第14話 イクリプス
そうして
「くそ……なにがどうなってる……」
「さて、どうなってるのかしらね」
「まあ、ひとつだけ確かなのは」
「私
彼の正面と左右、三人の
薬によって認知機能が低下している上に、自身の根城で油断しきった彼の夢は、無防備そのもの。
他者の夢の内側に入れ子のように夢を潜り込ませるのが
──
「……魔女め……だが忘れるな、画像データは俺の手の内にある……」
この状況でも、引きつった笑みを浮かべながら優位を主張する。見上げた
「じゃあ、それを保存してるパソコンのログインパスワードを教えて?」
「ばかな、教えるものか。……そうだ。もし俺に何かあれば、明日には画像データが自動投稿で全世界に公開されるぞ。解除できるのは俺だけ──」
露骨な嘘の匂いが鼻につきます。
データ公開の話はどうせいま思いついたのでしょうけど、万に一つの可能性がある以上、彼女たちの尊厳は守らねば。
わたしはアンティーク椅子から立ち上がって、御堂の正面に立っていた
「いいから、お、し、え、て」
そして囁きながら
「クッ……!」
目を逸らそうとする彼の顔面を、左と右のわたしの手が挟み込むように
──
「……言わないッ……俺は
わたしの瞳の深淵に見入り、魅入られながら、いまだ抵抗する凄まじい執着心。けれども
『パスワードは“
恥ずかしい文字列を甲高い声で朗々と読みあげたのは、彼の右の頬に斜めに開いた第二の口でした。
「……なんだ、これ……」
「フフ、いい子ね。それでぜんぶ?」
『ログインもメールもSNSもぜんぶ同じパスワード。あと自動投稿の話は大嘘だ』
「やめろ、嘘だっ……いや、嘘じゃなくてっ……」
混乱する彼の目の前で
「さあ、もうあなたにアドバンテージはない。あとは報いを受けてもらうだけ」
右の翼の刃のごとき尖端を、喉元に突き付ける。
彼の口から「ひッ」と息が漏れた。たとえ悪夢の中かも知れないと思えていても、確信を得られなければ死への本能的恐怖が失われることはない。
「待てまて待ってくれ! 聞いてくれ!」
降参だとばかりに両手を挙げ、必死に懇願しはじめます。
「悪いのは俺じゃないんだ、どんなに良い絵を描いてもコネと金のあるやつらに勝てない、この世の中だ!」
嘘の匂いはしないから、それは彼の本心なのでしょう。本当にそういう世界なのかも知れないし、己の力不足を転嫁しているだけかも知れない。
でも、そんなことはどうでもいい。
「──だからコネを作るために綾さんたちを利用した? あなたにとってのミューズって、そういう意味なんですね」
聖条院女学館の生徒という最高級の餌で
彼女たちの身も心も、モノにように踏み台にして。
──
「まってくれ! そうだ、きみの友達の坂田には、何かを強制したことはない!」
「本当ですか?」
「そうしてくれたら嬉しいと伝えたら、自主的にやってくれたんだ!」
「それ以上の強要はしてないと?」
「ない! 本当にそれだけだ!」
「──本当に?」
たちこめ出した嘘の匂いに呆れつつ、私は問いかける。
『これは、
彼の頬に、再び真実の口が開いた。
『俺が夢を叶えるためにどうしても必要なことなんだ。それでも無理なのか?』
「やめろッ!」
自分の頬を平手打ちする勢いで、その口をふさぐけれど、こんどは額に開いた別の口が言葉を継ぐ。
『わかった、無理しなくていい。この件は
これ以上、聞く
「それでは、御堂先生──」
翼刃が黒い旋風と化して一閃する。続いて、ぼとりぼとりと何かが二つ足下に落ちる音。
「あ……あァッ……!? 手がッ!? これじゃ絵がッ……」
商売道具を失ってわななく彼の、小綺麗にセットされた茶髪を片手で鷲掴みにし、ぐいと持ち上げ絶望の表情を覗き込んで──私は微笑とともに
「
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