Astral Hacker -月の調べ-  星盤のプレイヤーシリーズ2

ソロー筋

第1話 プロローグ~月の調べ~

 時は西暦1456年。

 ヴェーザー川の流れに沿って、蹄の音が響く。美しい白馬に乗っているのは十四歳の少女、名はヘルミーネ・フォン・バウムガルトナーという。かつて悪魔姫ノーラと契約した、アデルハイトのひ孫である。

 貴族としての装いよりも機能性を重視したものであった。濃紺のチュニックコートは上質な生地で仕立てられ、裾は騎乗しやすいようにわずかに短めに作られているところに彼女の性格が表れていた。胸元にはバウルガルトナー家に代々伝わる星辰勲章がある。曾祖母アデルが女王アンネリーゼより、その功績を称えられ授与したもの。その横に、アデルから始まるバウルガルトナー家の新しい紋章、五芒星の中に素数が刻まれている。

 細身の革のベルトが腰に巻かれ、そこには小さなナイフが隠されている。森を抜ける時は非常時のために携帯していた。乗馬用に作られた深緑のレギンスは動きやすく、彼女の引き締まった脚にぴったりと沿う。足元には黒革のブーツがしっかりとフィットし、馬に意思を伝えた。

 腕には革の手袋を嵌め、手綱を取る手つきは実に堂々としていた。彼女の赤毛のポニーテールは風に踊り、二頭の馬が併走しているかのよう。額を出した、涼し気な瞳が真っすぐ遠くを見据えている。そこには、曾祖母アデルから受け継いだ知性の輝きと、若さゆえの好奇心が混ざり合っていた。

 奇しくも、今日はハレー彗星の76年振りの再来。アデルが自由を望んだように、ヘルミーネもまた何かを願うのだろう。


 冬の足早の夕暮れの空が赤く染まり、その光がこの街のシンボル、ブリュメンバッハ城の尖塔に反射する。川面に映る城の影が、魚の跳躍とともに揺らめく。

「美しい街……大好き」

 ヘルミーネは少しだけ馬を留め、急速に暮れ行く、黄昏色の街を堪能した。馬上のヘルミーネの髪が北風になびく。彼女の息が白く霞む。

「もう少しよ、がんばってブリッツ!」

 彼女の励ましに答えるように、ブリッツが短く嘶く。西暦1456年。

 ヴェーザー川の流れに沿って、蹄の音が響く。美しい白馬に乗っているのは十四歳の少女、名はヘルミーネ・フォン・バウムガルトナーという。かつて悪魔姫ノーラと契約した、アデルハイトのひ孫である。

 貴族としての装いよりも機能性を重視したものであった。濃紺のチュニックコートは上質な生地で仕立てられ、裾は騎乗しやすいようにわずかに短めに作られているところに彼女の性格が表れていた。胸元にはバウルガルトナー家に代々伝わる星辰勲章がある。曾祖母アデルが女王アンネリーゼより、その功績を称えられ授与したもの。その横に、アデルから始まるバウルガルトナー家の新しい紋章、五芒星の中に素数が刻まれている。

 細身の革のベルトが腰に巻かれ、そこには小さなナイフが隠されている。森を抜ける時は非常時のために携帯していた。乗馬用に作られた深緑のレギンスは動きやすく、彼女の引き締まった脚にぴったりと沿う。足元には黒革のブーツがしっかりとフィットし、馬に意思を伝えた。

 腕には革の手袋を嵌め、手綱を取る手つきは実に堂々としていた。彼女の赤毛のポニーテールは風に踊り、二頭の馬が併走しているかのよう。額を出した、涼し気な瞳が真っすぐ遠くを見据えている。そこには、曾祖母アデルから受け継いだ知性の輝きと、若さゆえの好奇心が混ざり合っていた。

 奇しくも、今日はハレー彗星の76年振りの再来。アデルが自由を望んだように、ヘルミーネもまた何かを願うのだろう。


 冬の足早の夕暮れの空が赤く染まり、その光がこの街のシンボル、ブリュメンバッハ城の尖塔に反射する。川面に映る城の影が、魚の跳躍とともに揺らめく。

「美しい街……大好き」

 ヘルミーネは少しだけ馬を留め、急速に暮れ行く、黄昏色の街を堪能した。馬上のヘルミーネの髪が北風になびく。彼女の息が白く霞む。

「もう少しよ、がんばってブリッツ!」

 彼女の励ましに答えるように、ブリッツは短くいななき、速度を上げる。

 海に出る頃、水平線に沈む太陽が最後の輝きを放った。静かな夜だった。波の音が耳に心地よく響き、潮の香りが鼻をくすぐる。彼女は乾いた流木を集め、火打石を出すと、ポケットの羊皮紙を丸め、細い枝へと火を移した。パチパチと鳴る焚火を見つめながら、時を待った。

 次第に月が昇り、その柔らかな光が砂浜を銀色に染める。丸い月が海面に移り、漆黒の海に白い道を作った。ヘルミーネの白馬が月光を浴びて幻想的に輝く。彼女は立ち上がり、ブリッツに跨った。その時、西の夜空に一筋の光が、静かにその姿を現した。

 ハレー彗星は暗い空に鮮やかな尾を引きながら、ゆっくりと進んでいく。しかし、その速度は秒速70キロにも達する。それは人間の人生のように長く見えるが、宇宙の時間で言えば一瞬の煌めきと同じだ。ヘルミーネは彗星と並走するかのように浜辺を疾走した。

 月を振り返ると、その表面に天使のシルエットが小さく浮かび上がる。きっと、セレスティアがアデルの時代を懐かしんでいるのかもしれない。

「アデルおばあちゃん……会ってみたかったな」

 次にハレー彗星が来るまでに、私は何を成し遂げられるのだろうか。内省的な気分に浸っていると、彗星は過ぎ去ってしまっていた。しかし、消えたわけではないことは本で読んで知っていた。ヘルミーネの心の中では、まだ形を伴わない情熱の炎がふつふつと燻り始めるのだった。

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