第4話 放課後ランデブー

「それじゃ、解散。 気を付けて帰れよー」


 鬼道先生の言葉を区切りに帰りのホームルームを終えた教室内の生徒達は一斉に席を立つ。部活動へ向かう者、家に帰宅する者、教室内でだべる者と、各々が学業から解放されて自由に行動を開始した。


「有栖さんは今日予定空いてる?」

「良かったら一緒に近くのカフェに行かない?」

「もしよければ部活動見学はどう?」

「有栖さんマネージャーに興味ある?」


 放課後も転校生の有栖川は大人気で磁石に吸い付く砂鉄のように人々が彼女に群がった。対して俺の周囲にはひとっこひとりいない。彼女とは対極的に避けられている感が否めない。


「……部室に行くか」


 俺は椅子から離れると教室を出てカードゲーム部のある部室へと向かおうとする。


「あ、天野待ってよ!」


 背後から声を掛けられる。この空間に俺の名を呼ぶ人間がいる事実に驚きを隠せないが、その声は聞き覚えのある……というよりも一番有り得ないはずの人間だった。


「…………」

「ちょっと、なんで無視するのよ天野!」


 教室を逃げるように出てしばらくすると肩を掴まれる。振り返るとそこには金髪女子高生がいた。


「なんで逃げるのよ!」

「ニ、ニゲテナイヨー」

「目線を逸らすな! なんだその棒読みは!」


 ここまで追って来るのに人だかりをかき分けてきたのか有栖川は軽く息を切らしていた。


「……俺に何か用ですか?」

「用事があるから声をかけたに決まってるでしょ!」


 有栖川は俺を睨みつけながら叫んだ。周りにいる人がなんだなんだ?とこちらを見てくる。


「人の顔を忘れるような最低な屑人間に何か用ですか?」

「何かあんた、昔と印象変わった? 具体的には根暗というか性格が歪んだような……」

「もしかして今の俺、否定されてる?」

「昔の天野はもっと活発的で馬鹿みたいだったよ」

「それって過去の俺も否定してない?」


 有栖川の評価では今も昔もベクトルが変わっただけで変人に変わりない。いったいどこで大きく方向性を変えてしまったのだろうか? 


 ……どちらにせよ彼女から見た俺はろくなものではなさそうだった。


「天野ってクラスの中心で誰とでも仲良くしてる人間だと思ったのに……高校では一人ぼっちだったからさ」

「だ、誰のせいでそうなったと思ってるんだ……」


 今朝のあの出来事さえなえればもう少しまともな……いや、思い返すと入学してからこの二か月、クラスメイトとまともに話していない。彼女のせいではないな……


「私は高校生活の間、皆と仲良くなりたいの! だから天野ともね!」

「お情けで俺を見てくれるってわけか?」

「あんた本当に卑屈になったわね……」


 有栖川は腰に手を当てて目を細めながらため息を吐いた。

 残念ながら俺には小学校の頃の記憶がほとんどない。決して忘れたい過去があるからとか事故に巻き込まれて記憶喪失になったわけでなく、単純に俺という人間は昔の出来事に対してあまり興味がないのだ。

 興味がなければ記憶はあいまいになるって何かのテレビ番組で見た気がする……この気がするっていうのも、まさにそれを体現しているな。


「有栖川さんを覚えていない俺が最低なのは事実だよ。その件は本当にごめん」


 俺は彼女に深々と頭を下げる。人気者になりそうな彼女に直接謝罪する機会はもしかしたらこれが最後かもしれないのと有栖川に本心を伝えた。


「有栖でいいよ、もしくは有栖川。 ……そういう純粋な所は変わってないんだね。 ちなみに久しぶりに私を見てどう思った?」

「随分と美人な転校生がクラスに来たなーと思った」

「オッケー許す。 それってつまり私が綺麗になり過ぎて気が付かなかったってわけでしょ? それならむしろ気分がいいかな」


 有栖川は俺の肩をポンポンと軽くたたく。顔を上げると彼女は上機嫌そうに笑って俺の目を見つめていた。

 美人な転校生という表現は嘘ではない。恥ずかしくなった俺は視線を逸らした。


「天野はこれからどうするの? 今のあんただと帰宅部っぽいから家に帰る感じ?」

「勝手に俺を印象で判断するな。……部室に行くんだよ」

「えっ、意外。 あんた部活に入ってたんだ」

「そういうわけだから、じゃあな」


 俺は彼女に別れの言葉をかけると背を向けて歩き出す。これで有栖川とはおさらばだ……と思いきや、彼女は俺の隣に並んで歩き始めた。


「何部に入ってるの? わかった! パソコン部でしょ! そこで一人永遠に画面を見ながらカタカタとキーボードを打ってる!」


 なんだよ、その意味不明な部活は……一人永遠に、という文字を加えたのも悪意あるだろ。


 無視して部室まで走り出しても構わなかったが、普通に追いかけてきそうなので仕方なく自分が入っている部活について有栖川に話す事にした。


「カードゲーム部だよ。 そこで先輩と遊んでる」

「今のあんたと仲良くなれる人類なんているんだ」

「意外かもしれませんがいるんですよね。 こんな俺でも接してくれる心優しい先輩が」


 ほえー、と感心したような態度を見せる有栖川。彼女はストレートに俺を殴るような言葉遣いだったが、さっぱりとした口調のせいなのか、不思議と不快感はなかった。


「先輩達と仲良くなれるならクラスでもうまく友達作れそうなのに」

「いや、先輩は一人だけだぞ」

「え?」

「ん?」


 横を歩いていた有栖川が足を止めた。彼女の方を見ると口を小さく開けて硬直していた。


「そ、その部活、部員は何人いるのよ?」

「俺と先輩の二人だけだな」


 なんだ? 仲の良い人が一人しかいない事実を知って憐れんでいるのか?


 カードゲーム部は月ヶ瀬先輩が今年に設立したばかりの部活動だ。入学当初、たまたま先輩に誘われて入部した俺以外に部員はいない。部室も通常の教室の三分の一程度の広さしかないが、人数が増えると対戦に支障が出かねないので俺としてはありがたい限りだ。


「その先輩って男よね?」

「昨日も別の人間からその質問聞いたな……女の人だよ」


 大和田といい有栖川といい、この質問最近流行っているのか?


「そ、そんなのダメよ!」


 有栖川は大きな声で叫んだ。廊下を歩く周りの生徒達が何事かとこちらを見てくるので俺は慌てて彼女に近づく。


「ダメって、何がダメなんだ?」

「こっ……高校生の男女が教室の中で二人きりなんて、何が起きるか分からないわ!」

「ただ普通に会話したりカードゲームをしたりするだけだよ」


 顔を赤くしながら有栖川は声を荒らげている。どうやら彼女は思春期特有の妄想でもしたらしい。周囲の視線がさっきよりも一段と集まっているのを感じた俺は誤解を解こうと彼女の方を向いて説明する。


「顧問のオガ先……鬼道先生も定期的に見に来ているから大丈夫だって」

「でっ……でも!」


 華の女子高生の想像力は俺の予想を超えているようだ。納得していない有栖川にどう説明しようか悩んだすえに俺は彼女の服の袖を掴むとそのまま引っ張った。


「実際に目で見てもらった方が早い、ついてきてくれ」

「わっ、私を部室に連れ込むつもり⁉」

「誤解を招く言い方やめて!」


 グサグサと視線の刺さるこの場から一刻も早く離れたかった俺は有栖川を連れて部室へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る