真夏の思い出

今日もあの子と遊ぶ。

だけど彼女は激しい運動は禁止なんだってさ。

おかしいよね。学校でも家でも外で遊びなさいって言われるのに。

それに僕はしっているんだ。

僕が鬼ごっこしようと言った時は本当はとても喜んでいたことも!

実はおままごとよりも運動の方が大好きだってことも!

そしてあの子は誰よりも運動神経が抜群ってことも!

僕の目にはそういうこともわかるんだ!


それにほら、運動を禁止されたその日からあの子の色がドンドン濁ってきている。

やっぱり運動したいんだ!


「ねぇ、本当に今日は鬼ごっこしないの?」

「うーん、やめときましょう?」

「今日ぐらいやってもバレないよ!」

「そういう問題じゃないんですよ。これは約束なんですから」

「ふーん、つまんないの」

「それで今日はどうしますか?」


「今日は駄菓子屋にいこ!」

「いいですね!」


~~


駄菓子屋は絶滅危惧種だ。そう噂されている。

僕が訪れたこの駄菓子屋は通称「人類最後の駄菓子屋さん」と呼ばれている。


「たのもーーー!」

「黙って入ってらっしゃいな」

このおばちゃんが人類最後の駄菓子屋さん。この人が死んだら駄菓子屋さんは絶滅する。

……という噂だ。


「おばちゃん、アレちょうだい!」

「また君かい、いつもアレっていうがねぇ、わかんないよそれじゃ」

「アレですよアレ」

「今日は彼女さんもお連れかい。たっくアレって言ってもわかるはずが無いでしょうが」

「だからアレだって!」

「アレですよ!」


「……あーうっとおしい!あんたらが欲しいのはこれかい?」


シガレットラムネが現れた。


「うーんタバコの気分じゃ無いかな」

「私も、タバコは健康に悪いですし」

「何がタバコかい。これはただのラムネだよ。じゃあこれかい?」


ヨーグルが現れた。


「はは、それは子供が食べるやつだよ!」

「私たちはもうそんなの食べませんよ?」

「君たちはいつからそんな偉そうなことが言えるような子になったのかねぇ。じゃあこれだ」


うまい棒が現れた。


「……牛タン塩味ある?」

「なんだいそれは?そんなのあるのかい?」

「さきいか味はありますか?」

「お嬢さんはそんなのが好みなのかい!?」


「あんたらは本当にもう……もう次でラストだよ」

「ゴクリ」

「そんなに覚悟を決めるんじゃないよ、ただの駄菓子でしょうが」

「ワクワク」

「嬢ちゃんは何を期待しているんだい」


「ホレ。これで違ったら、もうわたしゃわからないね」


ビー玉ラムネが現れた。


「……これだ!」

「そうですこれです!」

「あーよかったよ!今日は暑いからねぇ、水分はしっかりとりよ」

「ありがとーおばちゃん」

「誰がおばちゃんだ!お姉さんでしょうが!」

「……いや、流石にそれは無理がありますよ」

「だろうねぇ……」


僕たちはお小遣いをおばちゃんに渡して、ビー玉ラムネを一気に飲む。

飲めなかった。やっぱりこのビー玉は邪魔だよね。

少女も少し苦戦していた。それを見て少し笑った。


「じゃあねーおばちゃんー長生きしろよー」

「ありがとうございます!楽しかったです!」


「ちょいと待ちな」

「?なんだよ?」

「そのラムネは”当たり”だよ。だからもう2本持って行きな」

「え?あたり?ラムネにそんなのあるっけ?」

「どういうことでしょう?」


「あーいいんだよ!わたしが当たりと言えば当たりなんだよ!」

「うーん、よくわかんないけどありがとう!」

「ありがとうございます!」


「……また来なよ」


「うん!」「はい!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~



そしてまた別の日。

今日はどこに遊びにいこうか。

そんなことを考えていると頭の中の夏が思い浮かぶ。


「海にいこう!!」

「りょーかいです!!」



夏の間は海は毎日人で賑わっている。

色とりどりのパラソルや、ボール、ビニールシート。そして派手な派手な水着。


みんなは海に来たら何をするだろうか?海で泳ぐ?

チッチッチ、それは素人の遊び方だよ。


つうの人はね、こうやって港の方で釣りをするんだ。


砂浜と違って少しどんよりとした灰色の港。

帽子を被ったおじさん達がみんなで海に糸を垂らしている。


僕達はその中から目当ての人物を探し出す。

明らかに釣りに似合っていない白衣を着た男の人。


「医者のおじさん、今日もびょーいんサボってるの?」

「バカヤローサボりじゃねぇんだ。心の休暇なんだよ」

「つまりサボりじゃないですかー?」

「そうじゃねぇよ。って、なんだ坊主どもか、久しぶりだな」

「はい、久しぶりですね」


この人は海に行くとたまに会えるレアキャラおじさん。

病院で働いているお医者さんらしい。だからこんなところでも白衣を着ているとのこと。


暑そうだから脱げばいいのに。


「ってことはあれが欲しいんだな?」

「そーいうことです!」

「早く早くー」

「あー急かすんじゃねぇ、たっくどうなってんだ最近のガキは……」


そうブツクサ言いながら、医者のおじさんはどこかへと向かう。

しばらくすると医者のおじさんが2本の小さな釣竿を持って帰ってきた。


「ほらよ、お前らの釣り竿だ」

「わぁ!!ありがとうー!」

「いつもありがとうございます!」

「たく、人に頼ってばかりじゃあ、まともな大人になれねーぞ」


そう言いつつも医者のおじさんの顔は少し笑っていた。


「医者のおじさん、きょうは釣れるかな?」

釣竿を海に垂らしながらそう尋ねてみた。

「あ?俺のクーラーボックスを開けてみな。そこに答えがある」


「んー?」


僕達は言う通りにクーラーボックスを開けてみた。

そこにはなんと、1匹も魚がいない。なんなら水すら入っていない。


「おじさんやる気あるの?」

「うるせーな、今日はそういう気分の日なんだよ」

「医者のおじ様、見損ないましたわ」

「てめーも援護射撃するんじゃねぇ」


「仕方がないから僕達がおじさんの晩御飯を釣って上げるよ」

「私に感謝するんですね!今日は魚が食べれますよ!」

「いや、食に困って釣りをしてるわけじゃねぇんだが」

「恥ずかしがらなくてもいいんですよ?」

「貧乏は恥じゃないんだよ?人に頼らないのが恥なんだよ?」

「ねぇ君たち、俺は医者だぞ?」


「おじさん今日は何時から釣ってたの?」

「あー朝の6時からだ」

「えー早いですね!」


「まぁな」

「それなのに、1匹も釣れないなんて……可哀想に」

「釣れなくてもいいんだよ」

「ん?どういうこと?」


「大人になるとなぁ、無為に時を過ごすってことが難しくなっちまう。毎日毎日忙しく動いてな、マグロみてぇに止まったら死んでしまうじゃねぇかってさ」


「だけどよある日気がついたんだ。時間はゆっくりでもいい。ゆっくり生きてもいいってな。餌も使わずに釣竿を垂らすだけの時間があってもいいってな」


「太陽を浴びて、海を眺めて、ぼーっとする。そんな無駄でしかない時間をさ、楽しめることが最高なんだよ。生きてるだけで価値があるんだ」


「んー……わかんないや!」


「ボウズには難しかったか!お前もまだまだだなぁ!!」


「んーなんだよもう!!」


「っておい!!ボウズ!!釣竿動いてるぞ!!」

「え!?ほ、ホントだ!!釣れた!?」

「落ち着け!!まだだ!!釣竿を大きく振れ!!針を魚の口深くぶっ刺さすイメージだ!」


「えっと、こう?」


「よし、いいぞ!!あとは一気にリールを巻け」


「こ、こうかな。うっ、重い」


「頑張れボウズ!!」


「ん〜〜」


「網を持って来ました!!」


「ナイスだ嬢ちゃん!」


「お、重い。だけど、まだ行ける……あ、でもそろそろ限界!」


「頑張れボウズ!!魚が見えたぞ!!嬢ちゃん!今だ掬ってやれ!!」


「はい!!」


少女が網で水面まで来た魚をすくい上げる。

それは呆れるほどスムーズに、綺麗に魚を釣り上げることができた。


「「やったーー」」


「良かったな、お前ら!大物だぞ!!」


「はい!!」


「よーし、写真とってやる。そのまま魚持っておけ」


「りょーかい!」


医者のおじさんが、携帯を取り出すと、ピピピピという音が鳴った。


「あー電話だ。すまねぇ。ちょっと待ってくれ」


そう言うと、おじさんは電話をしながらどこか遠くへ行ってしまった。


しばらくすると残念そうな顔をしながら戻ってきた。


「どうやら急患らしい。医者が足りなくて戻って来いだってよ。休暇だっつのーになー」


「ええーおじさん行ってしまうの?」


「ああ、行かなきゃなんねぇ」


「なんで?休みなんでしょ?もっと遊ぼうよー」


「……ボウズ達には分からないかもしれないが、この世界には釣りすら出来ない体のヤツが沢山いるんだ。そんなのって悲しいだろ?」


「うん、悲しい……」


「だから俺が行かなきゃいけないんだよ」


「……行ってらっしゃいです」


「おお、行ってくるわー。そうそう道具はそのまま使っていいから後で適当に片しておいてな」


「あ、そうだ。はいチーズ」

カシャリと携帯から音が聞こえた。

あまりにも突然なもんで、なんのポーズも出来なかった。


「ケケケ、いい写真取れたわ!それじゃーなー」


そう言って医者のおじさんはどこかへ行ってしまった。きっと誰かを救うために。


「立派な人ですね……」

「そうだね」


ザブーンザブーンと波の音が聞こえる。

そこには爽やかな余韻があった。

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