甘え上手な銀髪後輩ちゃんと今日の夕ご飯
「まさか休日にも山崎と一緒に勉強するだなんてな」
「えー? 迷惑、でしたか? 先輩だって休日に私と一緒にいれて嬉しいくせにー! このこのー!」
再び俺たちは勉強に励むべく、山崎と一緒に図書館に出かけて利用時間ギリギリになるまで勉強をしていて、それが終わったので俺たちは仲良く外を歩きながら帰る最中であった。
「図書館で勉強といっても、あんまり勉強出来なかったけどな」
「起きたのが昼の12時でしたし、何なら図書館に行ったのも3時でしたしね」
おかげ様で図書館で勉強らしい勉強を行えたのはたったの2時間だけ……とはいえ、今日の早朝まで勉強に励んでいたので今日と明日やる予定の勉強の範囲があらかた終わっているおかげで、日曜日はゆっくりと休日を満喫できるかもしれないというのは素直に喜ばしいものであった。
「……にしても、こんな色気のない格好で先輩と一緒にいるだなんて……もっとかわいい服を着さえすれば今頃いい雰囲気に……くっ……!」
「ん? 何か言ったか山崎?」
「いえ別に何もー? 勉強しやすい格好で嬉しいなって言っただけですよー?」
そう笑いながら答えてみせた彼女の服装は昨日の夜にコンビニでばったりと出会ってしまった時の姿……要するにメガネ姿でパーカー姿である。
またサイズ違いの妹の服を借りられても俺の視線のやりどころに困る。――実際問題、胸とか胸とか胸とか、後はお尻とか――彼女には悪いと心底思ってはいるけれども、昨日と同じ格好をするように頼み込んだ結果がこの服装である。
「そう言えば山崎って学校にいるときはメガネしてないよな。もしかしていつもコンタクトだったの?」
「恥ずかしながらそうでしてー。いや、寝る前に電気を消してスマホを弄っていたらすっかりこの有り様ですよー」
「そう言えばコンタクトって付ける時に滅茶苦茶痛いって聞くけど……どうなの?」
「ぶっちゃけ後ろから蹴られたり、前から殴られるとかには負けるんじゃないですかね? なんて冗談は置いておいて痛みは個人差だとは思いますねー」
……冗談にしては余りにも質が悪いなと思いつつも、俺は彼女のぼかすような解答を聞いて、そういうものなのかと1人でに納得していた。
「まぁ、目は大事にするに越したことはありませんよー。先輩も夜遅くまで寝る間を惜しんで勉強していましたけれど、目の酷使はほどほどにしてくださいねー?」
「肝に銘じておくよ」
そんなこんなで彼女と他愛のない話を挟みつつ、自宅に近づいていく俺の隣を当たり前のように歩いていた彼女は何かに気づいたような表情を浮かべてはハーフパンツの中に入れっぱなしにしていたスマホを取り出し、その画面をまじまじと見つめていた。
「先輩、お義母様から今日の夕ご飯の準備をするようにお願いされちゃいました……って先輩? 何どさくさに紛れて私の生足を見ているんですかぁ?」
「み、見てねぇが!? そんな事よりも母さんから?」
「ありゃ、それは残念。えぇ、確かに先輩のお義母様からそう連絡が来ましたけれど、内容的な意味合いでも先輩にも送られているとは思いますけど……?」
「全く、母さんが連絡するのは俺じゃなくて山崎の方かよ……」
随分と母は山崎の事を気に入ったのだなと内心で嬉しく思いつつも、俺は自分のスマホで何かしらの連絡が来ていないかどうかを連絡ツールを見て確認した。
一応、母から送られてきたメッセージはあるといえば、あった。
というのも、母親が俺に送ったものはと言えば『という訳でお願いね!』とだけしか書かれていない実にふざけた内容なのであった。
「どういう訳だ」
そもそも、山崎が連絡に気付かなかったらどうするつもりだったんだあの人、と思いつつも俺は手荷物の中から財布を取り出して、金額が十二分にあることを確認してから、最寄りのスーパーの方面に向かう事にした。
「俺には何々を買えだとかそういうのが全然送られてきてないんだけど、山崎の方には送られているのか?」
「えぇ、はい。取り敢えず先輩に共有しますね……って、そう言えば先輩とはまだ連絡先の交換をしていませんでしたね」
そういうと彼女は折角ですし、と自身のスマホを近づけてきたので俺は断る理由もなかったので後輩との連絡先を交換する事にして、無事にお互いの連絡先を交換した。
「うわ、先輩のアイコン無骨すぎ……!? うわ、男子ってこんな感じなんだ」
「そういう山崎だって初期アイコンのままじゃねぇか、無じゃねぇか。俺よりも酷ぇじゃねぇか。今時の女子高生ってそういうのに興味津々なんじゃないのか?」
「だ、だって……! 別にそういう友達なんか……って、おやおやー? 先輩、鼻が高くなっていますねぇ? えー? もしかして家族以外の女の子とこうして連絡先を交換するのは初めてなんですかー?」
「そうだけど。そう言う山崎は俺以外の男子と連絡先を交換したことはあるのか?」
「はー!? ある訳ないでしょ!? 馬鹿なの!? 先輩以外の男とする訳ないでしょ!? 察しなさいよ!?」
ただ質問をしただけなのに、俺は理不尽にも彼女に怒られてしまった。
だがしかし、やはり彼女は、はっ、としたような表情を浮かべると誤魔化すようなわざとらしい咳払いをしてみせた。
「……なんかごめんね?」
「……すみません……」
普段通りの様子に戻るどころか落ち込んでみせる後輩であるのだが、先ほど俺に見せてくれた素の状態らしき山崎はいつもの彼女と違ってやや言葉がきついというか、勝ち気というか、女王様気質というか、余裕がないというか、案外可愛らしいというか……俺としては、そういう彼女も好きだという感想を胸に抱いた。
だが、とにもかくにも、そういうものだと俺は扱うことにした。
俺だって、山崎には格好悪いところとかあまり見せたくないという気持ちはあるかと言われれば、自分に対してはあるとしか答えられないし、他人に問われればないと意地を張って答えないだろうから、この場で彼女に対して深く追求する事は止めておくことにした。
誰だって他人に知られたくないような秘密を1個や10個、100個はあるのだと母親が遠い昔に口にしていたな、と俺はさりげなく思い出しながらも、俺は彼女が送ってくれた食材のメモに目を通す。
「どれどれ……豆腐に白菜、きのこ類……うん、今日は鍋だな。鍋の素はないみたいだから水炊きか。なぁ、山崎は鍋とか食うのか?」
「鍋ですか……? んー。余り食べた事はありませんね。うちは鍋をしない家庭だったので……あ、でも給食に出てくるようなすき焼き風とかなら食べた事はありますよ。後、自炊をするときはいつも楽なんでよく作っていましたね、水炊き。時間もかからないし、洗い物も楽ですし」
「水炊きは美味しいよなぁ。ポン酢と鶏肉と豆腐と白菜が合うんだわ」
「あー。分かります分かります、美味しいですよねぇ」
水炊きの本場福岡では白濁した鶏ガラスープに加えて骨付きの鶏肉を投入するらしいのだが、うちで作るような庶民御用達の水炊きは鍋を水道水で満たして、雑に鶏肉を投入してから白菜などの野菜類を入れるという時短と節約を兼ねた万能メニューという立ち位置をキープしているのだが……俺はそんな脳内説明をしつつ、とある懸念に思い至った。
「あれ? 肉なくない?」
「家の冷蔵庫か冷凍庫に買い置きしていた鶏肉があるんじゃないんですかね?」
「あ、そういう事か」
冷静な後輩にそう指摘されてしまった俺は素直に感心を覚えてしまった訳なのだが、その瞬間、俺たち2人のスマホから異口同音と言うべきか、異機同音とでも言うべきか、どちらにせよ全く同じタイミングでスマホに着信音が鳴り響いた。
「あ、お義母様からですね」
「母さんからだな」
2人で吞気にそう言っていたのだが、俺たちのその余裕は画面内に表示された文章によって無惨にも剝がれ落ちてしまったのであった。
◆
緊急速報!
お母さん、銀座のデパ地下で宮崎牛を買っちゃった!
今日は豪勢にすき焼きよー!
という訳で糸こんにゃくと
◆
「――宮崎牛?」
「――――――」
俺はそう呟いてわなわなと震えている訳なのだが、俺の隣にいる彼女もまた何度も瞬きを繰り返しながら、まじまじとそう書かれている文面が間違いか何かに違いないとでも思っているのか、文字通り目が釘付けであった。
「……山崎、おまえのスマホにはなんて書いてあった……?」
「……宮崎牛、と……」
「……なぁ、山崎。おまえ、宮崎牛を食べたことある……?」
「……ある訳ないですよ……? 宮崎牛ですよ……? そういう先輩は宮崎牛を食べたことは……?」
「……ある訳ねぇでしょ……」
宮崎牛。
それは『和牛界のオリンピック』とも呼ばれる5年に1度開催される『全国和牛能力共進会』において、第9回、第10回、第11回、更には令和4年度に行われた第12回全国和牛能力共進会において、歴史上でも史上初の4大会連続で内閣総理大臣賞を受賞してみせた牛である。
ぶっちゃけ、牛肉に詳しくない人間であろうとも日本で一番美味しいと思われる牛肉はと聞かれたら、その実績から食べた事もないというのにそれは宮崎牛であると胸を張って答える人が多いに違いないぐらいには有名であり、その実績に違わないほどのお高い価格を誇る超ブランド牛である。
実際、先ほどまでまじまじとスマホの画面を食い入るように見つめていた山崎も俺と同じように宮崎牛の魅力にやられていたのだが、時間をかけてある程度の冷静さを取り戻したらしく美味しいものを目の前にした時、特有の柔らかい微笑みを零しているほどである。
「――ふふっ。知っていますか先輩? 噂によりますと、宮崎牛は旨味成分のオレイン酸の量が普通の牛よりも多いとか。なんでもオレイン酸の効能で食べるだけで生活習慣病の予防も期待できるという夢のような話があるようですよ?」
「……脂の融点が低い影響で、人の口内に入れて嚙み千切った瞬間に溶けだす脂身がとんでもなく美味しいらしいな……」
「……」
「……」
様々な騒音が行きかう道端であるというのにも関わらず、俺たちは勝手にあふれ出そうになっていた口内の涎を喉の奥へと流し込む音がしっかりと聞こえてきてしまったのであった。
━╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
――宮崎牛。
それが美味しいものであるというのは、知識上で知ってはいる。
だが、私はその単語が意味する事は……お義母様が私に伝えたい事は一体どういう事なのかを、文面に書かれていない裏を必死になって探っていた。
宮崎牛は当然ながら、そう、お高い。
そもそも牛肉自体が庶民には少々縁遠い嗜好品の域にある訳なのだが、宮崎牛は言ってしまえば嗜好品の王様のような立ち位置にある訳で。
そんなものを振る舞ってくれる先輩のお義母様に感謝しつつ、そもそも親しくもない間柄に振る舞うような一品でないという事を頭の良い私は理解していた。
――詰まる所、まぁ、うん。
これって、そういう事ではないのか?
「……」
先輩はどうにもいきなり湧いて出てきた宮崎牛の魅力に随分とやられてしまっている為かそこまで頭が回っていないようであるけれども、私はこうも思う。
――お義母様は、私の事を家族であると認めてくださった、のではないかと。
もちろん、それは私の思い違いであるかもしれないし、自意識過剰の考えすぎなのかもしれない。
だけれども、そんな私の思考を後押しするように、先ほど送られてきた先輩と同じ文章には……いや、絶対に違うのであろう文章にはこうも書かれていたのだ。
◆
緊急速報!
お母さん、銀座のデパ地下で宮崎牛を買っちゃった!
今日は豪勢にすき焼きよー!
という訳で糸こんにゃくと
昨日は色々と泣かしちゃってごめんね山崎ちゃん!
是非とも今日の夕食は一緒に鍋を囲んでテレビを見ながら騒ぎましょうね!
◆
「――ふふっ。知っていますか先輩? 噂によりますと――」
私は書物で得た
そうして、
別に宮崎牛なんて、どうでもいい。
宮崎牛じゃなくても、彼らと一緒にいれるのなら、きっと何でもいいのだ。
だって私は、きっと、こういうどうでもいい事を心の底から渇望していたに違いないのだから――。
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