巨人、立つ

「あれがアレッサスVブイか!」


 バラランダ中央司令棟の壁に空けられた穴から外の様子を伺っていた魔戦士ディアゲリエ達は異口同音にその名を口にした。彼らの眼前には今、司令棟に迫る巨大な体を持った人型の魔力マナモビルがそびえ立ち、黒煙を巻き上げる炎によって照らし出されている。


 その姿は堂々とした体躯で肩幅が広く、腰は細いが脚部は武骨でどっしりと安定感があった。装甲は全体的に厚く、各部位には鋭角的な形状が組み込まれている。色彩は闇夜でよく判別できないものの黒や藍といった色調が目立ち、一部には刺激的な赤色も見受けられた。頭部はおおむね三角(円錐)をしているが兜のようでもあり、飛行形態で用いられた翼が装飾に残されている。顔面はマスクで覆われた形状をしており、眼部が二つ、光を放って敵を見据えていた。


 合体巨人の登場は劇的だった。烈焱の火龍・紅玉から大会議室の彼らへとどめの一撃が放たれようとした瞬間、アレッサスが横合いから体当たりをかまして止めた。この衝撃をまともに受けた紅玉はバラランダの外まで弾き飛ばされたのだ。

 だが、それで紅玉が破壊されたわけではない。龍は唸りを上げながら新たに現れた敵に向き直って睨みつけており、あふれる戦意を隠そうともしていなかった。


「テリヴルヒの虎の子がついに登場か。だが、アメミヤとかいう操縦者は事実上これが初陣だろう。さて、あの紅玉を相手にどこまでできるかな」


「勝ってくれねば意味がないわ」


 達観するギラザンガに対して現実的な見方をするのがデビラーである。「あやつは何を突っ立ったままでいる。おいギャルガ、魔力マナモビルの操縦者にこちらから通信はできないのか」


 うーん、と机の上に寝転んだままの姿勢で魔窓を広げるギャルガだ。「お~い、アメミヤ少尉~……ってダメだぁ。こっちの機械がイカレててつながらない」


 しばらく二体は対峙したままでいたが、先に動いたのは紅玉だった。大顎を開いて炎のビームを吐き出し、それがアレッサスを直撃するや激しい爆発を起こしたのだ。爆風は大会議室にまで及び、壁際にいた魔戦士達はたまらず防御姿勢をとらされた。

 このビームブレスだけでバラランダの魔力機銃群による一斉射撃を上回るエネルギーがあり、衝撃は中央司令棟を大きく揺さぶった。


「オー、ラ、ラ! あいつマジかよ」


 紅玉の熱線を全身で受けながらアレッサスは前進した。

 手元の限られたガジェットで観測をしていたギルバンがうなる。


「かの巨体の周辺に特殊な防御障壁が展張されている。驚くべきことだが、アレッサスの出力はバラランダの魔力炉心を凌駕しているのだ!」


 アレッサスは紅玉との距離を詰め、なおも火を吹く龍に近接したところで右手を振りかぶり、手を開いたまま勢いよく突き出した。この掌打しょうだともいえるアレッサスの攻撃に紅玉もまた自身の障壁を展開して防いだ。巨人と火龍が織りなす障壁同士がバチバチと干渉しあい、接点から発せられる熱と光は周囲を昼間のように明るくさせ、放電されたエネルギーが稲光の如くバラランダを打って鉄を溶かした。


「熱ッ!」


「すごい、空気がプラズマ化してる」 魔窓の中からヴェロニックが目を見開いた。「ねえ、外の温度が大変なことになっているけど、みんな大丈夫?」


「総員、魔王変化ヴァイダムチェンジだ! 魂力ヴェーダを絞って魔装具を身に付けろ。さもなくば死ぬぞ」


 魔剣将軍デビラーの号令を各位が実行している間に、アレッサスの右手が紅玉の防御障壁をばりんと突き破った。巨人はそのままと龍の頭を掴むや、バラランダの甲板に激しく叩き付けたのである。突き刺すような咆哮を上げて暴れる火龍にお構いなく、アレッサスは龍の頭が甲板に埋まるほどの力で圧し、そのまま甲板をえぐりながら移動要塞の先端部まで押し込んでいった。


 ぐったりとなった龍を再び掴み上げると、てのひらが一瞬強烈に光り、続いて大きな爆音がバラランダに響いた。


「今のは何だ? 手がいきなり爆発したぞ」


神殺しゲタモルツと呼ばれる破壊光線だ」 冥暴星の魔戦士ディアゲリエアロウィンが興奮気味のシェランドンの問い掛けに答えた。彼は機密を扱うジャニンドーに所属する分、アレッサスの諸元に詳しい。「掌底部に仕込まれた魔力解放口から圧縮したエネルギーを放出する。その威力は約16.5メガラヴォワーズでバラランダの127ミリ単装砲に匹敵する」


「こいつはいい! 赤ミミズめ、障壁を破られれば防ぎようもないだろう」


 アレッサスの掌から神殺しが連発で撃ち放たれ、その度に紅玉の頭部に激しい爆音が轟いた。バラランダの主砲まで弾いて見せた龍の機罡獣だというのに体を構成していた術式が乱れ、一部輪郭が揺らいでいるのである。

 最後には掌を解放させて火力をふるい、龍は抵抗もできずに勢いよく夜空へ打ち上げられた。そのまま移動要塞の外に落下するかと思われたが、龍の体は空中に磔にでもされているかのようにその場で止められている。

 アレッサスのぐんと伸ばした右手から今度は特殊な力場が放たれていて、これが龍を空中に縛り付けていたのだ。


 自身の魔装具であるロボットの中で寝転んでいたギャルガがぱっと体を起こして魔窓を凝視した。「なに……? アレッサスからさらにエネルギーが増大! 炉心が相違空間を形成して……そこから何か出て来るよ」


 魔戦士ディアゲリエ達の見ている前でアレッサスの前に長大な剣が出現し、右手に握られた。


「おお、あれこそは天魔滅神剣アスラシャストラム! 刀身に闇の術式が施されており、その刃先は如何なる物質であろうと一刀両断にする第六天の業物」


「いいぞ! なんだか知らんが強そうだ」


 アロウィンの解説にシェランドンは拳を握った。ギャルガは唖然とする。


「あんな大きなものが転送できるだなんて信じられない! ただでさえ少ない魔力を炉心と根性(魂力ヴェーダ)でやりくりしているのに、どんだけよ」


「開発段階でテリヴルヒから聞いた話だが」 鉄鋼の鎧に身を包んだギルバンがマスクの下からギャルガに答えた。「アレッサスは元々旧世界において魔王ハジュンの御霊を降臨させるための依り代だったらしい。使われている魔力炉心は増幅ではなく、バイパスを第六天世界に直結させることで無限に魔力を吸い出すものなのだそうだ。その時はまさかと思ったが、これだけの出力を目の前で見せられてはな」


 アレッサスの脚部から魔力が豪快に噴出され、その巨体を飛翔させた。剣の刃に黒いエネルギーが凝縮されて闇が尾を引き、龍めがけて円月に振り下ろされる。


「こいつはもらったな、ガハハ!」


 龍の機罡獣を圧倒するパワーを目の当たりにしたシェランドンが勝利を確信するのも無理はない。だがギラザンガは魔力マナモビルの戦い方に一抹の不安を感じていた。


「グレンザム。お前はどう思う」


「ああ、ボス。一見捲し立てているが、内面では迷いとためらいを感じる。このままでは危うい」


「厳しいねえ、赤備えの御仁は! 初陣にしちゃ上出来だと思うがな」


「忘れたのか。敵は一体ではない」


 グレンザムの指摘にシェランドンははっと言葉を飲んだ。


 天魔滅神剣の黒い刃が紅玉に落ち、まさにまっぷたつにされようという瞬間、アレッサスの背後に強力な攻撃が見舞われた。さしもの合体魔力モビルもこれにはたまらず姿勢を崩して墜落し、派手な音と一緒にバラランダの甲板を大きく歪ませた。


 何事かと異変にざわめく魔戦士達の前に青い龍が姿を現し、曇天を吹き飛ばす大声量で吠えた。

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