移動要塞バラランダ

「こ、これがバラランダ……」


 を見たシェランドンの最初の感想は「戦車?」であった。左右に履帯を回しており、その上に胴体部が乗っているところまでは既存の戦車の構造と一緒だ。しかし圧倒的に違和感を醸すのは砲塔部で、丸ごと町がひとつ乗っかっているのだ! 宙に映し出された立像は精緻にその詳細を映し出しているが、その町の南側に滑走路があり、そこへ向けてアレッサスと思しき四つの機体が降下していく様子が再現されている。


「そんなバカな! これが現実だというのなら、この移動要塞とやらは一体どれほどの大きさなんだ」


「全長五五〇メートル、最大全幅一〇八メートル。全高は八十五メートル、総重量約三十八万トン。乗員は兵士と操縦士、労働者を合わせて六千人弱。移動速度は最大時速百二十五キロメートル毎時。兵装多数、最大火力はバラランダ砲と呼称する魔力兵器で約五〇〇メガラヴォワーズ*。これは小さな山を一つ吹き飛ばせる威力だな。他に戦闘車両や戦闘機、魔力マナモビルを小隊規模で搭載している。魔王軍ヴァイダムの旗艦として我が夫バラズゥクが精魂込めて建造した機械と魔力の融合兵器だ。主動力は魔力炉心だが、化石燃料も使用しているため、魔力無しでの行動も限定的ではあるが可能だ」


 テリヴルヒは夫と共にこの巨大要塞の設計にも携わったらしく、魔法で機械を動かすという発想について特に雄弁に語った。


 なんてこった、それが本当ならばマージにも匹敵する巨大建造物ではないか。いや、地面に埋まったまま動けなかった巨人城砦よりも稼働している分こちらの方が兵器としては優れているかもしれないとシェランドンは身震いする。


「旧世界のような全魔力式ではなく、増幅機で無理やり出力を上げた炉心と在来技術をかけ合わせた武骨な風体ではあるが、その分頑丈で連合軍の兵器など当初から眼中にない。真に戦うべき相手は機罡戦隊よ」


 そうこうしているうちにガクンと機体が揺れた。アレッサスは垂直離着陸が可能であり、そのまま四機が同時にバラランダの飛行甲板に並んで着艦したのだ。


「……」


 テリヴルヒの魔力から解放されたシェランドンが彼女らの後について機体を降りると、事前に連絡を受けて待機していた医療班がルシファリアの宝筐から吐き出された特戦群の魔戦士達を車輪付きの担架ストレッチャーに乗せて運んでいく。お前も一緒に行け、と言われたシェランドンだったが、気になるものを見つけて足を止めた。


「なんじゃ、どうした」


「アレッサスとかいう魔力マナモビルだけどよ、操縦者はあいつ一人か?」


 シェランドンの視線の先には四機止まっている魔力モビルの一つ、三角形をした機体から降りてきた若い男の姿があった。


「少尉。こちらへ」


 冥算星の天元術士は手を上げて魔力モビルを操縦していた者を呼び寄せた。特殊な防護服に包まれた者は細身の男で、ヘルメットを外すと黒い髪が誘導灯の光に反射した。顔つきは東方人のようだが、瞳の色は青い。


「ルシファリア、この者がアレッサスの操縦者です。魔戦士ディアゲリエではありませんが、元ポロランドの軍人で強いヴェーダを持っておりましたので搭乗者に抜擢しました。結果は見ての通りで、次は実戦投入を考えております」


 魔王軍の首魁は「うむ」と頷き、操縦者を満足げに見上げた。「見事な操縦であった、少尉。名はなんと申すのじゃ」


「……ケンプ・アメミヤ」


「アメミヤ?」 そう聞いたのはシェランドンだ。「の人間か」


 ケンプのこめかみが一瞬ぴくりと反応した。ヤマモトとはエーテリア大陸の極東に位置する島国で正式名称は大和日ノ本やまとひのもとの国、或いは日ノ本ひのもとという。だがそう呼ぶのは当の島国に住む人間だけで、外に出ると国際基準で定められたヤマモトという国号で呼ばれることがほとんどだ。これに対し日ノ本の人間は複雑な思いを抱いているらしく、ケンプの反応もそれに起因すると思われるが、少なくともシェランドンの知ったことではない。


「……さあな。そう思うんなら、勝手にしろ」


 なんだと? その答え方にカチンと来たシェランドンが一歩前に出て男の胸倉を掴もうとするのをテリヴルヒが再び魔力でバチッと止めた。「この者は私の部下だ。勝手をされては困る」


 チッ、と舌打ちするシェランドンだったが、ケンプと名乗った男はそれを気にする様子もなく、テリヴルヒに詰め寄る態度を見せた。


「おい、操縦でも戦闘でもなんでもやってやるが、忘れるな。約束だけは守ってもらうからな」


「約束?」


 ルシファリアとシェランドンは同時にぴくりと聞き耳を立てて、テリヴルヒの反応を待った。


「ほほほ、お前の家族も仲間も無事だから心配をするな。今日はもう休むがいい。おっと、部屋に戻る前に一つ頼みがある……」


 テリヴルヒは手に持っていた鳥籠をケンプに手渡した。


「機罡獣……? こいつがか」


 それを見たシェランドンが思わず身を乗り出した。「おい、俺達が苦労して捕獲した鳥野郎だぞ。そんな雑に扱われちゃ困るんだがな」


「最終的に捕らえたのは私のヴァイクロンだが、文句があるのか」


「な、なんだと……」


 憤るシェランドンだが、テリヴルヒには痛い目に合わされたばかりである。握り拳を震わせながらも自重した。


「テリヴルヒ、確かにその駄鳥は我ら魔王軍の宿敵じゃ。逃がせばいかに貴公といえど処罰は免れんが」


「ええ、ルシファリア。このアメミヤ少尉、実はポロランド王国の王族であり、同時に大企業メルビルス社経営者の一族で、この若さでありながら世界魔法使い組合、通称ギルドの一員を務めているのです」


 ギルド⁉ シェランドンもその名は耳にしたことがある。レアンシャントゥールの黎明期、世界中で大量に氾濫した違法の魔法術式に対処すべく設立された国際諮問機関だ。時代が進むにつれて権限が強化されていき、現在ではすべての魔法に関する取り扱いはこのギルドによって制定されるため、絶大な権力を保有する。

 ヴァイダムの上層組織である「委員会**」とも密接に関係があるとか、ないとか……。


「そしてこのバラランダにはギルド公認の技術研究施設アガッサが設置されていて、アメミヤ少尉は当技研の代表も務めているのです。私が彼に大事を預けるのは、そういう理由です」


 シェランドンは大いに不服であったが、ルシファリアが得心した様子なのでそれ以上の言及は避けた。


「技研はもう閉まっている。明日でいいか?」


 ケンプは籠の中で何の反応も示さないでいる奇妙な鳥を揺らしながら、無表情で訊ねた。


「許可する。その代わり決して油断をしてはならない。取り逃がせば君も私も命はない」


「……」


「だが、この鳥に使われている機罡石を取り出して運用が出来れば、君や君の関係者はすべて解放されるだろう。だから技研の人間にも努めて早急に解析するよう発破をかけてくれ」


 無言のままケンプは籠を持って迎えの車に乗り込み、バラランダに立ち並ぶビル群の中へ姿を消した。


「御大層な肩書を持った野郎を家族や仲間を人質にして働かせているわけか」


「彼がその地位を得るのに我々も少なからず骨を折った。何か文句でも?」


 ──要するにたわけか。テリヴルヒの冷たい鉄面にシェランドンはにやりと口角を上げた。「いや、悪くないと思うぜ。せいぜいこき使ってやるんだな」





*ラヴォワーズ 魔力の単位。新世紀で魔法の研究を続け、レアンシャントゥールを牽引した魔法研究者であるローラン・ド・ラヴォワーズの名前から取られている。lavsとも表記される。


**委員会 太古の昔からエーテリアの社会を裏から支配する秘密結社。その構成員や規模については一切が謎である。ヴァイダムを傘下に置き、自らの手駒として利用する。

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