第80話 哀しき咆哮

 トーマはマサル、モエが立て続けに死に絶望の縁に立たされていた。

 全身が引き裂かれるような痛み。

 鈍器で殴られたような意識の浮遊感。

 何度も繰り返される死の瞬間。

 喉が支えて何も飲み込むことができず、呼吸も細切れになり段々と苦しくなってくる。


(俺が……弱いせいだ……。弱かったからマサルさんもモエさんもドラゴンと戦わなくちゃいけなかったんだ……)

 

(マサルさんやモエさんじゃなく、俺が変わりに死ねばよかったのに)


(母さんだって俺が殺したんだ。あのとき母さんだって気づいていたら……)


(ハヤトだってもっと気を利かせていればあんな事にならなかったのに……)

 

(【シャドウズ・オブ・ロンギング】に参加さえしなければ……)


 トーマの心はどんどん深い闇へと潜っていき、自身を塞ぎ込む殻を心のなかに作り出し、心を閉ざした。

 自身がこれ以上傷つかないように。

 すると、突然アバターが解け、デバイスが地面に転がる。

 もう一度装着しようとしたところで異変に気付く。

 自身の両手が白い毛皮に包まれていた。

 衣服や着ぐるみを着ているような感じではなく、明らかに体毛であり、アバターと同じ白兎だった。

 トーマは完全に獣人へと変化しており、人間の面影が無くなってしまう。

 念願の獣人へと成ったにも関わらず、トーマの心は晴れる事なく、梅雨の如く沈んでいた。

 

「今更……今更そんなの要らない……っ!なんでもっと早くに来てくれなかったんだっ!そうしたら……そうしたら皆救えたのに……。うぅ……」


 トーマの背後から足音が聞こえたが、トーマは見向きもしなかった。


「ふん、お前は失敗作になったんだな。恨みの力が弱いせいだな」


 歩いてトーマの元へとやってきたゼロは頭が潰れたドラゴンを見た後、頭のない死体、砂の山を見て鼻で笑う。


「前にも行っただろう?死ぬ運命のやつを助けても無駄だと。命を助けたところでこうやって死ぬんだ。そして、お前もこれから死ぬ」


 トーマの胸ぐらを掴み、持ち上げて壁に押し付ける。

 抵抗する素振りを見せず、死を待つトーマに対し、「チッ」としたを鳴らし、心臓に向かってナイフを突き立てる。


「お前も可哀想にな。【シャドウズ・オブ・ロンギング】の時からゲームマスターの手の平で転がされて。ここで死んだやつも、あの時死んだやつも全部アイツら新人類が仕組んでいた事を知らなくて」


 トーマはその一言に目だけをゼロに向ける。

 その眼力にゼロは嬉しそうに口角を上げる。


「今回のゲームは俺とお前が新人類になるために仕組まれていたんだ。俺は最終段階でお前は確証実験対象だ。強い憎しみや悲しみといった負の感情を受け、デバイスによって魔力を流し込まれ体内にエリクシルを生成させる。そして、それに耐えられる身体が手に入れば新人類の実験に成功というわけだ。だから、お前は助けたヤツをあの時に殺しておけば強い感情に囚われ、獣人にならずに済んだのにな」


「死んで……いい……命なんて……ないっ……!」


「お前はそう思っているが、世の中は違うんだ。新人類以外の命は無価値。ゴミ屑同然だ。いや……この国エネルギーになるから使い捨て燃料だな」


 ゼロは自分たち新人類以外の命を使い捨て燃料だと言い放ち、肩を震わせて笑っていた。

 トーマの中でモエ、マサル、母親、担任の教師、ハヤト、ミユキ、アドラ、ノナ、地底世界の獣人、街で忙しく働いている人たちの姿が思い浮かび、それを使い捨てだと言われ、トーマの中で何かが切れた。

 アバターの時と違いどす黒いオーラがトーマを包み込む。


「取り消せ……!」


「ん?なぜだ?本当のことだろ?」


「命は……そんな風に扱うのは間違ってる……!」


「使えない命が国のエネルギーになるんだ。本望だろ?」


「どんな命だって本当の……使命があったはずなんだ……!それをお前達が弄んだっ!マサルさんをモエさんを、アドラさんや母さん父さん、みんなをそんな風にいう奴は全員ぶっ殺してやるっ!!」


 トーマは胸ぐらを掴んでいる腕にしがみつき、そのまま顔面に向かって蹴りを入れる。

 骨が折れる音が聞こえ、トーマはゼロと距離を取る。

 首が真反対に曲がってしまったゼロは無理やり元の位置に戻し、血の混じった唾を吐き捨てる。


「面白い……!失敗作のお前に何ができるか見ものだな!」


 トーマはどす黒いオーラを体に纏わりつかせ、形を作る。

 アバターのような換装だが全体的に黒くて禍々しい。

 力任せに殴りつけ、ガードしたゼロの腕をへし折った上、本体へのダメージも与える。

 トーマの怒りは収まらず、何度も何度も殴りつけ人の原型が無くなっていく。


「殺す。ころすコロスコロスコロスコロスコロスッ!うあ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ゙!」


 ゼロだったモノは廃ビルまで吹き飛ばされ「ベチャ」という不快な音を立てる。

 トーマが瞬き一つ行うと、ゼロは元の形に戻っていた。


「しぃねぇぇぇぁぁぁっ!」


「……結局そんなものか。力の差は歴然、と言ったところだな」


 ゼロのアッパーがトーマの鳩尾を捉え、どす黒いオーラを消失させ、地面に転がる。

 人間の時よりも数倍強くなっていたはずの獣人ですら新人類のゼロに敵うものではなかった。

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