甘え下手な銀髪後輩様の超天才的な勉強時間を確保する為の最高効率時間短縮術
「御馳走様でした」
そう言って我が家の食卓の前で両手を合わせる俺は食卓の上にある空になった食器や、まだまだ余っているおかずを空の容器に詰め込んだり、炊飯器に残った白飯をおにぎり状に丸めて粗熱を取ったり、汚れた4人分の食器を洗う――という作業を彼女である山崎シエラと分担しながら行っていた。
「……もうすっかり新婚さんね、アレ」
「私の兄さんと親友がいつの間にか新婚さんになってた。いや、言葉を交えずに息の合ったコンビネーションを見せつけてこないで欲しいですね。そこのところどうでしょう解説のお母さん」
「実況の歌乃ちゃんも気づいているでしょうけれど、あれは山崎ちゃんの観察力が光る妙技ね。一見すると冷たい雰囲気を醸し出している山崎ちゃんだけれども、その実は清司をさっきからずっと横目でチラチラと見まくっているもの。何なら耳を澄ませてみればこういう共同作業中だからか、山崎ちゃんの個性的で幸せそうな笑い声が聞こえてくるわ」
「なるほど、だから先ほどから兄さんがアレすっかな……と脳内で思った矢先に、シエラちゃんはすかさずフォローをしたりしている訳と。いやぁ良妻賢母の風格が凄すぎますね」
「まるで接触事故だから気にしないで……と言わんばかりに洗い物の皿の上で手と手をくっつけようとするのはあざとくて私の性癖には合っているわね! あ! 今の見た!? 今ので接触事故が10回目になったわ! 何なら指と指をわざとらしく絡めてるわ! あれを事故で片付けさせようとする山崎ちゃんが最高に卑しいわ! 好き!」
「私も見ました。さっさと爆発してくれませんかね。ところで解説のお母さん。なんであのバカップル共はどうしてまだ結婚をしていないのでしょう?」
「人生の直線は短いので基本的には逃げや先行策、好位差しが比較的勝率が高い傾向にあるけれども、だからと言って差しや追い込み策が不利という訳ではないの。むしろ、自分のスペックとパートナーを信じているから出来る必勝策なのよ!」
「なるほど。学生という恋愛期間中だから出来る
……後ろでのんびりとお茶を啜っては煎餅をかじりながら、競馬の解説のようなやり取りで俺たちを
なぜ洗い物の手伝いをしないのかと問い詰めたいところではあるのだが、彼女たちは俺たちが学校で勉強をしている間に料理を作ってくれていたり、先にお風呂に入っていたりと不便をかけてしまったのである。
流石にお風呂に入った人間に洗い物をさせるのは忍びない。
「ところで解説のお母さんは今日が何の日なのかお分かりでしょうか?」
「そうね、実況の歌乃ちゃん。今日は山崎ちゃんが我が家で暮らすことになって1週間が経過した日ね! 娘が増えたみたいで嬉しいわ~!」
「そうです、7日目。だというのに、うちのバカ兄貴はそんな事を祝おうともせずにいつも通りの日常を送りやがろうとしております」
「あら~。清司はバカね~」
「なんなら来週から6月の期末試験期間になるから、その間はデートはしないでおこうな? と言う始末ですよ、あのバカヘタレ」
「あら~。清司はクソバカね~」
「……いや!? 期末試験期間中は勉強するのが当たり前だろ!?」
後ろで好き勝手言っている家族に思わず反論しようとして後ろを振り向いてしまったが、だって事実じゃないの、と実に耳に痛い事を言ってくる彼女たちなのであった。
「というか、後ろで俺たちを囃し立てるな! ほら、シエラだって思い切り赤面してるじゃん!? 耳まで真っ赤だよ!? ちょっと泣きかけてるじゃん!? やめてあげろよ!?」
「きゃー! 私の親友がすっごくかわいいー! 頭はめちゃくちゃ良い癖に人間関係と恋愛経験がクソザコすぎてかわいいー! 推せるー!」
「……
まるで仏壇で拝むように両手を合わせられる俺たち2人である訳なのだが、そんなやり取りをしながらも洗い物を全て片付けている最中にも時計の針は進んでおり、気づけば今は夜の9時という時間帯に差し掛かっていた。
「でも、本当にごめんね山崎ちゃん。お客様なのに洗い物をさせてしまって」
「……お客様ではありません。その、えっと……私は先輩の彼女だから……家族、ですし……? これぐらいは当然よ、えぇ」
真っ赤っ赤に恥ずかしがる顔を見せないように俯くシエラに対して、2人がかりで抱き合っている俺の家族たちを俺は横目に見ながら食後の緑茶を楽しんでいた。
どうにも俺の家族たちはシエラの本性を知っていたらしく、つくづく女性は怖い存在だと実感していたが……どうせなら、シエラの本性を知っているのは俺だけだと良かったのにという人としてどうしようもない独占欲を出してしまいそうになっていた。
とはいえ、自分の家族にも本当の彼女の事を知ってもらいたいと常日頃から思っていたのも事実なので、目の前で広がっている光景は素直に喜ばしいというのが正直な気持ちではある。
「……こら。そこでニヤニヤしないでよ先輩」
どうにも知らず知らずのうちに笑っていたらしい俺に対して、彼女は決まりが悪そうな顔を浮かべながらそんな事を口にしてくる訳なのだが……残念ながら、今この場には俺の家族がいる。
流石の彼女でも人の目というモノにはどうしても気になってしまうらしく、先ほど帰宅する際に何回もやったキスも人の目があるとやりたがらない……とはいえ、彼女のムカムカポイントが溜まっている事には何の変わりもなく、最終的にはそれ相応の数のキスを求められてしまう訳なのだが。
「ごめんって。じゃあ、俺はそろそろお風呂に入るわ」
シエラが俺の家族と楽しそうに団欒をしている所に水を差さないように、俺はそう告げてから廊下に出て、浴室と繋がっている脱衣所に向かう訳なのだが。
「……」
「……」
「……あの、シエラさん?」
「何かしら」
「俺、これからお風呂なんですけれど……?」
「見れば分かるけど」
そんなクールな声音を放ちながら、当たり前のように俺の後ろをついてきて、俺と一緒に脱衣所という密室にやってきたのは異性である山崎シエラその人であった。
「……あ、もしかしてシエラが先にお風呂に入る流れだった? ごめん、それなら俺はすぐに出るから――」
彼女からの言葉はなかった。
その代わりの返事とでも言うように、脱衣所と廊下が繋がっている扉に鍵を掛ける音が『逃がさない』と言わんばかりに脱衣所に響きまわった。
そして、事実として彼女は脱衣所の出入り口で堂々と仁王立ちをしている訳なので、俺はどちらにせよ逃げられない訳なのだが。
「……シ、シエラさん……?」
俺はこれから彼女に何をされてしまうのか、困惑と期待がごちゃ混ぜになった視線で彼女を見つめていると、彼女はわざとらしいような嘆息をついてみせた。
「先輩、今は何時かしら」
「えっと、9時ぐらいですよね……?」
「そうね、9時ね。先輩は馬鹿じゃないから分かるだろうけれど、今から私たち2人がそれぞれお風呂に入ってしまったら、その分、折角の勉強会という先輩の成績を上げる為の時間が無くなってしまうのは重々承知よね?」
俺は彼女が何を言いたいのかは分かるけれども、何をしたいかは理解できなかった俺は頭の上で疑問符を浮かべることしか出来なかった。
そして、彼女はそんな俺を見ながらまるで小馬鹿にするように「馬鹿ね」と実際に声に出しながら嘲笑っていた。
「どうして気づかないのかしら、この馬鹿。お風呂は1つしかないんだし、交互に入るとお互いに待たされるでしょう。なら効率的に一緒に入ればいいじゃない。それとも何? この私を汗をかかせた状態で待たすつもり? 随分と倒錯的なご趣味をお持ちの様ね、このド変態」
「いや、それならシエラが先に入ればいい――んむぅ!?」
反論しようとしたら、またもやディープキスでその口を塞がれてしまった。
お願いだから自分に都合の悪い言葉を口にしようとしたら、キスしてくるの本当に止めて貰っていいですかね?
凄く心臓に悪くて凄く語彙力なくなるし、そんな彼女のことが更に凄く好きになってしまう。
「……むふっ……! ふひっ、ふふひっひ……!」
唇に半透明の涎の糸を作った状態で幸せそうに笑う彼女であったのだが、洗面所の鏡に映っていたのであろう自分の顔を一瞥するや否や、こほんとわざとらしい咳払いをしては、表情を固く引き締めたのであった。
「という訳で服を脱ぎなさい。一緒にお風呂に入るわよ」
「……いや、本当にどういう訳なの!?」
「何? まさか服の脱ぎ方も分からないの? 馬鹿なの? それとも私に脱がさせてほしいの? はっ、随分と馬鹿で救いようがないド変態ね」
「流石に服の着方は分かるかなぁ……!? あぁ止めて!? 俺の服を脱がそうとしないで!? どさくさに紛れてキスしないで!? ズボンを脱がさないで!? いやぁ! 助けてぇ! 彼女に襲われちゃう! 時間的に効率的だとかいう言い訳で俺の人権が蔑ろにされちゃう!」
「そう言う癖に全く抵抗しない先輩にも非はあるわ。私は悪くない、全ッ然、悪くない。むしろ先輩がちょっと扇情的過ぎるのが悪いのよ」
「俺、全然悪くないじゃん⁉」
そう言いながら、彼女に服を脱がされないように抵抗していた俺であったのだが、彼女は頬を膨らませては唇を尖らせた。
「……先輩は、私と一緒にお風呂入るのがそんなに嫌なの……?」
涙目で、とても可愛らしい上目遣いで、そんな計算されつくしたような自分の顔の良さをとことん分かっているような表情を繰り出しては、俺の理性が蕩けてしまいそうなほどに物凄くかわいくて、甘えるような、駄々をこねるような声音をこの後輩は出しやがったのであった。
「はぅ!? その顔は流石に卑怯すぎませんかねぇ……!?」
まぁ、欲を言えば入りたいんですけどね!
それはそれとして、この後輩がクールの皮をかぶったまま、淡々と積極的にスキンシップしてくるの本当に何なの!?
心臓が本当にヤバイんですけど!?
俺を本当に殺すつもりなのかこの美人は!?
「ぐ、う、ぐぬぬぬ……!」
だがしかし、まだ人としての理性を残している俺は彼女には自分の身体をもっと大事にしてほしいのだ。
実際、彼女は目を離した瞬間に自殺だとかそういう事をしてきたばっかりであり、余りにも自分の事を大事にしない節がある。
要するに彼女は余りにも両極端が過ぎるのだ。
だからこそ、俺は彼女の彼氏としてもっと自分を大事にしてほしいと口に出してお願いすると、その懇願を聞き届けた彼女はみるみるうちにその美貌を真っ赤に染め上げたのであった。
「~~~~~~~~っ!? 馬ッ鹿じゃないの!? すごいぐらい馬ッ鹿! ありえないぐらい馬ッ鹿! 信じられないぐらい馬ッ鹿! もう、もう、もうこの馬ッ鹿!」
「さっきから馬鹿って言い過ぎじゃない!?」
「だって私の方が先輩よりも頭がいいじゃない! とにかく! 何で分かってくれないのよこの馬鹿! 効率だとか! 学習時間の確保だとか! それ以前の問題! 私は先輩と一緒に入りたいだけなの! それぐらい察しないよこのバ――あ」
あ、と彼女は間抜けそうな声を出した瞬間にまるで石像のように固まること約5分。
我を取り戻した彼女はぷるぷると恥ずかしそうに震えだしては、いきなりその場に屈みこむと。
「にゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
そんな初めて聞くような、女の子らしい可愛らしい悲鳴をあげては、脱衣所の床の上でいきなり倒れると、ごろごろと何回も転がっては壁に何回もごんごんとぶつかっており、文字通り彼女はもんどりを打っていた。
「……あの、その、一緒にお風呂入ってあげるからそろそろ機嫌を直して……?」
「やったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます