今日も俺は異世界で火を焚べる
藤白ぺるか
第1章
第1話 火を焚べる男
陽の光が遮られる深い森の中、ガサガサと草木を掻き分ける音がする。
次の瞬間には四方から三メートルほどの体躯を持つ豚顔の魔物——オークが槍や斧のような武器を持って襲いかかる。
俺は腰に携えた二振りの湾刀——ククリナイフを鞘から抜き取り、一番近いオークへと迫る。
振り下ろされる攻撃を躱し、懐に入ると刃渡り50センチほどの湾刀を振り上げオークの腕をバターのように軽々と斬り落とす。続く二撃目でもう片方の腕も刈り取ると、そのまま背中に回り込み首を斬り落として一体を仕留める。
自分たちが攻撃する前に倒れた仲間の姿を目撃した三体のオークは、湾刀から滴る血を見て後ずさる。
数分後、そこには四体のオークの死体が転がっていた。
◇ ◇ ◇
前世で愛用していたキャンプ用のナイフ。刃渡りが短めの武器が好きなのはこのせいだ。
武器を二振りにしたのは、盾は自分には似合わない気がしたのと、なんとなく双刀のほうがかっこよく思えたから。確かに俺は多少なりアニメやラノベの知識はあるが、厨二病ではない……はずだ。
先程倒したばかりのオークの肉を切って食べられる部位に食中毒が起きないよう聖水をかけ浄化を済ませる。拾って集めた石を敷き詰め作ったのは即席の囲炉裏。
なるべく魔力を使わないように葉っぱや小枝を拾い集め、着火用に持ってきていた鉄の筒を取り出しナイフで削る。
そうして火花を散らし小枝に火が移り焚き火を作ると、その上に置いた折りたたみ式のフライパンに肉を並べる。塩と香草をすり潰したものまぶし、しばらく加熱してから裏返す。小型ナイフで中に切り込みを入れ、焼けたのを確認。
肉を切り分けるとナイフで肉の中心をぶっ刺し熱々の状態のまま口に運んだ。
火傷するような熱さの肉をほくほくと堪能し、低級の水魔法で作り出した水を入れたコップに口につけ、喉に通す。ぷはぁと息を吐くと、自分が食べた肉の残りを凝視する。
「マッッッズ」
俺は顔にシワを寄せて肉の感想を一人言い放った。
塩と香草だけでは、オーク肉の臭みは取れない。筋肉がありすぎる魔物だからか、肉も硬くて噛みづらい。所詮魔物の味などこの程度。でも、今日を生きるために俺は何でも食うのだ。
「やっぱり調味料ほしいよなぁ」
ただ、この世界の調味料はなかなか高い。手にするには、ギルドで相当稼がなくてはいけない。
俺が頑張ればそれを手にするだけの活躍はできるだろう。しかしそうすると目立ってしまい、自由がきかなくなる。
そんなリスクを負っても良いというくらいの何かに出会えればいいが、今はそんなものはない。だからその日暮らしで適当に過ごしている。
日々、魔物を討伐し、火を
不味い食事を済ませると、フライパンなどを片付け、目の前には焚き火だけが残った。背の低い切り株に腰を下ろし、パチパチと火の粉を散らすそれを眺めた。
何もせず、明かりのない森を照らすこの炎を眺める時間が無性に好きだ。
異世界に来てからというもの、前世での忙しさからは解放され、自由な時間が多くできた。だから無駄に過ごす時間も好きと思えるようになった。
前世でも短い休みを使ってキャンプを繰り返していた。
焚き火を眺めている時だけは、忙しかった時のことを忘れリラックスすることができたから。
前世の話は長くなる。また今度にしてもいいか。
今は疲れた。テントに入って寝ることにするよ。はは、オーク四体しか倒してないのにな。そういうことにしておいてくれ。
◇ ◇ ◇
「ういっす」
夜が明けて、オークの討伐証拠となる素材を持ってやってきたのは冒険者ギルドと呼ばれる場所。受付でオークの耳が入った袋をポンと机の上に置き、受付嬢にそれを渡す。
受付嬢が袋ごと奥へ持っていき、しばらくすると、別の袋を持ってきて机に置いた。
「デッドさん。またソロでオーク四体も討伐ですか……凄いですけど、その日中に終わらせられるのにわざわざ泊まってキャンプしてくるのはあなただけですよ」
そう話してくれたのは受付嬢のレノア。
茶髪ロングのゆる巻きパーマで、ギルドの制服を着た彼女は、胸がパツパツで冒険者から人気の受付嬢だ。
ついでに説明しておくと、レノアが言ったデッドとは俺の名前だ。デッド・リーズン——死んだ理由。はっ、俺が知りたいっての。
日本から突如異世界召喚されたと思ったら自分の肉体はどっかに行って、知らん赤ん坊に転生していた俺に相応しい名前だ。
前世では死を意味するデッド。しかしこの異世界では『幸せ』とか『祝福』という意味らしい。この世界の両親が『幸せになってほしい』と想いを込めて名前をつけたと聞いたが、俺は生まれた時から不吉を感じる名前だと思っている。
「俺はキャンプが好きなんだ」
「変な人ですね。ほとんどの人は早く帰りたいって思うはずなのに」
「それはそうと、この後どうだ? 一杯やらないか?」
「もう、デッドさん。年上に対する口の聞き方をちゃんとしてから誘ってください」
「そんなの俺にとっちゃ大体のやつが年下に見えちまうからな」
「本当に変な人……というか私、勤務が始まったばかりだから、そもそも行けませんよ」
俺はこの世界では十七歳。一方でレノアは二十三歳。つまり六歳も年上だ。
だが、俺は前世では二十九歳だった。つまり合計四十六年も生きていることになるのだ。大体のやつが子供に思えてもしょうがないだろう。
前世のことを説明してもおかしいやつだと思われるため、基本的には人に話さない。ただ、冗談として自分はオッサンだと言うこともあるので、たまに変な人だとは思われているようだ。
「しゃーねえ、一人で酒場に行くとするわ」
「一人でも行くんですね……」
ちなみにこの世界では十六歳から酒はオッケーだ。まあ俺はもちろん十歳くらいからこっそり飲んでいた。ただ、小さい体で飲む酒は、微量でもすぐにアルコールが回るらしく、結局ガブガブ飲めるようになったのは、つい最近だ。
さてと、報酬ももらったことだし、酒場に向かいますか。
——まだ朝だけどな。
今日も俺は異世界で火を焚べる 藤白ぺるか @yumiyax
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。今日も俺は異世界で火を焚べるの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます