覇龍の使役者

 ここはどこだ? おれは今、どうなっているんだろう。


 ケンプをとりまく空間は真っ黒で、自分が目を開けているのかも分からない。寝ているのか、浮いているのかも判別つかない異空間の中で意識だけがぼんやりと覚醒している。

 どこかで自分を呼ぶ声がするのだが、それがどこから聞こえているのか、どこを見ればいいのか、どうすればいいのか――堂々巡りするばかりで答えが出ない。


 その代わり思い起こされるのは母の記憶ばかり。



◆ ◆  ◆   ◆



 十歳の頃に故郷の大和日ノ本やまとひのもとを離れ、遠い異国であるポロランドへやってきた。決して歓迎されることはなく母と二人身を寄せ合って生きていた。


 ところが国王である叔父が母に付きまとうようになると、いよいよケンプは自分を見失い荒くれた。

 出稼ぎの素性の怪しい人物とつるんで犯罪じみた行動が目に余るようになると、王府に逮捕されて軍隊に放り込まれた。事実上の勘当処分だった。


 ケンプにとって銃いじりは楽しかったが、軍隊は曲がりなりにも王家の一員である彼を扱い兼ね、任期満了で追い出した。これからどうするかと思っていた矢先、母親が重体との報告を受けた。

 メルビルスが保有するバラランダ工廠区こうしょうくの調査中に起こった崩落事故が原因だという。


 直ぐに病院へ向かうと、母は最新医療器であるエリクサー*の筐体内で眠っており、明日をも知れない状態だった。叔父との結婚という母親の挙動は実の父に対する裏切りだと考えていたケンプだったが、それ以上に母を失う恐怖の方が上回った。


 ひとつ安堵に思っていたのは、母は名目上この国の后だということだ。このまま最新の治療を受けられるだろう。だが、国王は自分の后であるケンプの母の治療を断念する理由を通達してきた。


「助かる見込みがない者へ高額の最新医療機器による治療を継続するよりも死んでもらった方が葬式一度で済む分コストがかからない」


 ケンプは激怒した。


 国王の元に押しかけると、彼は豪華に装飾された自室に若い女を侍らせながら遊戯の真っ最中だった。少なくとも当初は話し合うつもりでいたが、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。懐に隠し持っていた拳銃を引き抜くのにためらいはなかった。


「一つだけ良いと思ったことがある。お前を父などと呼ばなくて済むことだ」


 幸か不幸か、射ち放った弾丸は王を外れた。


 発砲音で集まった警備兵にケンプは身を取り押さえられ、第一級犯罪者として地下牢へ投獄された。


 獄中のケンプに近づく者がいた。全身を奇妙な鎧にも似た金属片に包んだ女だ。一目見てそれが魔王軍の戦士ディアゲリエであることが知れた。如何に堕ちたとはいえ、ヴァイダムと関係を持つほどケンプも浅はかではない。


「ほほほ、そう身構えることもない。私は天元術士のテリヴルヒという。お前の母上について話があってな……」


 ケンプの母は未だ全容の知れないバラランダの未開発地区で巨人型起動兵器を発見し、その解析を担当していた。旧世界技術の結晶であるその機体の解析が進めば現代にも幅広く応用が効き、より多くの人にその恩恵を分け与えることができるだろう。


 果たして機体に使用されている魔力炉心が従来の魔力増幅型ではなく、異次元からエネルギーを取り出しているものだと判断。この技術が再現されれば現在出回っているすべての技術は根底から塗り替えられる可能性を示唆した。


 これに狂喜したのが国王で、この技術さえあればこの時代に魔王として君臨できると本気で考えたのだ。魔王は恐怖ではあるが、同時に力の象徴でもあった。

 母親はその考えに強く反論し、平和利用を訴えた。さもなければこの研究は凍結すると。


 そんな対立から日も浅いうちに起こったのが母を襲った崩落事故である。彼女が残した研究は国王に権限が委譲され、引き継がれた。


「ま、まさか……ッ!」


「そもそも国王が君の母上に近づいたのは、彼女の中にある高い魂力ヴェーダがバラランダを共鳴させたからだ。何十年も滞っていたバラランダ最深部への道筋が示せれば人類はより多くの技術と叡智がもたらされることだろう。婚姻しておけば相続という形で怪しまれることなく彼女の研究を手籠めにできる」


「なぜおれにそんな話をする」


「力が欲しくないか? この世に正義を示したくはないか? お前には才能がある。周囲がそれを認めないのは、皆お前の本当の力を恐れているからだ」


「お、おれは……」


 そこからは早かった。即日で地下牢から釈放されたかと思えば、メルビルス社に迎え入れられ、身の丈に合わない役職や肩書が付与された。ケンプを罵り、母親を奪った叔父であるポロランド王が重役席に座ったケンプに何も言えず、自身の無能を糾弾されて土下座する姿は素直に「ざまあみろ」と爽快に思った。

 国王に母親の治療を促すと、彼は不精ながらそれに応じた。その態度が気にくわなかったのでもう一度同じことを促すと、今度は額を床にこすりつけて応じるのが見ていて楽しかった。

 いつの間にかケンプの周囲には彼を肯定し、誉めそやす人間であふれ、彼の心は歪んだまま膨張していった。


 ポロランドは立憲君主制であり、国政は身分の貴賤に関わらず国民が選んだ議員によって執行されている。だがその実態は王族と国家企業であるメルビルス社の人間によって牛耳られていた。政治家や官僚はメルビルス社に天下あまくだりを求める腰巾着に過ぎず、会社の言うことには何でもはいヤーと答えるような連中だった。

 すっかり権力に酔ったケンプはテリヴルヒに言われるままポロランド王府の閣僚を刷新し、変革する時代の寵児を気取って自惚れた態度をとるようになっていた。


 それから間もなくして魔王軍ヴァイダムが宣戦布告をエーテリアに打ち出し、ポロランドは一日で陥落した。

 ケンプは悲鳴を上げて逃げ惑う国民の姿を呆然としながら眺めるしかなかった。


 ポロランドの人間はケンプのことを、王を騙して国を魔王に売った卑劣な裏切り者だと思っている。彼らはかつて国王の口車に乗せられてケンプを散々罵り、暴力を振るってきた。そんな連中がどうなろうが知ったことではない。そう思っていた時期がケンプにもあった。


 しかし魔王軍が彼らに課した強制労働の残虐さを目の当たりにしては放っておけなかった。


 その中にはケンプを信じてくれた人間もいる。本気で叱ってくれた者だっていた。技研の研究員。物好きな姫君たち。その家族。そして母……。今さらながら忸怩たる思いを噛みしめ、ケンプはテリヴルヒに対峙した。


 魔王軍はケンプを捨てなかった。テリヴルヒはケンプが母親と同様に高い魂力ヴェーダを持ち、巨人型起動兵器であるアレッサスとの親和性に着目していたのだ。アラヤシキであるゼリシュエを復活させるための器を! そして何よりも龍を手に入れるための切り札として!


 テリヴルヒはケンプに提案した。


「君の魔王軍に対する貢献度によっては彼らの負担を減らすことを約束しよう。まずはこのアレッサスをよろしく使いこなしてくれ……」



◆   ◆  ◆ ◆



 暗闇の外からケンプを呼ぶ声が一段と強くなった気がする。だが、答える気力はなかった。


 もう疲れた。後にしてくれ。


 考えるのをやめると意識が沈んでいくのを実感できた。これが二度寝をするようでひどく気持ちいい。


 母さん……。


 最後に彼女の身を案じる気持ちが浮かんだがすぐに目を閉じ、耳をふさぎ、口をつむいで、ただ闇に抱擁されるに任せた。






*エリクサー。伝説の霊薬エリクサーから名を冠した医療器具。カプセル状の筐体の中に入ることで全方位から医療術式を患者に施し、回復させる。世界中の医者が職を失うと訴訟したとか、しないとか。

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