第14話 フィジカル×フィジカル×フィジカル
「はぁ、ガキのお守りも出来ねぇのかよ」
部屋の状況を太々しい態度で眺める男の声色は、仲間がやられている筈なのに、どこか愉快そうだった。
「まったく…ん? あんた、紫電の…なんでこんな場所に、いや…ああ、なるほどなるほど、そう言うことね」
エレの存在に気が付いた男は、何度も頷き、勝手に何かを納得したようだった。
そんな大袈裟な仕草で挑発する男から、エレは視線を外せず最大級の警戒をしていた。
フェートには、エレがあの男の何に警戒していたの分からなかったが、エレが動けずに居る以上、自身が行動に出る。
「女の子も一緒だった筈ですが、返してもらいますよ」
「……あ、なんだお前、雑魚に用はねぇよ」
フェートに一瞥くれた男は、興味なさげに手をひらひらと振る。
その刹那。
なんの前触れもなく、倒れていた男達が破裂した。
血飛沫を撒き散らし、原型を留めることなく、全てが肉片となり弾け飛ぶ。
共通脅威性評価システム:CTSS
ーーデータ不足……暫定評価…AAA+
フェートの現在アクセス可能な機能の全てが、現行の最大値で即座に稼働する。
『現実改変…!?』
加速する演算処理によって、静止していく視界の端で、同じく戦闘態勢に入っていたエレは、既に敵との距離を半分以上詰めている。
そして、フェートもそれに合わせる様に、側面から距離を詰めていた。
戦いの火蓋が切られた事にご満悦な男が、軽く手を振ると、何故かエレは吹き飛ばされ、壁に打ち付けられた。
その見えない力によってめり込む壁から、抗い抜け出そうとするエレの全身の筋肉が隆起すると、周囲に紫色の稲妻が走り、火花が飛び散る。
「はは、流石だな!抵抗するなんてさぁ!」
目に見えない力を操る男は、完全にエレだけをターゲッティングし、フェートは眼中にないようだった。
どういう判断をしたのかは分からないが、フェートにとって好都合であり、腕組みをし高笑いする男に不意の一撃を放った。
が、それは空を切り、数メートル離れた場所で無傷の男が不思議そうにフェートを見ていた。
「はぁ?なんでだよ…ちゃんとぶちまけろって!」
苛つきを見せた男は、視界に入るフェートを自分の世界から追い出すかの様に、腕をぶっきらぼうに薙ぎ払った。
………、しかし、なにも、起きない。
「は?」
困惑する男にとって、こんな事は初めてだった。
今までにも、エレの様に抵抗出来る奴は少しは居た。
それは自分の能力がまだ成長過程で、完成されてないからであり、仕方がない。
だが、こんな思い通りにならない事など、あり得ない。
本当なら、あの使えない雑魚共と一緒に内臓をぶちまけてた筈なのに。
『この状況…』
フェートも、今何が起こっているのか、殆ど分からずにいる。
敵の能力の発動条件、発動速度、効果範囲、最大影響力、再使用可能時間など…
そして何故、その効果が自分に対して発揮されないのか。
敵の戦闘を楽しむ様な言動からすると、これがただのブラフの可能性もある。
分かっているのは、敵の能力が起こす物理現象は本物であり、私を破壊し得るという事。
それでも、逃げるという選択肢は無い。
逃げた所で、敵にこのまま雪割市まで攻め込まれれば、この世界での協力者を全て失いミッション遂行に大きな支障を来すだろう。
であれば、敵の能力に抵抗出来ているエレがいる、今やるしかない。
双方の刹那的な思考から先に抜け出し、先手を打てたフェートは追撃に出るも、先程同様に敵の瞬間的移動によって空振りに終わった。
これは、単純な作用、反作用による移動でもなければ、ワープでもない。
移動そのものに因果が存在せず、結果だけが顕現する、そういう類いの能力。
だが、結果が顕在化する瞬間、それは物理空間に僅かな歪みを生むのだ。
フェートは、敵がフィジカルオーバーライトして行く先を推測し、喰らいついて行く。
「こいつ!?」
『ディストーションセンスが…鈍い!』
時空間の歪みを感知出来るフェートの、超感覚器官も未だ本調子ではなく、大まかな出現位地しかわからない。
それでも飛び込む。
タイミングを間違えれば、敵のフィジカルオーバーライトに巻き込まれて、消失するかも知れない。
それでも追い込む。
『次…!』
男は何度も繰り返す工程に嫌気が差しながらも、自身の能力が相手に効かない以上、何か突破口が見えるまで何度でも、繰り返してやるつもりだった。
しかし、どんなに万能な能力でも、使う人間の力量によっては、その力を最大限に発揮出来ないものだ。
本来なら、無制限に何処にでも顕現出来る筈の男は、焦りから自身の肉体的な感覚に囚われてしまい、その視界内にしか移動しなくなっていた。
そして、それを見逃すフェートでは無い。
敵の行動パターンから出現位置予測を補正すると、敢えて次の位置でも空振って見せた。
敵の前を横切る様に右ストレートを空振り、体勢を崩しながら身体を捻り、後ろ蹴りを放とうとした…
が、その脚力は相手を倒す為では無く、地面を蹴り最終補正位置に高速で移動する為のものだった。
フェイントに引っ掛かり能力を中断する事が出来なかった黒尽くめの男は、高速で眼前を移動するフェートの背中を見送る事しか出来なかった。
「………ヤバ」
考え得る最高のタイミングで陣取ったフェートの、確信めいた強烈な踏み込みは、爆発音と共に、地面にクモの巣状の亀裂を疾走させた。
一蹴…黒尽くめの男が最後に見たのは、視界を覆う黒だけだった。
人間の頭部という形が、完全に失われた死体をフェートは見つめている。
『私は、人の業を肩代わりした兵器だ。人を殺すことに許可は要らない…だが』
「すまん!手こずっちまった、大丈夫か?」
男が死んだことで、エレの拘束が解かれたのだろう。心配そうに駆け寄ってきた。
「はい、とりあえずは…辛勝といったところですが」
実際問題、敵の能力が私にだけ効果を発揮しなかったのは、完全にマナの影響下にないとされる私だからなのか、私のスペックが上回ったのか、只の偶然なのか…
『何も分からず、ただ殺してしまった』
しかし、あの能力の前には、無力化など選んでる余裕は無かった。
エレがいた事で、意識が少なからずそちらにも向いていたのも助かった。
完全に、一対一の状況なら対応されていたかも知れない。
…、…、…、…、………、いや、とにかく今はやるべきを事やろう。
エレにシュウゲンを任せて、あの男が出て来た奥の部屋にアルマを探しに、フェートは向かった。
奥の部屋とを隔てる間仕切り扉から漏れ出る物に、一歩近づく度にそこで何があったか、嫌でも分からせられてしまう。
フェートは部屋には入らず、振り返るとエレに視線を向ける。
「シュウゲンの意識は有りますか?」
「意識を失っては居るが……いや、ああ…大丈夫だ」
フェートの質問の意図を理解したエレは、静かに応えるとシュウゲンを抱きかかえ、出口へ先に向かった。
地下道を少し行った所で、フェートが追い付いてきたのが分かると、エレは希望を噛み締める様に聞いた。
「どう、なんだ?」
「生きてます…生きてはいます」
何故生きていられるのか、これもあの男の能力の残滓なのだろうか。
この両腕から、今にも溢れ落ちそうなアルマを救う為に何が出来る?
この世界の医療レベルでは、恐らく無理だ。そもそも、外科的医療でどうにかなる状態には見えない。
『どうして……、どうして…』
目の前の現実に、思考演算の処理が追い付かない。
こんな事はシミュレータで、幾らでも経験してきた筈なのに。
「…、…おい!大丈夫か?」
「すみません、切り替えます」
フェートは、自己推論のループに陥りそうになった所を、エレの声に引き戻される。
『こいつ…思ったより温室育ちだな』
「まぁいい、とにかくお前はアルマを連れて雪割市に戻れ、わたしはこっちを連れてくから」
エレは、宿場町から本街道を北に行くとある港町に、シュウゲンを連れて行くと言う。
雪割市程ではないが、医療施設があるレベルの規模の街で、シュウゲンならそこで何とかなるらしい。
「追撃があると思いますか?」
「まぁ、あるだろうな。流石に、あのレベルの異能者が、ポンポン出てくるとは思えんが…」
『異能者…?』
あの祭司が、情報が漏れないように援軍を待機させている可能性は十分あるが、エレの推測では、雪割市まで戻れれば何とかなると言う。
雪割市には突出した強者は居ないが、そもそも二十万人規模の街の守りを抜くのは簡単じゃない。
そこまで追撃するのは、相手にとってリスクが非常に高く、やりすぎれば新興宗教団体の悪事が、世界的に露見してしまう。
ただそれでも、全員で雪割市に行けば、そのリスクをかなぐり捨てて、爆死しに来る可能性が生まれてしまうかも知れない。
なので、追っ手を分散し退避しやすくすることも考えると、今は二手に別れると言うのが正解ということだろう。
そして現状、敵があの能力者を、私とエレどちらが倒したかを知らないと仮定するなら…
本命のアルマが居るが、あの異能者を倒したかもしれないフェートがいる雪割市。
本命では無いシュウゲンと、恐らくあの異能者を倒したであろうエレがいる港町。
と言う事になり、エレの想定は、リスク分散が上手く出来ていると思う。
問題は、アルマを雪割市の医療レベルでどうにか出来るのかと言うことだが…最悪、リスクを無視してでも使うべきか?
「何にせよ、アンナ様ならどうにか出来るかも知れない…だから、お前はとにかく走ればいい」
「分かりました」
フェートの疑問に気が付いたエレが、それに応えるように話を打ち切り、フェートに走るよう促した。
地下通路を抜け、慎重に階段を上がると、広間には誰も居らず静まり返っていた。
エレは辺りを警戒しながら、扉を少しだけ開くと外の様子を伺う。
問題が無いことを確認し、合図を送る為に振り返ると、フェートがテーブルから、ベルベットのクロスを引き抜き、アルマを優しく包んでいた。
「…いけます」
エレの視線に気が付いたフェートは、それだけ伝えると扉のサイドに配置に着いた。
フェートは、息絶え絶えのアルマに布一枚掛けた所で、それに意味が無い事くらい分かっていたが、何故かそうしたいという願望を処理できずにいた。
「良いと思うぜ、そういうの」
アンナの頼みだからと受け入れた、イレギュラーな転生者であるフェートの人物像が垣間見えた事で、その実力と共にアルマを託すに値する人物である事を、エレは再確認した。
「じゃあ、行くぞ…一、二の…」
三の合図と同時に、エレが両開き戸中央を蹴飛ばすと、扉が外壁にぶつかる音が耳目を集めたが、飛び出す二人を認識出来た者は少なかった。
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