この屋敷には力を持たぬ者はいません。家人はこの家を守る役目を務めています」

 と妹が答えた。

「煋蘭ちゃん、俺の身体に触れちゃ駄目なの?」

「はい」

 大輔の質問に妹が答えた。

(でも、一緒に風呂に入ったし、着替えも手伝ってくれているのに?)

「え? まさかそんな事を姉上が?」

 妹が驚いていると、

桃華ももか、下がりなさい」

 煋蘭がそう言って、部屋へ入って来た。

「はい」

 妹の桃華は素直に返事をして、大輔の部屋を出て行った。

「お前、妹を部屋に入れるな」

 煋蘭は不機嫌そうに言った。

「なんでだよ? 別に構わないじゃない。煋蘭ちゃんの妹なんだし?」

 大輔が抗議すると、

「お前はまかりなりにも、私の伴侶の候補なのだ。私以外の異性は部屋へ入れてはならぬ。例え私の妹でもな」

 と答えた。

「え? そうなの? 俺、煋蘭ちゃんの伴侶候補として認めて貰えているの?」

 大輔が嬉しそうに聞くと、

「当り前だ。他に候補はいない。だから、お前は私より強くならなければならない。そうでなければ他の者に示しがつかぬ。厳しい修行に耐えて強くなれ。もう動けるだろう? 鍛錬の続きをやるから庭へ出ろ」

 煋蘭はそう言って、先に庭へ出た。常に冷淡で非情な態度を取る煋蘭だが、大輔を皆が認める存在にするためだったのだろう。そう思うと、大輔は胸が熱くなり、

「おう! 強くなってみせるぜ!」

 そう張り切って庭へ出たが、数時間後には厳しい修行の末、ボコボコの滅多打ちにされたのだった。

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