ミッション1

北井さんは言った通りに、昼休みにコンビニの袋を持って、二年一組の廊下に現れた。

教室の入り口までこないところが北井さんらしい。友達が「北井さんがなぜか廊下にいる!」と興奮して報告しに来て、ようやく気付いたくらいで言われなかったら気付かないかもしれないのに。お弁当を持って、廊下に出ると、壁にもたれかかっている北井さんとバチッと目が合った。


わわわ……!

ああ、なんて絵になるんだろう。かっこいい。

……………………とか! 思ってる場合じゃない!


……どうしよう。こ、声かけるべき……?

ぺこっと頭を下げると、北井さんも軽く頭を下げてきた。おずおずと近付いて行くと、北井さんは私から目を離さずにじっと見つめて、にこっとほほ笑んでくれた。


「君が如月さん? なんかこういうのドキドキすんね。行こっか」


ドキドキすると言った割には、あまりにも普通の表情で言ってのけた北井さんはすたすたと前を歩いて行ってしまった。そして、渡り廊下に着くと、足を止めて私を振り返った。

ドキドキするー……。


「ここでいいかな? 教室とかだと目立つから嫌だろうと思って」

「あっ、はい。じゃあここで」


一緒に渡り廊下の地面に腰を下ろすと、北井さんはくろぶち眼鏡の中の瞳でじっと私を見つめてきた。

……その眼鏡は反則。


「如月さんは名前の通り可愛いね。きょんが言うとおりの子だね」

「え? きょん先輩、何か言ってました?」

「とっても可愛い子だから優しくするように! って何度も念押されたよ? なに? 前からきょんと知り合いなの?」

「いやそういうわけじゃないんですけど」

「そっか。ご飯食べながら話しようか」


北井さんはコンビニの袋から、コンビニ弁当を取り出すと、割り箸を割って食べ始めてしまった。今日、きょん先輩に言われた意味の分からないミッションが頭から離れない。

あの人の考えが全然分からない。


お弁当をもくもくと食べていると、北井さんがお弁当を覗き込んできた。


「ちっちゃいね。そんなので足りるの?」

「あ、はい。昼はあんまり食べないんで」

「そっか。でも如月さんは女の子ぶってなくていいね」


ああ、きょん先輩もなんか言ってたなぁ。サバサバしてるタイプが好きなのかな。


「き、北井さんって好きな人いるんですか?」


聞かないと! と思うと、思わず口ごもってしまったけど、北井さんはそれに何の反応も示さず、ただにこっと笑って見せた。


「いないけど、……どうして?」


ああ、なんかこの人って意外にクールなんかじゃないのかもしれない。ただ、きょん先輩みたいな表立ったアピールが少ないだけで、割とプレイボーイな感じなのかも。

だって、今も答えを促すような目で私を見てくる。好きだとでも言わせたいのだろうか。この人って思ってたより厄介だなぁ。


うまく罠にひっかけてくる。

そして、罠にひっかかりたくない私。


「別に理由はないですけど、何となく気になっただけです」

「そっか。じゃあお返しに君は? 好きな人いるの?」


好きな人。そりゃ北井さんだよ。でも頭の片隅にきょん先輩が出てくるのはなんでかな。


「内緒です」

「そう。気になるな。今度教えてね」

「…………はい」


やっぱり北井さんってクールとかストイックとかとは違う気がする。なんか、だって、フェロモンまき散らしてるし、意外に女の子の扱い心得てるし、手玉にとってからかったりしちゃうタイプ!?

それだったらちょっとショックだけど、まだ分かんないしね。

それでも、北井さんは最初から最初までスマートで、私が立ち上がる時も手を差し伸べてくれたし、教室までちゃんと送って、またメッセージすると言ってくれた。きょん先輩とは大違いだ。


『お昼一緒に食べてくれてありがと。また明日良かったら一緒にどう?』

『北井とのご飯はどうでしたー!? おいしかった? そしてミッションは!? まぁそれは明日の楽しみにしようかな。明日二時間目集合でー!』


同時に届いた二つのメッセージ。

きょん先輩を先に返信してしまうのはどこかおかしいのかもしれない。私は何か間違ってるのかもしれない。

きょん先輩の優しさと居心地の良さに甘え切ってるのかもしれない。


―――次の日もきょん先輩と待ち合わせの二時間目に屋上に行くと、すでに寝転がっていた。その隣に腰を下ろすと、目を薄く開いて私を確認すると、口を薄く伸ばして笑って見せた。


「おはよ。待ちくたびれたよ」

「だから、また待ちくたびれたってなんですか? 二時間目待ち合わせなのに」

「ふふっ。あっそれで! どうだった? 昨日!」


いきなり明るくなって飛び起きた先輩は、私の顔をまじまじと見つめて結果報告を期待してきた。


「ああーはい。一緒にご飯食べましたよ」

「そんな事は北井から聞いたから知ってるんだよ! 楽しかった?」

「まぁ、はい。でも北井さんって意外にクールとかじゃないですよね。なんか割とプレイボーイな感じでした」


そう言うと、あからさまに驚いてから、いじけたように拗ねてしまった。なんで?


「……北井に何言われたの?」

「何って?」

「プレイボーイって言うから。何か口説かれでもしたの」


怒ったように言うその口調に疑問を覚えつつも、昨日あった事を少し話す。


「好きな人いるんですか? って聞いたら、いないよって言われて、そっちは? って言われたから内緒ですって言ったら、今度教えてねって囁かれたくらいです」

「…………ふーん。なんか北井のくせにむかつくね。てかミッション成功したんだ! 良かったねーえらいえらい」


そうやって、頭をくしゃくしゃと撫でてくるきょん先輩の手を振り払うと、その手を見つめてげらげらと笑いだした。


「姫ちゃんってやっぱおもろいなー。普通頭撫でられたくらいで、手振り払わないでしょ。最高!」


私に冷たくされるといつもげらげらと笑うきょん先輩はMなのかもしれない。いや、絶対M。


「今日も北井さんとご飯するんです。また緊張しなきゃいけません」

「おっ今日もご飯食べるんだ! じゃあミッション2ね!」

「またミッションですか! もう無理ー」

「今度は好きなタイプなんですか? って聞いてくることねぇー」

「………………これなんか意味あります?」

「絶対あるから! 言うとおりにしてればうまくいきます! ね、姫ちゃん」


きょん先輩が自信満々で言うから、とりあえず今日も聞けたら聞いてみよう。元々割と強靭な心臓してるし、大丈夫なはずだ。


「きょん先輩って本名なんていうんですか?」


きょん先輩の隣で寝転がりながら、ぼそっと口に出すと、驚いたのかぐりんと体の向きをこっちに向けてきた。


「なに? 知らなかったの? 今まで知らずに俺とこの数日を過ごしてきたの!?」

「いや、きょんってあだ名だけは知ってましたよ」

「ひゃー。ひどいわ、この子。ショックー俺は姫ちゃんの本名知ってんのにさぁ」

「もういいじゃないですか。しつこく責めないで下さい。で、本名は?」

「本名は七瀬恭介だよーん。かっこいい名前でしょ」

「うん。かっこいいですね」

「…………姫ちゃんってほんとひどい。全然心がこもってないんだからさぁ!」

「あっ、恭介だからきょんなんですね」

「ふふっそうだよ。きょん先輩じゃなくてきょんでいいからね」

「じゃあ、はい。きょんって呼びます」

「あ、それと敬語じゃなくていいからね」

「はい……あ、うん。じゃあこれからは普通に喋る」

「お、よしよし。いい子だ」


そう言って、また私の頭を撫でてくるきょんの手をバシッと振り払うと、またげらげらと笑われた。きょんの手を意識してしまう。てか、手振り払うと喜ぶけど、絶対……。


「Mなの?」

「Mだねぇ」

「へ、へぇー」

「姫ちゃんはSだよねぇ」

「Sだねぇ」

「……ふーん」


きょんとだったら、だるい感じで過ぎて行く時間もあんまり気にならない。きょんの周りにいる人は、みんなこんなにも居心地のいい時間を過ごしているんだろうか。

それならうらやましい。北井さんは毎日きょんと一緒に過ごせてるんだな。私も男の子だったら、きょんと北井さんと三人で仲良くなれたかな。私もきょんの周りにいる人間になりたい。

この全てを認めてくれる空気をいつも感じていたいと思う。

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