第24話 たとえ話
それから平日の放課後は有栖川の特訓が続き、金曜日になると有栖川一人でも普通に対戦できるようになっていた。
「もし良ければ明日大会に出てみるか?」
「え! でも今の私だとまだ時間が……」
ぱあっと顔を明るくした有栖川がすぐに言葉を区切った。一人で対戦できるようになったとはいえ、時間制限のある本来の公式戦に出るにはまだ厳しい。彼女もそこを気にしているようだ。
「俺の知ってる場所なら試合の時間は無制限、小学生とかも参加しているから気軽に出られる」
大会によっては意外とそのあたりが緩かったりもする。子供や初心者には大変ありがたい限りである。
「そ、それなら出てみようかな」
「私も行くからな!」
なぜか先輩は席から立ちあがり、俺に告げてくる。
「別に先輩を省くつもりはありませんよ」
二人に明日の大会場所を共有した俺は広げていた荷物をカバンに戻し始める。
「あれ、天野もう帰るの?」
「すまん、今日はこの後予定があるんだ」
「誰かと会う約束でもしてるのかな?」
「ちょっと別の高校の友人と二人で買い物に……」
「それは女性か?」
先輩、その質問、三人目なんですけど? 横にいる有栖川まで机から身を乗り出しているし、そんなに気になるのか?
「だが、男だ」
某サイエンスフィクション金字塔作品の台詞を言ってみると二人共嬉しそうな反応をした。もしかしたら作品を知っているのかもしれない。
今日は大和田と駅近くのオタクグッズ専門店に行く約束をしていた。自称カードゲーマーの俺と大和田でも他に趣味がないわけではない。俺は漫画、大和田はアニメグッズの新作を楽しみにしていた。
「じゃ、先輩、有栖川、また明日」
二人に別れを告げると俺は部室を出て靴箱に向かった。
「……ん?」
夕日によって緋色に染まった廊下を歩いていると前方から見覚えのある人物がこちらに来ていた。
「君は月ヶ瀬さんの部活にいた……」
「ども、天野です。 近江生徒会長ですよね?」
「……そういえば挨拶をしていなかったね。 僕の名前は
礼儀正しくお辞儀をした生徒会長を真似るように俺も頭を下げた。
「君は学校内でもかなり話題になっているね」
「それは悪い方の意味ですかね……」
週明けの校内の視線は更に厳しいものになっていた。もしかしたら週末に有栖川と出かけたのが影響しているのかもしれない。
「関心がなければ人は見向きもしないし、名前も覚えられない。 その点で言えば君は人気者だね」
不思議な言い回しをしているが、要するに悪評だよなぁ……
俺とは違って評判のよさそうな生徒会長はニコリと笑いながら口を開く。
「一つ聞きたいことがある?」
「なんですか?」
「君から見た月ヶ瀬さんはどんな人だい?」
「それは生徒会の妹さんではなく、先輩の事ですよね?」
「そうだね」
「うーん、面白くて優しい先輩……すかね」
どんな人か、俺は頭に浮かんだ印象を率直に言葉にした。
「なるほど、興味深い意見だ」
近江生徒会長は片手を顎に当てて頷いた。別に興味深い回答をしたつもりはないけどな。
「僕から見た月ヶ瀬さんの印象は天才で優秀な生徒だ」
生徒会長は彼の先輩に対する印象を告げてくる。どこかで聞いたような言い回し……そうだ、黒崎先輩だ。それに妹さんも似たような発言をしていた覚えがある。
多くの人が月ヶ瀬先輩を天才、優秀と評価していた。けれども、俺から見た月ヶ瀬先輩は会話していて楽しい、俺をいじったりもするが面白く楽しい先輩というイメージが強かった。
「最後にもう一つだけ会話に付き合ってもらえるかい?」
自転車を全力で回せば間に合うか……部活継続に協力してくれた近江生徒会長を無下にできないと思った俺は無言で肯定を示した。
「もしも、シンデレラのお話に主役が存在していなかったら物語はどうなると思う?」
いきなりメルヘンチックな話が飛んできて俺は一瞬頭がポカンとなる。この先輩、意外とファンシーな趣味を持っているのか?
「そうですね……舞踏会は普通に行われて、王子様は別の誰かと結婚する感じですかね」
めでたしめでたしと言えるのか分からないが、オチをつけるならこんな所か。
「主役がいなければ物語は成り立たない。 それが僕の考えだ」
まさかの全否定。質問の意味はあったのだろうか?
「……すみません、友人と約束しているので失礼しますね」
これ以上付き合っていたら大和田を待たせてしまう。いや、あいつなら先に一人でお店に入るかもしれないが、生徒会長とこれ以上話をする理由もないので俺は離れようとする。
「話し相手になってくれてありがとう。 気を付けてね」
近江生徒会長は手を振って俺を送り出した。先ほどの話はよく分からないが、変な噂の立っている俺に話しかけてくれるこの人は良い人だなと再認識した。
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