第28話 幸せのひととき=光陰矢の如し
「月ヶ瀬先輩優勝したよ」
「すごいでござるな」
「ルナジョーすげー!」
「かっこいいなー!」
「…………!」
大和田と子供二人は先輩の優勝を喜び、一方の有栖川は顔を曇らせていた。
「なんだ、先輩が勝って嬉しくないのか?」
「ち、違う! ただ私だけ今日の大会で勝てなかったから……」
「悔しい……か」
「うん……」
有栖川は両手を握り締めて震えていた。閉じられた唇には力が込められている。その気持ちは周りの誰が見てもすぐに伝わってくる。
「まだ始めたばかりのアリス殿は焦る必要はないかと」
「で、でも、先輩は始めて一週間で優勝までして、私は……」
大和田はしまったと申し訳なさそうにこちらを見てくる。
「悔しいのは真剣に取り組んでいる証拠だ。 オタクも言ったが、俺だって初優勝したのは始めてから半年以上たってからなんだぜ?」
「そうなの?」
「そうそう」
「ボクだってまだ一回も優勝したことないよー!」
「ボクもボクもー!」
「自分も大会で優勝したことはないですな」
「お前はいい加減優勝しろよ」
俺が大和田にツッコミを入れると子供二人も笑いながら大和田にそうだそうだと言う。俺たちの会話を聞いた有栖川は肩の力を抜いて笑ってくれた。
「相変わらず楽しそうな会話をしているね」
「あ、先輩、優勝おめでとうございます」
「ルナジョーおめでとうー!」
「ジョーおめでとうー!」
俺に続いてマー君、ユー君も先輩を称賛した。呼び方がモンハンの敵に出てきそうな言い方だ。
「ありがとう。 天野君は優勝して部活継続に貢献した私を労わってくれたまえ」
「ははー! なんなりとお申し付けください」
「長時間対戦して肩が凝った、後はわかるね?」
先輩はそう言って近くの席に座ると長い後ろ髪を纏めて肩を見せてくる。
「さっき大和田にも言われたんですけど、ここはカードゲームをやる場所なので……」
「なんだい、天野君は肩を揉んでくれないのか?」
先輩がこちらを向いて挑発的な笑みを浮かべる。やましい気持ちはないけど、それでもこの場で俺が先輩の体に障るのは勇気がいる。
「それなら私が揉んであげますよ」
「なっ……アリスちゃんには頼んでいな……いだだだだ!」
「私は初戦敗退のくやしさで力がありあまってますからね! 先輩の為に尽くしますよ」
「力が強すぎる! やめて! 離して!」
月ヶ瀬先輩が叫びながらも有栖川は笑顔で先輩の肩を揉んでいた。
悔しさを力に変えるってよく聞くけど、物理的な意味合いじゃないような……
「それでは私たちはこれで失礼します」
先輩と有栖川がじゃれ合っているとハンバーグさんに声を掛けられる。
「ハンバーグさん、今日はありがとうございました。 もしよければまた次回もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。 それと再来週のチーム戦頑張ってください」
「じゃあなーハカセー、オタクー、アリス姉ちゃんー、ルナジョー!」
「バイビー!」
親子三人は手を振って対戦場から離れていく。アリスだけお姉ちゃん呼びだったのは今日一番長く二人と接して仲良くなったからだろうか? 有栖川は笑顔で二人に手を振り、先輩は口から魂が抜けながらも子供たちを見送っていた。
「さてと……大会は終わったけどどうする?」
「私はもう少し練習したいかな」
「俺も大和田もまだまだやれるから、有栖川が満足するまで付き合うよ」
「本当に? ありがとう」
普段は大会を終えてもそのままお店が閉店するまで平気で対戦を続けたりもするので俺と大和田は大丈夫だ。
「先輩は体力とお時間とか大丈夫です?」
「そうだね……あと一時間くらいなら大丈夫かな」
左手につけている時計を確認しながら先輩は話す。いくら周囲から天才と呼ばれていても彼女はまだ大会に出たばかりのルーキー。真剣勝負によって精神力が擦り減らないわけがない。体調面は考慮するべきだ。
「私もオタク君と一戦交えてみたかったんだ、すぐにいいかな?」
「もちろんですぞ、ルナ嬢!」
この人まだまだやる気らしい。連戦後すぐにフリー対戦とか先輩、末恐ろしいよ……
「じゃ、天野、対戦よろしくね」
「おう、言っておくけど大会の時と同じぐらい全力でやるからな?」
「うん、私も負けないから」
その後、高校生四人は大会を終えた対戦スペースで時に和気あいあいと、時に火花をちらして真剣に向き合い、カードゲームをして楽しんだ。
〇
「時間が過ぎるのはあっという間ですな」
大和田の言葉に他の三人はうんうんと首を縦に振った。光陰矢の如しと、例えるのがふさわしいほどに一瞬で時間は溶けてなくなり、先輩は予定があるというわけで解散の流れになった。
「しかし、カードゲーム部とは本当にうらやましいですなぁ」
「オタク君も作ればいいじゃない?」
有栖川の言葉を聞いて大和田は足を止める。その結末を知る俺以外の二人は大和田を何事かと目で追っていた。
「先日学校に申請したのですが、否決されたでござる~」
「そ、そうだったんだ」
「オタク君の通う学校はそういうのに厳しいのか」
先輩も月ヶ瀬先輩もいつの間にか大和田をオタク君呼びで定着していた。他人が聞けば「え?」 となりそうなあだ名だが、大和田自身が使用しているプレイヤーネームであり、本人も気にしていないので俺は聞き流す。大和田も二人と話す際の口調が俺と話す時と変わらなくなったので彼女たちに気を許したのかもしれない。
「そいつ、通っているの明大寺高校っすよ」
「……え、オタク君、頭めっちゃ良いんだ」
有栖川が口を開いて驚いていた。人は見かけにはよらない。俺からしてみれば有栖川もどちらかといえば勉強できない系ギャルに見えるが、実際は進学校に転入しているわけで、やはり見た目は関係ないわけである。
「願わくば、今からでもハカセ殿達の高校に転入したいですぞ」
「先輩なら引き抜きも出来るんじゃないですか?」
「天野君は私をなんだと思っているんだ」
「権力を司るご令嬢」
「嫌な響きだな!」
先輩は「私にはできないことはある」と続けて話した。天才と呼ばれる先輩にその台詞を言われると妙にリアルな感じがするなー。
「ハカセ殿からカードゲーム部は四人と聞いていましたが、あと一人は今日お休みですか?」
「あー、いや……大会には出てないけど近くにいたんだよな」
「それは一体どういう意味です?」
「……私を呼んだかい?」
背後から有栖川のそばに近づいた人影が声を出す。
「っく、黒崎先輩!」
有栖川はビクンと体を跳ねて驚いた。黒崎先輩は有栖川の反応を見て面白そうに笑う。さっきの大会の時、俺も似たようなリアクションをしてたんだろうなー。
「先輩、バイト終わったんですか?」
「うん、一時間ほど前にね」
「それなら俺たちに合流したら良かったのに」
「いやー、最初はそう考えたけれど、遊んでいる君たちがあまりにも楽しそうでね……私が輪に入るのは違うかなと思ってね」
「そんな事ないですよ。 俺は黒崎先輩と一緒にいたいですから、次からは絶対に声をかけてくださいね」
「平気でヒロ君はそういう台詞を吐くんだから……私は色々と心配になるよ」
「?」
黒崎先輩の言葉の真意を掴めない俺に対して月ヶ瀬先輩、有栖川、それに大和田までもが腕を組んで深く頷いていた。え、わかってないの俺だけなの?
「それじゃ、私は次のバイトがあるから失礼~」
黒崎先輩は俺たちを通り過ぎるとそのまま外に走っていった。これからまた別のバイトなのか……勤労学生すぎて心配になってしまう。
「私も送り迎えの車が来ているみたいだから、ここらへんで」
先輩は駐車場の方へと歩いて行った。流石お嬢様、執事とかもいるのかもしれない。
「俺と大和田は自転車だけど、有栖川は?」
「私はバスで来たから、ここでお別れだね」
手を振って有栖川が離れていく。残されたのは俺と大和田だけになった。
「俺たちも帰りますか」
「そうでござるなー」
駐輪場に行き、自転車に乗って夕暮れの道を二人で辿る。初めての出会い、対戦で思いついた戦術、学校の愚痴……大和田と俺は今日の思い出を話しながら帰路についた。
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