エンパイアジュニアヘビー級チャンピオンシップ チャンピオン 華翔 VS 挑戦者 カオル
「ぬおおおおおおおお」
大歓声で俺は現在へと引き戻された。
慌てて、簡易のマスクを被ると、会場の方へ行く。試合は華とカオルのジュニアヘビーのタイトルマッチだ。レックスもアースもそれに、ダストさんなどヘビーの選手達もこの試合は気になるらしく、会場の隅から見ている。
リング上では、入場、選手のコールや、タイトルマッチだという説明などはとっくに済み、序盤のロックアップなどが一通り終わった所だった。
華は右手を高くあげ、観客をあおる。
「スターライトシリーズだ」
「やった」
観客の至る所で、華が今日はスターライトシリーズだという事を宣言した事に気づく。スターライトは技の威力という点ではもう一つのフラワーファイトより勝る。シングル戦ではスターライトシリーズを使う事が多く、タッグでフラワーファイトを使う、そういう傾向があるようだ。
それぞれのかつてのタッグパートナーである、レックスとアースは花道の奥で見つめている。ついこの間までのの関係であれば、エプロンでセコンドのような事をしてもおかしく無いのだが、今は随分と距離をとっている。
華がカオルをロープに飛ばすと、戻って来た所をドロップキックを喉元にきめる。
高い。
ドロップキックは基本中の基本の技だ。目新しい事は何も無い、他の選手が使っても、感想を持つことさえそうない。しかし、華のドロップキックは高さ、躍動感、ヒット後の着地、どれを切り取っても絵になる。
そう、思っている間隙に、ヒットされたカオルが先に立ち上がり、技をかけた華が遅れて立ち上がると、お返しとばかりにドロップキックを見舞った。
綺麗だ。
カオルのドロップキックは、衣装のロングパンツについたヒラヒラも相まって、美しい。ヒットした後に、円を描くように着地する様は、実生活では必要の無いことだが、見とれてしまいそうだ。
華は受け身を取ると、そのまま場外へとエスケープする。
Tシャツ姿の若手がよそよそと、華の近くに陣取る。
カオルはリング下の華を確認すると、対角のロープへと走り勢いをつけると、トップロープを超え空中で前宙をして、背中を華にぶつけるように落下した。
「お気をつけください、お気をつけください」
場内アナウンスが流れる。リング下では、華とカオルが入り乱れて倒れている。若手も二人、セーフティーの意味で巻き込まれたのだろう、倒れていた。
俺は、アレを見て足がすくんだ。よくあんな事できるな。
倒れている選手二人を最前列の女性客は、キャーキャー言いながら腕や背中を触っている。
技をかけた、カオルが先に立ち上がり、華を髪の毛を掴んで立ち上がらせた。
「へい、カオル、華、リング、カオル、華」
レフェリーはリング上で戦えと先ほどから再三再四、注意をしている。もちろん、二人は無視だ。
「ほらよーー」
ガッシャーーーン
華はカオルによって、観客を守るために設置されている鉄柵に打ち付けられた。
またもや、最前列の女性客は華に触って大騒ぎだ。近くの人は何人もよって来ては触っている。
「あ」
俺は思わず、声が漏れた、唯理ちゃんもその近くにいたのだが、華を積極的に触りにいく素振りは見せていなかった。
別に俺のファンだとは思っていないが、華の事もそんなに良いとは思っては無いということなのかな? 良かった、変な趣味の持ち主じゃなくて。
「おい、どけ」
カオルのセコンドにはガイアがついて行ってる。観客の女性客を立たせると、その座っていた椅子を取り上げ折りたたむとカオルに渡す。
「キャーー」
客も悲鳴を上げているが、嬉しそうだ。
「お気をつけください、お気をつけください」
場内アナウンスが形式通り響く。そんなに気をつけてプロレスは見れないし、やれない。
カオルは華の顔に向けて、折り畳んだ椅子の短い方の側面を打ち付けて行った。
四回、五回やっただろうか、カオルは若手にタオルを持ってこさせる。
気取りやがって。俺はこのパフォーマンスが嫌いだ。以前、この気持ちを分析してみたが、結局の所、俺には出来無い、羨ましいという嫉妬しか生んで無い事に愕然としたものだ。
カオルは使用した椅子をそのタオルで綺麗にふくと、もとの女性客の場所に戻し、エスコートするように着席させる。
客はキャーキャー言いながら手を引かれて、着席するのでご機嫌だ。
そして、華を髪の毛を掴んでリングに戻すと、カオルもリングへと復帰した。
レフェリーは安堵したような顔をした。場外カウントが十ほど過ぎていたからか。会場の誰もそんなカウントを聞いてはいない。
カオルは、必殺技のハイインパクトをこの段階で敢行しようとした。試合時間はまだ五分経過したかしてないくらいだろう。まだまだ、そういう大技は決まらない時間だ。
「フンっ」
カオルは踏ん張る声を出すと、華を持ち上げようとした。しかし、上がらない、華もまだまだ元気だ対抗する力はある。逆に華がカオルを持ち上げようとする。
「ぬぐっ」
華の踏ん張る声に、カオルが今度は喰らうまいと力を込める。
「ぐがっ」
二人の力が拮抗する、どっちにも転びそうで転ばない。まだまだ序盤、そんな技は決まらない、そんな所だろう。
カオルは技を解くと、華の腹を蹴り上げて、上体を前かがみにさせる。そして、顎を持ってうつむいた顔をあげさせる。
「おらよっ」
カオルの右のエルボーが華の喉元に食い込む。
しかし、華もダウンはしない。
「あああ」
仕返しとばかりに、華の右手の張り手が、カオルの胸を襲う。
バチーーン
カオルものけぞるが、体勢を大きく崩れる事は無い。しかし、胸に大きな紅葉ができた事は確かだ。
「おらよ」
カオルのエルボー。
「あああ」
華の張り手。
「おらよ」
「あああ」
「おらよ」
「あああ」
・・・・・・・
何往復したであろうか、二人の意地の張り合いはしばらく続いた。
どうにこうにも埒が明かなくなってきたのか、カオルが先に折れる。
距離を取ると、ドロップキックを華に叩き込む。
しかし、華は倒れない。意地で立っている。
「おおおおおおおお」
観客からは感嘆の声が漏れる。
カオルが立ち上がるのを待って、華が仕返しにドロップキックを華に見舞う。
喰らったカオルも倒れずに、しかし勢いを受けて後ろのロープに飛ぶ。更にロープで勢いをもらったカオルは、リングに倒れている華にエルボーを落としにかかる。
華はその場で横に回転して、エルボーを躱すと立ち上がると、ロープの反動を利用して、カオルへと突進する。
カオルもダメージは受けていないので、すぐさま膝立ちになると、突進してきたカオルの左脇に自分の右手を差し入れると、勢いそのままに投げた。
投げられた、華は立ち上がると、勢いを殺さないようにロープの反動を利用して膝立ちしているカオルへ自分の右膝をカオルの顔面に叩き込んだ。
ジャンピングニー。
華の得意技の一つ。
しかし、綺麗な攻防だな。
俺は息をするのを忘れていた。これがウチの団体のジュニアヘビー級の最高峰。俺もこの戦線に加わりたい。加われるのか? 自分のプロレスが一番だと思ってここまで来た。しかし自信がなくなるほどのクオリティの高さだ。恐ろしくなる。
華が両手を肩の高さまで上げると、水平方向に動かした。
落ち着け。
華のメッセージはこうだ。今の攻防だって対した事は無い。今のですごいと思ってもらっては困る。そういう意味だろう。
カオルの髪の毛を掴んで立たせると、ニュートラルコーナに向けて、走らせた。
「行くぞ、オラッ」
短く、ハキハキとした声を出すと、カオルに向かって走り出した。得意の対角へのジャンピングニーだ。
「ぬーーん」
喰らったカオルが唸る。顔面を完璧に捉えたジャンピングニーはかなりのダメージをカオル残す。華は半ば、コーナーポストに登らんばかりに膝をめり込ませた。
華はカオルを残して、もう一度対角のコーナーに控えると何やら動きを始めた。両膝につけられたクッションがついたサポーターを、右膝のみ外し始めたのだ。外されたサポーターは観客席へと投げられた。
「きゃあああああ」
ちょうど、熱狂的なファンがいる場所へと飛んで行ったのか、そこは興奮の渦ができた。試合そっちのけだ。
そんな、歓声をよそに、華はカオルがいるコーナーのみを見据えている。もう一度ジャンピングニーを、サポーター無しで繰り出す気だ。
カオルはまだ、ダメージが抜けていない。意識朦朧とコーナーに寄りかかったままだ。
クッションが無くなった分、さっきのより威力は増加する。サポーターが飛んで行った所以外の観客はその動きに固唾を飲んで見つめた。
「行くぞ、オラッ」
もう一度、同じ、短くハキハキとした声を出し、走り始める瞬間だった。
バタン。
華はその場に倒れてしまった。
ガイアか。
場外に潜む、ガイアが華の足を持ち転倒させたのだ。
「ブウウウウウウウ」
ブーイングだ。神聖なタイトルマッチでセコンドが介入するなど言語道断だ。
「へい、ガイア」
レフェリーはガイアへ注意をし、リングから離れるように伝える。もちろん、ガイアはそれを無視して、離れる気配は無い。
リング上では、華が転倒し、サポーターを外した事で膝を痛めたようだ。
それを、カオルが見逃すはずがない。倒れている華をリング中央に引っ張ってくると、仰向けにして右足のかかとを持つ。カオルの右のエルボーが華の右膝に落とされる。
「ぐああああ」
華の悲鳴が響く。華ファンの悲鳴も同じように響き渡る。
形成逆転、カオルのエルボーが、二度、三度と華の右膝を襲う。
「ぐあああああ」
ウィークポイント。それが、試合中に露見する。強いレスラーはそれを見逃さない。特にタイトルマッチだ、そんな隙を見逃すなど、いらない情だ。
「ぬぁあああ」
華は元気な左足で、カオルの顔を蹴ると、慌ててロープへ這って行き、なんとか立ち上がると流れを自分に持って来ようとしていた。
カオルは、蹴られた口元あたりを拭くと、立ち上がる華を見逃さない。その右膝に低空ドロップキック。
「があああ」
華は右膝の痛みで再びダウン。
カオルがすぐさま、華を立たせて右足を抱えると、膝を捻るように、体がリングに平行になるようにクルリと回った。
ドラゴンスクリューか。
武藤敬司リスペクトのカオルがよく使う、ドラゴンスクリューを膝を痛めたことで華に使われた。
そして、もちろんカオルは四の字固めに移行した。
「ぐああああああ」
華の声が会場に響く。
「はーーなーーー」
女性の声はもっと響く。
「レフェリー、ギブアップだろう」
セコンドのガイアがチャチャをいれて、マットを叩く。
「ぐあああああ」
華はそれでも、声を出しながら、這ってロープまで行く。なんとかサードロープに手が掛かった。
「ロープ、カオル。エスケープ」
レフェリーがカオルに技を解くように促す。
すると、カオルは技をかけたまま、手と尻で再びリング中央へと場所を移動する。
これは駄目だ。エスケープが認められたのだから、技を解かなければならない。しかし、カオルは技を解く気配は無い。
「カオル、ワン、ツー、スリー」
反則カウントを数え始めた段階で、カオルは力を抜き、技の強度を下げた。
バンバンバン
ガイアがマットを叩く。レフェリーへの反抗を示しているのであろう。レフェリーがガイアのほうを向くと注意を促す。
その隙をついて、カオルは解きかけた四の字固めを再び締める。
「ぬぐああああ」
華の声が響き、華ファンの観客はレフェリーに早く気づくように促す。しかし、ガイアのクレーム処理にレフェリーは手一杯で気づく気配が無い。
カオルは技をかけたまま、二度三度と自分の背中をマットに叩きつける。その振動で、余計に四の字固めは締まりに締まり、華を痛めつける。
「ぬぐううううああ」
あまりにの華の悲鳴にレフェリーが気づく。
「カオル! ノー、技解く」
カオルは不満の意を顔に前回に出して、技を解く。
華はうずくまり、リング中央で右膝を抱えている。かなりのダメージをおったであろう。
カオルは先程の不満の顔はどこへやら、相変わらずのニヤケ顔で、ウィンクを観客へ飛ばす。
「きゃああああ」
カオルファンの観客は大喜びだ。
そして、華のほうを指差すと、さらにニヤけて手拍子を観客に求め始めた。
初めは、カオルファンのみ、しかしいつしか華のファンやそれ以外もやっているであろう、会場全体が手拍子に包まれた。
華はそれに力をもらうかのようにゆっくりと立ち上がる。目はまだ死んでいない。痛めている右膝をかばいながらゆっくりとたちあがった。
以前、手拍子は続いている。そしてそれはいつしか、最高潮にたっしようとしていた。
カオルは華に向かって全力で走り寄ると、再び低空ドロップキックを右膝に投下した。
「がぁ」
華の声は、痛みで大きな声は出なくなっている。
カオルはすぐさま立ち上がると、華の右足を抱え込む。
ドラゴンスクリューだ。そして、再び四の字固めの、膝を痛めつけるフルコースへと行くはずだ。足を抱え込まれただけで、自分の右膝まで疼気始めるくらい強力な技のコンビネーションだ。
カオルはそれを知ってか知らずか、抱えたまますぐにはドラゴンスクリューをしなかった。そうすることでより、身体的より精神的にもダメージを与える算段だったのであろう。
しかし、それは仇になった。
華は抱えられていない左足を、抱えられた右足をそのまま軸足にして、延髄斬りをカオルに放った。左足はしっかりとカオルの首裏を捉えた。
「きゃあああああああ」
今日一番の、いや今年一番の女性ファンの歓声と悲鳴。
それを聞きながら、カオルは前のめりリングにダウンする。
余裕を見せた、時間を作った。本人的には間を作ったつもりだろうが、できたのは隙だったか。
華はなんとか這うようにロープに到達して、それを基点に立ち上がる。すると、そのままロープの反動を利用してスワンダイブ式のプランチャで場外へと飛んだ。
相手はカオル。そいつは今、リング中央でダウンしている。それなのになぜ。全員の視線は場外へと注がれた。
そこには、カオルのセコンドとして暗躍しているガイアが、悪巧みをしている最中だったのだ。
「ワン」
レフェリーがカウント数え始めた。
俺はてっきり、華の場外カウントかと思っていたが、そうでは無く、カオルが延髄切りで完全にノックアウトされた状態だったのだ。
「ツー」
レフェリーに腕を挙げられたりしてもカオルが反応がない。
「スリー」
そこへ、リング外からは華が這うように、帰還してきた。
「フォー」
フラフラの華ではあったが、カウントをしているレフェリーを押しのける。その事で、カウントは続行されなくなった。カオルの髪の毛を掴みたたせる。
「こんなんじゃまだ終わらないよな!」
カオルの眼前で、華が叫ぶ。
「行くぞ! おら!」
華は試合序盤で上げた右手を再び、リング中央で掲げる。
「スターー」
右手はスターライトシリーズの証。観客もよくわかっている。
華は右の脇にカオルの頭をうつむきに抱える。そのまま走って勢いをつけると、赤コーナーのトップにリング側に向き、自分だけが登り、留まること無く、カオルの頭をDDTの要領でたたきつける。
スターウェイブ。華のスターライトシリーズの必殺技だ。
「きゃあああああ」
華への歓声、カオルへの悲鳴が会場を包み込む。
勝利を革新した華は、右手もう一度突き上げると、カオルの左足を抱えあげて、しっかりとフォールの体勢を取った。
「ワン」
レフェリーがマットを叩く音に合わせて、観客がコールする。
「ツー」
会場全体が一体になっている。
「ス」
一瞬の静けさ。
「リ」
カオルが体を弾ませ、フォールを返す。
「二点九」
一体、その数字は何なんだ。俺はアマチュアの頃から思っていた。
「ぬおおおおおおおお」
しかし、この決まりそうで決まらない感じが最高なのだ。それもプロレスだ。
華はレフェリーに三本の指を立てると、間違い無いか確認する。
「ノー、ツー」
レフェリーも命がけだ。絶対に間違いは犯せない。顔から汗が吹き出している。
華は切り替えて、カオルを見る。大ダメージを受けて、フラフラと立ち上がるのを確認した。華は勢いよく立ち上がろうとするも、痛めている膝がどうにもこうに動きを抑制する。それでも、なんとかコーナーポストに到着するとよじ登ってカオルを見る。
空中遊泳式のスターウェイブか。コーナーからジャンプして、カオルの首を掴んで、スターウェイブを敢行する技だ。でかい舞台でしかまだ出していない大技だ。ダメージもでかい。
観客もそれを知ってか、期待を持ってその動きを見ているのがわかる。
「ああああああ」
観客から、残念を意味する声が漏れる。
ガイアが、場外から現れると、ハンマーパンチを下から繰り出し、華の攻撃を妨害する。そして、華をコーナーポストの最上段に座らせた。
「カオル、来い、ほら!」
ガイアがカオルに攻撃を促す。
カオルに視線を向けると、目はまだまだ死んでいない。力強く立ち上がる。
「カオルーー」
場内はカオルコールに包まれる。華ファンは固唾を飲んで見ているはずだ。
カオルはダメージをなんとか残りつつも、ゆっくりしかし力強く、コーナーに座る華のもとへと進んだ。華に組み合いながら、コーナーポストへ登る。
「危ない」
俺は思わずつぶやいた。あいつ、ハイインパクトをコーナーの最上段からやるつもりだ。危険過ぎる。プロレスはお互いにダメージを与え合うものだ。しかし、試合はMMAやボクシングと違って、年間での試合数はかなり多い。相手がいなければ仕事ができないのだ。そのため、相手にダメージを与えながら、怪我はさせないというのが基本のスタイルなのだ。カオルのハイインパクトは垂直落下式のブレーンバスター。それを、コーナー最上段から行えばかなりのダメージが華にいくはずだ。それに、カオル自身も落ち方によってはかなりダメージを喰らうはずだ。
しかし、カオルは躊躇なく技を敢行しようとしている。
「ふん、ふん」
華が妨害でボディーブローをカオルに繰り出す。
バチン
カオルは華の顔にビンタをかまし、黙らせる。そして、ハイインパクトの体勢に入ると、ゆっくりゆっくりと、コーナー最上段で立ち上がった。カオルが力を入れようとすると、華が踏ん張り、そうそう技に入れない。華もやられたくは無いのは本音だろう。カオルは技を解くと、今度はボディーブローを放つ。
華の体はくの字に折れ、精気を失う。
「いくぞー」
カオルは行けると思ったのか、会場を見渡して観客を煽る。そして
華と組み合うと、華を高々と持ち上げた。
華の体は弧を描く事無く、少し傾いたが、割と垂直に華は落とされた。
雪崩式ハイインパクト。
華は打ち付けられてから、一旦上半身だけ起きたが、目を半開きで再びダウンした。
決まったか。
今の技が試合を決めるには文字通り、インパクトのある技だった。俺は、どちらが勝ってもあまり関係の無い王座の移動。俺は早くこの戦いの輪に入りたい。そう思いながらこの戦いを見ていた。そして、試合が決する前に視線をきったのだ。しかし、いくら経ってもカウントが聞こえて来ない。おかしい。カオルがフォールすれば終わりだ。俺はカオルを見た。
カオルも同じようにダメージをおっていて、動けずにいた。やはり、落ち方が難しかったか。それとも、それまでのダメージの蓄積が響いたのか、グロッキー状態だ。
レフェリーが倒れている二人の間を行き来する。慌ただしく、手を握ったり、つぶっている目を確認している。意識はあるのか? まだ戦う意思はあるのか?
タイトル戦は極限の戦いになる。両者ノックアウトなんてのも昔のプロレスでは、良くあったことだ。
「ワーン」
レフェリーがリング中央でカウントを初めた。テンカウントで両者起きなければ、ダブルノックアウト。片方のみが立ち上がれば、その人間がチャンピオンだ。
「ツー」
二人に動きは無い。カオルにも動きが無いという事はかなりのダメージなんだろう。それほど危険な技なんだろう。
「スリー」
カオルは手が動き初めて、ロープの方へと這い初めた。その方向にはガイアがリングのマットをバンバン叩いて、扇動している。
「フォー」
「はなーーーー」
華のファンは動かない事から、声援で力を与え初めた。
「ファーーイブ」
カオルはサードロープに手をかけて少しづつ上体を起こし初めた。
「よーーしよしよし」
ガイアが歓喜する声が響く。カオルが立ち上がりそうな事で、もしかしたら勝てるかもしれない可能性が出てきたからか。
「シーックス」
今度は華がゆっくり動き始める。華への声援はより一層大きくなり、それがすこしづつ背中を押しているようだった。
「セブン」
カオルがトップロープに手をかけた瞬間に滑り落ちる。
カオルファンの悲鳴が響く。
今度は逆に華の右手がサードロープに手をかける。
「エイト」
華が力強く、セカンドロープに手をかける。
カオルもずり落ちながらも意識はしっかりとしていて、再び左手をセカンドロープにかける。
「ナーーイン」
両者、トップロープを握るとお互いの方を見据える。
レフェリーはカウントをやめる。
「ファーーイト」
そして、手を交差させて、試合続行を告げる。
両者、見合ったまま動けない。しかし目はまだ死んではいない。
ダメージがでかいか? それとも、何か狙ってる? 俺が訝しんでいた。
「十分経過、十分経過」
時間を告げるアナウンス。随分と濃い十分間だな。俺は自分の手汗を感じた。
その時だった。二人はリング中央に走りよった。
華は得意技のジャンピングニー。
カオルも土台は無いが、シャイニング・ウィザード。
リング中央で二人の膝が交差する。
すぐに、起き上がると両者同時にドロップキック。やはりこれもリング中央で交錯した。
まだ終わらない、両者起きると共にロープに走り、リング中央でラリアット。三度の相打ち。
おいおい、二人とも普段ラリアットなんてやらないだろう。そんなに極限なのか? それほどまでしないと巻けないベルトなのか?
両者、受け身をとるもすぐさま起き上がる。一瞬、カオルのほうが先に起き上がったのであろう。その刹那、カオルが華に組み合うと、あっという間にリング中央に一本の棒が打ち込まれたように、華を持ち上げた。
正調のハイインパクトか。これくらったらやばいだろう。
ズドン。
まっすぐに、華は落とされ、会場は悲鳴と歓声が入り乱れた。
そして、俺は目を疑った。
なんと、次の瞬間に起き上がったのは華で、カオルの頭を抱え込んだ。間髪入れずに、コーナーポストに内向きで駆け上がると、煽りを入れる間も無く、カオルの頭をマットに打ち付けた。
スターウェイブ。よくハイインパクト喰らった後で、間を開けずに敢行する事ができたな。
技を喰らったカオルは起きれなかった。そして、技をかけた華も、意識の無いまま技をやったのか、再びダウンした。
レフェリーがリング中央で頭を抱える。二度目のダブルノックアウトの可能性が出てきたからだ。なかなか、一試合で二回もこういう状況にはならない。再び、両者のダメージの状態を確認する。手を持ち上げてもバタンとマットへ落ちる。レフェリーは険しい表情を続ける。
「ワーン」
リング中央でカウントを始めるレフェリー。どこか寂しげだ。やはり、ダブルノックアウトで決着はレフェリーとしては望んでいないものなのだろう。
「ツー」
今度は、華が先に動き始める。そして、ロープにも近い。
カオルのほうが技のダメージが深いのか動きが無い。
「スリー」
早くも華はサードロープに手が掛かった。
「キャー」
悲鳴が聞こえる。それは、華がロープに手をかけた側の場外にはガイアがゆっくりと動きを見せてたからだ。それを察知した観客が先に悲鳴を上げてしまったのだ。
「フォー」
華がセカンドロープに手をかけて、立ち上がろうとしていた。
そして、忍び寄るガイアの影。
更に、ガイアにも忍び寄る影があった。その影は勢い良くガイアへスピードを上げると、エルボーをガイアへ浴びせて場外でダウンさせた。
良く目を凝らして見ると、それはレックスだった。
それはそうか。華は以前のタッグパートナー。この機会に救出できれば、ジュースタイスに復帰もできるかもしれない。俺は少し寂しい気持ちを持ちながらも、諦めの境地に達していた。
「ファーーイブ」
華は順調に右手をトップロープに手をかけて立ち上がった。
観客から拍手と声援が華に送られる。
華は残った左手を上げて声援に答える。
「シーーーック」
華はレフェリーをリング中央から押しのける。それは、カウントを中止させるという事だった。そして、カオルの髪の毛を掴むと立ち上がらせた。
観客の期待は何か大技でフィニッシュする事だろう。
しかし、その期待を裏切るように動いたのはカオル。立ち上がると、華にビンタを放ち、両脇に手を入れ華を空中に浮かせる。そして華が落下して来る時に、カオルは後ろを向き、華の顔を肩に担ぐと自らも背中から倒れ込んだ。その勢いで華の顔をマットに叩きつけた。
断頭台だ。
ビッグマッチで出す、カオルの奥の手だ。
これを狙ってたのか。
すぐさま、カオルは華の上に覆いかぶさるとカウントを要求する。
レフェリーが飛んできて
「ワーーン」
観客も合唱している。
「ツーー」
決まったか。
俺もそう思った。それくらい、綺麗に断頭台は決まった。
「ス」
カオルもフォールしながら目は虚ろだ。
「リ」
リング下のリングアナウンサーがマイクを持つ。
「ィ」
華の体が跳ね上がる。
レフェリーの右手もマットを叩く事無く、体が一回転する。
「2.95」
だから、その数字はなんなんだよ。フォール否定派の俺としては、理解出来無い数字だ。
カオルがレフェリーに三本指を立てる。
レフェリーは首を振り、そして二本の指を立てた。
ふと、俺は場外へ視線を移すと、レックスがガイアを完全に制圧している。
「華、行けーー」
そして、リング内の華に声をかけた。
俺はそれを随分と複雑な気分になった。彼女に浮気をされた気持ちというのか。なかなか説明しがたいものだ。
ブンブンと俺は顔を振ると、リングに視線も気持ちも戻す。
ガイアが制圧されても、リング上はカオルが優勢な状況に違いは無い。
「行くぞーー」
カオルはリング中央で両手を広げると、観客を煽る。
「カオルーー」
観客も大声援で応える。
カオルは華の髪の毛をつかんで立たせる。
その瞬間に華はカオルの腹を蹴り上げようとした。華も反撃の機会を伺っていたのだ。
しかし、カオルがその上を行く。その蹴り足が自分の腹を蹴り上げられる前に、掴むとしっかりと左脇に挟むと、自らがクルリと回転する、ドラゴンスクリューを敢行したのだ。
「グアッ」
試合中盤から痛めつけられている、華の右膝が再び悲鳴を上げる。華はなんとか座り込むと、右膝の痛みになんとか耐えようとしていた。
その状況でカオルが見逃すはずがない。ドラゴンスクリューした後に、少し距離を取って華の事を観察していたのだ。
右膝を立てて座っている状況なんて、カオルにとっては大好物だろう。
カオルは俺の見立てを知ってか知らずか、汗を拭いてるのかよだれを拭いたのかわからないが口元あたりを手で拭いた。そして、そのまま華に突進して行き、シャイニング・ウィザードを顔面に叩き込む。
華は膝を気にしている間に、顔面に大きなダメージをおう事になった。
すぐさまカオルは立ち上がる。
ここが勝負どころと思ったのであろう、カオルの動きは早い。華を無理やり立たせると、両脇に手を入れて宙に浮かせる。そして、カオル自身はその間に後ろ向きになり、右肩に華の顔を担ぐと、自ら背中から倒れ込んだ。その勢いで、華の顔はマットに叩きつけた。再び断頭台を行ったのだ。
「キャアああああ」
華のファンという事は、それなりにプロレスを見てきたはずだ。そうすればこれは試合を決定付ける一連の技のつなぎという事はわかっているのであろう。
それは俺も同じで、決まったな。そう思った。
しかし、それで終わりでは無かった。三度、カオルは華を立たせると組み合った。それはハイインパクトの体勢であった。
フルコースかよ。カオルの得意技、必殺技の連発だった。完璧にベルト獲りにいってやがる。
華にもう、技を妨害する気力は残っていない。あっさりと持ち上げられると、リング中央に一本の棒が打ち付けられた。
一体、今日何度目のハイインパクトか。俺が脳内で数を数えている間に、きわめつけの一発は決まった。
「あああああああああ」
歓声と悲鳴の割合がよく相まって、何がどうなったのかよくわからない声が会場を包んだ。
カオルが右手を上げる。
勝利を確信したか。持てる技のフルコース。全部、順番に強烈に正確に繰り出した。
カオルが、華の両足を掬い上げるようにフォールの体勢に入る。
レフェリーが華の傍らで、マットを叩く。
「ワーーン」
会場の合唱が響く。
「ツーー」
ついに王座の移動か。
「ス」
カオルは目をつぶっている。
「リ」
華が王座の期間はしばらく続いていた。年齢的にももっと長期政権になってもおかしくなかった。
「ィ」
華が体を震えるようにフォールを逃れる。
今回は軽くレフェリーがマットをしばいたように見えたが、スリーカウント入って無いようだ。
「おおおおおおおおおお」
何人かの観客が、足踏みをする。その地鳴りと歓声が相まって、観客はさらにリング上に集中した。まだ、続きがある。その期待だ。
カオルはもうレフェリーにスリーカウントの確認や要求はしない。試合を決められなかったショックなのか、ダウンしたまま天井を見つめている。
逆に華のほうが、カオルの技を受けきった事で形勢が逆転した事がわかっているのか、ゆっくりとロープに這って行き始めた。
「はーーおーなーるーー」
両方のファンが同じ声量で声を出して、ぶつかり合い、新しい言葉を生み出していた。
技をかけられた華が動き、かけた側のカオルが動けない。プロレスじゃ無いと見られない光景だ。それほど、カオルにとってはショックな出来事だったのだろう。
バンバンバン
ガイアがレックスの攻撃から自由になったのだろう。マットを叩き、カオルを鼓舞する。
「カオル! 行けるぞ! 技を続けろ」
ガイアはアースでは無い。試合の流れを見抜けるような頭を持っていない。行け行けの精神だ。しかし、この状況、一言でも何か言われるのは大きい。
カオルもようやく動き初めた。華の状況を見て、動き初めているとはいえ、まだまだ虫の息だ。立ち上がると、両手を広げるも、指は鉤形になっていた。
「グオオオオオ」
カオルのあまり見たことの無い煽りだ。極限で出た行動。説明はつかない。勝ちは眼の前、必死にならない理由が無い。華の動きを気にしながら、コーナーポストに登る。そして華がロープづたいに立ち上がるのを待ち、タイミングを図る。
華は大ダメージを受けながらもなんとか立ち上がり、カオルを探す。キョロキョロする。自分と同じ階層にはどうもいそうも無いと思ったのか、見上げた瞬間だった。カオルがダイビングボディプレスを浴びせて来た。
軽い。
俺の頭にはその二文字が浮かんだ。結局、必殺技のフルコースをぶち込んだカオル。それ以上、流石に底が無い、奥の手が無いのだ。だからなんとなく出した、ダイビングボディプレス。プロレスの文脈から言うと、説得力が無い。重みが無いのだ。
それは、華が身を持って答えてくれた。まるで、マグロを一匹捕まえたかのように両手で抱きかかえたまま、倒れる事無く持ちこたえた。すると、華の左肩にうつ伏せに担ぎ上げられると、クルクルとリングをまわりはじめた。
あれ? これってフラワーファイトシリーズの技じゃ。
俺が疑問に思うって事は、観客も同じだ。至る所で、『あれ?』とか『これって?』っていう声がチラホラと聞こえ始めた。
そんな事は関係無い、華はリング中央に来るとカオルを弾くように宙に浮かせると、右手はカオルの頭、左手はそのまま胴体を支えて、脳天からマットに突き刺し、自らは足を開いて尻もちをついた。
ダンデライオン。
フラワーファイトシリーズのフィニッシュに良く用いられる技だ。しかし、今日の華はスターライトシリーズじゃ無いのか? 俺がそう疑問に感じていると。
「さっき左手上げたよね、華くん」
近くに座る観客が、横に座る俺と同じように気づいていない友達に解説をしていた。
それは俺にとっても助かる解説だった。そうだったのか。
そして、リング上では華が右手を上げる。次はスターライトって事か。
カオルの髪の毛を掴んで立ち上がらせると、右の脇に頭を抱える。左手は人差し指のみを立てて、四方八方をさす。すると、これも今日何度目かのスターウェイブを敢行した。コーナーポストを駆け上がると、リング内に尻もちをつくようにカオルの頭をマットに打ち付けた。
あまりの衝撃にカオルは思わず立ち上がり、ロープにもたれてダウンは逃れている。
それを見逃さずに、今度は華のみがコーナーポストを駆け上がる。
カオルももちろん闘志は失っていない、負けじとカオルに付いて行く。いかんせん、スターウェイブの直後で足元はおぼつかない。
華はコーナー最上段でカオルを見据える。
これは、さっきできなかったあの技か。
俺が気づいた時には、華はもう飛んでいた。フラフラと寄って来ていた、カオルの頭を空中で抱えると、先程と同じフォームで、そして、飛んできた分の勢い増量でカオルの頭をマットに叩きつけた。
空中遊泳式のスターウェイブ。
間髪入れずにフォールの体勢に入る。
レフェリーは飛び込む勢いそのままマットを叩く。
「ワーーン」
全員が合唱している。
「ツーー」
祈っている女性も、俺の視界に入っている。
「ス」
ガイアは再び、レックスに抑えられているようだ。
「リ」
カオルはもう動かない。
「ィ」
レフェリーはしっかりと三度マットを叩いた。
カンカンカン
会場に鳴り響く、ゴングの音。
エンパイアジュニアヘビー級チャンピオンシップ
〇チャンピオン 華翔VS● 挑戦者 カオル(二十二分十四秒 フォール勝ち)
華は防衛。
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