第44話 崩壊の足音
ルクシアが叫んだ瞬間、教室中にピリリと緊張が走る。
ルクシアは遅れてきたから知らずとも仕方ないが、相手は大国の皇女。
そんな相手に失礼を働いたんじゃないかと全員が不安に思っているようだ。
しかし、リリアナはそんな彼らの不安を払拭するように柔らかい笑みを浮かべると、スッと立ち上がった。
「私はリリアナ・フォン・アイスフェルトと申します。本日からこのクラスに転入いたしました。どうか以後お見知りおきを」
「おっけー! 私はルクシア・フォトン! よろしくね、リリアナ!」
瞬間、再び教室中がざわわと騒ぐ。
皇女様相手にどんな態度を取っているんだと言わんばかりだ。
そんな中、いち早く動いたのは肩口に切りそろえた茶髪が特徴的な少女――
このEクラスの学級代表であり、
彼女はルクシアの裾を掴み、慌てた様子で呟く。
「ちょ、ちょっと、ルクシア。アイスフェルトって聞いて、何か気付かないの?」
「え? うーん……っ、そうだ!」
少し考える素振りを見せた後、ルクシアは左手の平を右手の拳でポンッと叩く。
その様子を見て、ようやく気付いたのかと教室中がホッと胸を撫で下ろし――
「なんだか、すっごくかっこいい名前だね!」
――ボゥッと再燃した。
皇女様相手に一線を越えたのではないかと戦々恐々する教室。
ふと横を見ると、ユイナも不安げな表情を浮かべている。
そんな中、
「ふふ」
当のリリアナはというと、くすりと小さく笑っていた。
「ルクシアさん、でしたね。貴女の名前は存じ上げております」
「え、そうなの?」
「はい。このEクラスに実技試験でトップ成績の人物がいると聞き、私がこのクラスに入るための説得材料として使わせ……こほん、共に高め合えればいいなと、前々から思っていましたから」
「……よく分からなかったけど、とりあえず友達になりたいってことでいい?」
「ええ、構いません。よろしくお願いいたしますね、ルクシアさん」
そんなやり取りを経て、ひとまず場は沈静。
しかし、それだけで終わらないのがリリアナ・フォン・アイスフェルトというキャラクター。
彼女はそのままクラス中を見渡すと、これ幸いにと自らの主張を告げる。
「もちろん、ルクシアさんだけでなく皆さんも同様です。私が隣国の皇女だからといって距離を取る必要はありません。この学び舎で、そして同じ教室で学ぶ一クラスメイトとして、ぜひ気さくに接していただければと思います」
リリアナがそう言い切ると、場には沈黙が訪れる。
かと思えば数秒後、なぜか「おー」という歓声と共に、パチパチと拍手が鳴った。
「なんとか無事に済んでよかったね」
「……そうだな」
ユイナの呟きに頷いて返す。
俺はリリアナの性格を知っているため変なことにはならないと分かっていたが、他の奴らからしたらそうではなかったのだろう。
それはそれとして、今のやり取りで俺としても有難い点が一つあった。
ルクシアがリリアナに対し普段の口調で接し、それを彼女が受け入れたことで、俺がリリアナにタメ口で話しかける違和感も薄れるはず。
ルクシアに感謝してもいいかもしれない。
それに……
「……不思議な光景だな」
「え? 何か言った、アレンくん?」
「いや、何でもない」
ユイナにはそう返しつつ、俺は今なお続くルクシアとリリアナのやり取りを複雑な気持ちで眺め続けた。
すると、その直後。
「ごほん! ……そろそろ授業に戻ってもいいだろうか」
リオンの発言で今が授業中だと思い出した生徒たちが、前を向き姿勢を整える。
そしてそれは、ルクシアやリリアナも同じであり――
「えっ!?!?!? 皇女様!?!?!?」
――数十秒後、響き渡ったルクシアの絶叫を合図とし、授業が再開するのだった。
◇◆◇
そして放課後。
体調が戻ったことですぐにでも『不死人形』相手に特訓したいところだが、放課後すぐは鍛錬場が混むため、まずは魔導図書館にでも向かおうか……
そう思っていた、まさに次の瞬間だった。
ドンッ! という大きな音を立て、教室の扉が開かれる。
見ると、そこには銀髪と鋭い目が特徴的な男子生徒が立っていた。
――アルバート・ガインドット。『ダンアカ』に登場するサブキャラクター。
Aクラス所属で、先日の『不死人形』強奪騒動の際、ユーリとともに鍛錬場へとやってきた取り巻きの一人だ。
「ここがEクラスだな……!」
彼は怒りの籠った表情でそう呟くと、ジロジロと教室内を見回す。
授業が終了した瞬間に颯爽と帰ったルクシアを除き、Eクラスの全員が何事かと警戒していた。
――そんな中、ただ一人。
俺だけは落ち着いて状況を整理していた。
(そうか。もうそんな時期だったな)
これはゲームにも存在していたイベント。
明日、ここEクラスとアルバートが所属するAクラスは、授業にて交流戦を行う予定になっている。
まあ交流戦といっても、武器は木製のみ、魔法は初級までに限定されたただの軽い模擬戦だ。
しかしその模擬戦において、奴――アルバートは、
『明日の交流戦で、俺と勝負しろ――グレイ・アーク!』
と、グレイに勝負を持ちかけてくる。
先日、ユーリ相手に何もできず醜態をさらしたグレイがダブル・ジョブに目覚めたと聞き、納得できないといった理由からだ。
グレイはそんなアルバートに模擬戦で打ち勝ち、実力を周囲に証明。
そこから『ダンアカ』の『メインエピソードⅠ』が本格的に始動していく。
(そうだ。色々とイレギュラーが発生しているとはいえ、本筋は問題なく進んでる)
二体現れたワーライガーの一方を俺が倒したことで本来のルートに戻せたように、たとえリリアナが転入してくるという大イベントが発生したとしても、俺の努力次第では問題なくゲームシナリオを進められるはず。
立て続けに色々なことがあって落ち込みそうになっていたが、諦めるにはまだ早い。
主人公を立てて影から最強を目指す俺のモブキャラライフは、まだまだ始まったばかりだ!
俺がそう意気込んだ直後、アルバートは力強く叫ぶ。
「明日の交流戦で、俺と勝負しろ――
………………………………
なんでだよ。
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悲報:
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