第39話 双頭の黒犬

 二人は玄関げんかんから外に出ると裏庭うらにわにあるドッグランに向かった。

 人間の姿が見えない現状、たくさんの犬がのびのびと遊んでいるのだろう。


 こわがらせるのも嫌なので、二人はなるべく犬たちから姿が見えないよう、気づかれないよう、音を立てずに現場へ向かう。


 ドッグランに到着とうちゃくした時。二人はみょうなことに気づいた。


「あれ? なあ幽子」

「うん……犬、少ないわね」


 二人が到着した時、ドッグランの外に出ていた犬はたったの五匹だった。

 一週間前に来た時は十匹以上がまわっていたのにだ。


犬舎けんしゃの中にいるのかな?」

「にしては音とか全然しないけど。ニ十匹以上いるはずなのに」


 ――……ッ!

 ――キャウゥン!


 気付かれた。

 突然とつぜん、走り回っていた犬たちが犬舎の中に入ってしまった。

 我先われさきにとあらそうように犬たちは逃げ出し、中に入った今もこちらの姿を見ようとしない。


おびえ方、ひどくなってないか?」

「ますます何をやったのかが気になるわね」


 ――……ワンッ!


 二人が調査を始めようとした矢先、ロクが一郎のかげから飛び出した。

 どうやら何かを感じ取ったらしい。


 ロクは周囲しゅういぎまわると、ドッグランから少しはなれた位置にある建物たてものへ向かう。


「あそこは……」

車庫しゃこって言ってたわよね」


 ロクを追いかけ車庫へと向かう二人。


「窓は……ないか。結構けっこうでかい車庫だし、あってもおかしくなさそうなんだが」

「シャッターもかぎがかかってるわね。仕方しかたない…………えいっ」


 ――ベキャッ!


「ちょ!? 何してんだ!?」

「見てわからない? 術力オーラまとってシャッターを引きいたのよ」


「それはわかるよ! 器物損壊きぶつそんかいだぞこれ!」

「そこは、ほら……悪霊あくりょうがやったことにすればいいと思うなー、私」


「正当なうらみを持つ霊はきずつけたくないんじゃなかったか?」

「本人は傷つけていないでしょ? ここ、いかにもあやしいもの。罪をでっち上げてでも調べる価値かちはあると思うわ」


 自分のパワープレーを正当化しつつ幽子が中に入る。


 一郎は何か言いたげだったが、ロクがここをしめした以上、調べないわけにもいかないのでそれ以上何も言わない。

 幽子に続いて中に入る。


「一郎くん、その辺に電気のスイッチない?」

「えーと、あった! 今ける」


 一郎はかべにあったスイッチをONに入れた。

 蛍光灯けいこうとうが点いて周囲が明るくなる。


 ――ワン!


 ロクが車庫の地面にできたシミに向かってえた。

 そのシミは点々とおくへと続き、中にあったトラックの荷台にだいへと続いている。


 トラックには大量にまれたゴミぶくろの山。

 このシミの正体を知るためには、このゴミの山をあさるしかなさそうだ。


 二人は多少げんなりしつつも、ゴミ袋を開封かいふうした。

 中身は紙くずやジュースの缶、ペットボトル、使い終わった化粧品けしょうひん、生ごみ、使用済みのティッシュなどだ。


「何でこんなにゴミを保管ほかんしてんのよあの人!?」

「少し人里から離れているし、ゴミ捨て場が遠いんだろ、多分」


 ぶつくさ言いながらも調査を続ける二人。


「――ッ! 幽子! これ!」

「え……!? な、何なのこれ!?」


 結論を言ってしまうと、武山麗華たけやまれいかがゴミをめていたのはゴミ捨て場が遠いからではなかった。

 袋の中身を見られないよう、直接焼却場しょうきゃくじょうに持って行くためだ。


「中身がこれ……ってことはあの黒いシミは――」

「……ロクが吼えるわけね。でも、何の目的でこんな――ッ!?」


 幽子が突然眉間みけんおさえてその場にしゃがみむ。


「どうした? 大丈夫か?」

「ええ、大丈夫。それより一郎くん、急いで部屋に戻りましょう。人形がこわれた」


「――ってことは?」

「うん、つかまえたわ。わなはずれる前に急いで戻らなきゃ」


 二人は全力で来た道を引き返した。

 玄関を開けると、来た時よりもさらに濃厚のうこうな嫌な気配けはい――この世の物ではない存在独特どくとく瘴気しょうき、死のにおいとも言うべきものが全身をつつんだ。


 まとわりつく瘴気を振り払うように、いきおいよく幽子は部屋のドアを開けた。


 ――グルルルルルルルル……

 ――ゴアアアァァァァァッ!


 かつて人形があった場所――そこに黒く巨大な犬がいた。

 全長五メートル、高さ三メートル。


 くまどころかライオンさえ喰い殺せそうなほど大きな双頭そうとうの犬。

 それがこの爪痕つめあとの正体だった。


 犬は二つの頭で人形をくわえ、左右に思いっきり引きちぎったようだ。

 巨大で赤い口の中に人形――鏡の悪魔のれのての姿が見える。


「こ、これ本当に生きてる時普通の犬だったのか!?」

「自身の姿を大きくゆがめてしまうほど彼女を恨んでいるようね」


 ――ゴオオオオォォォッ!

 ――ガアアアァァァァァッ!


「……説得せっとく、できそう?」

「……だいぶあやしい。うらみのねんが深すぎる」


「じゃあ、はらう……?」

「それしかないかも……」


 双頭の黒犬は捕獲ほかく罠に拘束こうそくされ、かなり興奮こうふんしている。

 幽子の呼びかけにこたえてくれそうにない。


「あなたたちに何があったのかはわからないし、あんな最期さいごむかえて可哀想かわいそうだと思う。あなたたちをあんな目に合わせた武山さんには、必ずむくいを受けさせると約束するわ! だからお願い! 話を聞い――」

「幽子! あぶない!」


 ――ドゴオオオォォォッ!


 会話をしている最中、部屋のドアが外れ飛んできた。

 それにいち早く気づいた一郎が、幽子におおかぶさりなんのがれる。


 ――グアアアアァァァァッ!

 ――ガアアアアァァァァッ!


けられて怒ってるよな、これ」

「やっぱりここまでになっちゃうともう説得は無理か……ああ、もうっ!」


 幽子は立ち上がり術力をみなぎらせると、双頭の黒犬と対峙たいじする。


「本当にごめん! 痛くないよう一瞬いっしゅんで終わらせるから許して!」


 ――加工術式かこうじゅつしき展開てんかい


 ドアの残骸ざんがい一振ひとふりの剣に変わる。


偽神剣ぎしんけん童子斬どうじぎり――偽物にせものだけど威力いりょくは十分! この鬼斬おにぎりの太刀たちかせてあげる!」

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